邪神タナトス編
第一章
第1話 暗黒神様、領主からの依頼を受ける
フィリルと“一時的に”別れて、早三週間。相変わらずリスキークエストをこなす毎日だが、今はミリーナが傍にいる。リアも、本業である血闘士の仕事が空いたときは、手伝ってくれている。まぁ、2人はハンターではないので、“たまたま現場にいただけ”なのだが。
それにしても、賭けで得た大金をいくらか分けてやったときの、リアの喜びようといったらなかったな。それまでの冷静沈着なイメージを覆す、逆に言えば見た目相応な、可愛らしい反応をしていた。
「プルミエディア」
「何よ?」
「領主の名は、確かアレクサンドルとか言っていたな。合ってるか?」
「ミリーナさんから聞いたの? それで大丈夫だけど、どうかした?」
「この依頼を見てみろ」
「ん……?」
今、私はプルミエディアと2人きりで、ハンターズオフィスに来ている。オーバーデッドコンビは外で待機し、いつも私についてきているレラは、風霊術が得意だというリアに霊術を教えてもらっているので、同じく外だ。
私が指さし、プルミエディアが覗いてきた、とある依頼が書かれた霊子掲示板。そこにあったのは……。
「んん? 依頼主が、アレクサンドル卿!?」
「ああ」
依頼主の名に驚愕し、食い入るように依頼の内容を確認していくプルミエディア。そう言えば、外界に出てきたばかりの私を、暖かく仲間に迎え入れてくれたのは、彼女だったな。
「……? 何コレ?」
「変だろう?」
「うん。“詳しい依頼内容については、直接会って話したい”って、おかしいじゃない。そもそも、領主様であるアレクサンドル卿に、簡単に会えるわけないし。おまけにリスキークエストに指定されてるし」
「オフィスの者にも知られたくない内容なのかもしれんな。だが、会うこと自体は可能だぞ」
「え?」
普通、ハンターに寄越される依頼と言うのは、予めオフィス側で内容を確認し、法に抵触するような物でないかを審査した上で掲示板に情報が書き出されるのだ。今回のように、ハンターと依頼主が直接会うなどと言うことは、護衛依頼でない限りはあり得ない。そして、その護衛依頼だった場合は、やはり依頼主と事前に打ち合わせをしたオフィスのスタッフが、ハンターに対して説明を行うものなのだ。いちいちオフィスを介するのが嫌ならば、そもそもハンターズオフィスに依頼を寄越さなければいい話である。
「リアが領主と知り合いらしい。主にミリーナのせいで、決闘を繰り広げた仲なのだそうだ」
「……は?」
「詳しいことは本人に聞いてみろ」
「う、うん」
そういえばプルミエディアはあの場にいなかったな。ちょうど別れていた時期だったので、リアの苦労話を聞いていないのだ。
まあそれはさておき。どうするかな。金には別に困っていないし、リスキークエストを受けるならば、討伐依頼の方が手っ取り早い。
だが……。
依頼の内容にもよるが、ここらで領主に恩を売っておくのも悪くないかもしれんな。しかも、ここの領主は国有数の猛将ときたものだ。パイプを作っておけば、後々役立つ事は間違いないだろう。
よし。
「プルミエディア」
「ん?」
「この依頼、受けてもいいか?」
「まあ、あなたがいればどんな内容でも楽勝だろうしね。あたしは別にいいわよ。領主直々の依頼なんて、良い経験になりそうだし」
「うむ、そうか」
「ま、レラちゃんたちも反対はしないでしょ。こうして考えると、イエスマンしかパーティーにいないのは、ちょっと問題かもね」
「そうか?」
「うん。あたしも人のこと言えないけど、非常識なあなたを基準にして依頼を選んでたら、どんどんおかしな方向に行きかねないもの」
「むう……」
確かに、そう言われてみると、そうだな。レラは私の意志に必ず従うし、アシュリーも同様だ。ミリーナも文句を言いつつもついてきてくれるし、リアも大概渋々折れる。プルミエディアも、今回のようになってしまう。
このままでは、私が舵取りに失敗した場合、思わぬ大惨事を招きかねん。どうにかして、改善する方法を探す必要があるな。
とりあえず私たちは、カウンターに向かい、領主から出された、謎だらけのリスキークエストを請け負った。
◆
「ここが、領主の屋敷か?」
「フィオグリフ様。アレクサンドル卿、もしくはイシュディア伯とお呼びください。相手が相手なだけに、人間として暮らして行くには、こういった権力者に対してはそれ相応の礼儀であたらなければなりません」
「う、うむ。承知した」
この街のハンターズオフィスと同じぐらい大きい、白い屋敷があった。ここにアレクサンドル卿が住んでおり、私たちはこれから、依頼主である彼と会って話を聞かねばならない。
柄にもなく緊張してきた私に対して、ミリーナが明らかにバカにした声色で、こう告げてきた。
「フィオは今回黙ってた方がいいかもね~。あなたって、相手を敬うとか、その手の話とは無縁だし」
「ミ、ミリーナさん。確かに彼は非常識だけど、何もそこまで言わなくても……」
「そうじゃぞ! 謝らんか!」
「ミリーナ様、さすがに、我が主に対しての過ぎた無礼は、見過ごせませんよ」
残念なことに事実である。生まれついてからずっと上から目線であり、自分より立場が上の者になど、会ったことがない。実際、暗黒神である私より上の存在など居ないのだから、仕方がないとも思うのだが。この世界に命を吹き込んだ“創造主”、『光神帝グローリア』ですらも、あくまで私と対を成す存在に過ぎない。
まあ、もしかしたら、それより上の神が居たりするのかもしれないが。とりあえずそんな者は知らないし、会ったこともないのだ。
「わたしたちはこれでいいのっ! ね~、フィオ~?」
「うむ。ミリーナは特別だからな」
「面と向かって言われると照れますなぁ」
「その割には嬉しそうだな」
「そりゃ、嬉しいもん!」
「ふっ、そうか」
「うんっ」
輝く笑顔を向けられ、釣られて私も笑顔で返す。今更だが、本当に、夢のようだ。またこうして、ミリーナと笑いあえる日が来るとは。彼女にならば、例え何を言われようと構わない。私を侮辱するような事を口に出したとしても、それは本心ではないとわかっているからだ。
まあ、それでも喧嘩をするのは仕方がない。矛盾しているようだが、彼女と私の関係は、これでいいのだ。昔からそうだった。
「……本当に、仲良しよね」
「おのれミリーナ……おのれ……!」
「正直羨ましい。私も、ご主人様からあんな笑顔を向けられたい」
「ミリーナ様が楽しそうで何よりです」
しばらく見つめ合っていたが、プルミエディアたちから生暖かったり黒かったりする視線を受けている事に気付き、慌てて離れた。
そして、フードを深くかぶりなおし、恥ずかしさからか、やたらと声が大きくなったミリーナが、ぎこちなく言った。
「は、伯爵さんのとこにいこ!」
「う、うむ! そうだな! さっさと依頼を終わらせて、帰ってゆっくりしよう!」
「はいはい、早く帰って2人だけの時間を取らせてあげなくちゃね~」
「フィオグリフ様。ミリーナ様を泣かせたら、承知しませんよ」
「ワシは、負けぬ! 負けぬぞ~!」
「私は奴隷……私は奴隷……」
二名ほど若干おかしくなっているが、構うことなく屋敷へと足を踏み入れる。ああ、門番に関しては、リアの顔パスで難なく通過できた。どうやらよほど信頼されているらしい。もしも不審者が霊術でリアに変装していた場合、警備は大丈夫なのだろうか……?
さて、血闘の街を治める領主で、その上、オーバーデッドであるリアとまともにやり合える程に腕も立つというアレクサンドル卿が、果たしてどんな仕事を任せるつもりなのか。不安は全くないが、とても気になるな。
万が一我々の立場が悪くなるような内容であったとしても、どうにでもなる。それより、何故リスキークエストに指定されているのか? オフィスの者に知られたくない理由と言うのは、いったい何なのか?
この屋敷で、どんな事が待ち受けているのだろうな。
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