第二章エピローグ 邪神タナトス


 聖バルミドス皇国の僻地に、寂れた墓所がある。魔物に襲われ、命を落とした人間たちの墓標が点在し、中央に古めかしい慰霊碑がポツンと佇むだけの、寂しい場所である。


 しかし、その地下では……。


「同胞たちよ、雌伏の時は終わった。暗黒神が住処を離れ、アスガルテも居城から姿を消し、そして、我々に力を与える秘宝が現れた。加えて、勇者も暗黒神によって滅ぼされたばかりだ」


 そこには、大量の死体が軍隊のように整列していた。腐臭を放ち、肌は腐り、所々から骨が突き出ているという、思わず目を背けたくなる程の醜悪さ。それが、地下の広場を埋め尽くさんばかりに溢れている。


「この時を逃すのは、愚の骨頂である。暗黒神もアスガルテも、こちらから危害を加えない限りは、全く問題はないだろう。かの者たちの居場所も、既に把握している。我々にとって危険なのは、かの者たちの手足となって動く駒たちの存在なのだ。それが使えない状態となっている今は、まさに最大の好機であると、我は考える」


 そんな醜悪な一団を前に、堂々とした態度で演説を繰り広げるのは、まさに『死者の王』、あるいは『死者の神』と呼ぶにふさわしい、漆黒のローブを身に纏った、人型の骸骨。


 彼の名は、邪神タナトス。

 あるいは、死神。


「皆の者。ここにある、輝く宝石を見よ」


 タナトスが指をさす。その先には、確かに、禍々しい光を放つ宝石が、山のように積んであった。

 フィオグリフがこの光景を見たら、間違いなく頭を抱えるだろう。何せ、その宝石の正体は、彼の黒歴史。幻魔の宝玉ゲート・オブ・デモンの劣化コピーなのだから。


「おぉ……」

「なんと美しい……」

「これが、あの……」

「さすがは暗黒神……見事だ……」


 死者の群れから、感嘆の声が上がる。やはり、この光景も、フィオグリフが見たら頭を抱えるだろう。腐った死体たちに褒められても、全く嬉しくはない。


「秘宝はこれほどにあるが、それでも全員には行き渡らない。残念なことにな。だが、これこそが、我々にとって最大の武器となる。ならばどうするか? 答えは簡単だ。我々同士で戦い合い、強い者から順に秘宝の加護を受けていけばいい。そうだろう?」


 広場に響き渡るタナトスの声に、死者たちが首肯し、同意の意を示す。つまり、強者を伸ばし、弱者を切り捨てるスタイルである。彼らは結構脳筋であった。腐ってるのに。それどころか一部は、人骨そのものである、スケルトンが混じっていたりもするのに。


「理解してくれたようだな。言っておくが、この争奪戦には我も参加するぞ。特別扱いは嫌いなのでな」


 邪が付くとはいえ、仮にも神たる者が何を言っているのか、と笑いが巻き起こる。結構仲良しな死者たちであった。

 そしてタナトスが武器である大鎌を手に取り、それを合図に、全員が同様に武器を取り出した。だが、いくら広場と言っても、数が多すぎてこの場で同時に戦うのは不可能である。

 それを察したとある死体が、首を傾げ、声を発した。実は喋れるのだ。


「タナトスの旦那、ここ狭くね?」

「コイツの言うとおりだな。狭くて、これじゃとても戦えない」

「そーだそーだ! 狭いぞ旦那!」


 武器を持ったまま、盛大にブーイングをする死者たち。数が数なので、相当うるさい。


「わかっている。そう焦るな、別にここでやり合うとは言っていないだろう」


 しかしタナトスは、そんなブーイング攻撃にも全く動じることなく、冷静に応じた。なかなか肝が据わっている。骨なのに。

 そして彼は大鎌を振り上げ、虚空を切り裂いた。その切り口がみるみる広がり、異空間への入り口が顔を出す。


「おぉ!」

「この中でやるってことか!」

「さすが旦那! 抱いてくれ!」


 さらっと怪しい言葉が混じっていたが、タナトスはそれでも動じない。いや、骨なので表情はわからないのだが。実はものすごくテンパっていたりするのかもしれない。


「さぁ、行くぞ」


 歓声が湧き、死者の群れが異空間へと次々に飛び込んでいった……。




「皆の者、ご苦労だった。今回は残念な結果に終わった者も、機会があれば秘宝争奪戦はまた行うつもりだ。腐らず鍛錬を続けて欲しい」


 戦いが終わり、やはりと言うべきか、最も強かったのはタナトスであった。これまでトップとして活動してきた者が実は弱かった、となれば一気に勢力が瓦解する事も有り得るので、彼も胸を撫で下ろしているだろう。骨だが。


「もう腐ってるけどな!」

「ははは、違いねえや!」


 無礼にもゲラゲラと笑う、死者たち。無駄に明るい奴らである。しかし、タナトスは、それを穏やかな表情で眺めていた。いや、気のせいである。骨だし。


「では、早速だが、先の戦いで最も多く相手を戦闘不能にした者から順に、秘宝を取り込んでくれ」

「いや、一番は旦那じゃんよ」

「そーだそーだ! さっさとやれってんだ!」

「……いちいちうるさい奴らだな……」


 無礼千万な部下たちに呆れつつ、リクエスト通りに幻魔の宝玉ゲート・オブ・デモンの劣化コピーを体内に取り込むタナトス。そして、他の者たちも順番に取り込んでいく。

 何故か律儀に一人ずつ行っているため、無駄に時間がかかった。数が尋常ではないだけに、本当に時間の無駄遣いである。


 そしてお楽しみの時間が終わり、幻魔の宝玉ゲート・オブ・デモンの力によって急速に進化を遂げた者たちが、ずらりと広場に並ぶ。残念な結果に終わった死者たちは、彼らを羨ましそうに眺めていた。



「やはり、素晴らしいな」

「おう、旦那。おかげでほとんど生前の姿を取り戻せたぜ!」

「やった! あの腐ったお肌から脱出できたわ!」

「女の命を取り戻せたって感じだよね~」

「はは、死んでるけどな!」

「確かに~」


 あのうるさい死者は、地味に強かった。タナトスには遠く及ばないのだが、それでも秘宝争奪戦で勝ち残る程度には、強かった。

 幻魔の宝玉ゲート・オブ・デモンの劣化コピーを取り込んだ結果、あの腐った肉体が、生前そのままの綺麗なものに戻った。まあ、ちょっとばかり青白いお肌をしているので、生者ではない事は明らかなのだが。

 余談だが、残念な事にタナトスは見た目に全く変化がなく、黒ローブ骸骨マンのままであった。元々人間ではないからだろうか。しかし、その身から発する霊力の量は、明らかに増大していた。


「……いよいよだ。我の悲願も、これで……」

「あ、旦那。自己紹介をしてなかったな」

「そう言えばそうね。私たちは下っ端だったし。タナトスさんとまともに会話をした記憶が無いもの」

「ちょっと2人とも~。空気読みなよ~。あ、タナトスさん。わたしはルミって言うんだ。見ての通り、生前は獣人だよ~」

「ルミ! さり気なく先走ってるじゃない! あ、タナトスさん。私はコスモス。生前はエルフで、水霊術が得意よ」

「てめーもな! 俺はマサヒロ。生前の種族は、まぁ見りゃわかんだろ。霊術はぶっちゃけ下手くそなんだけど、こう見えて剣の腕には自信があるぜ」


 マサヒロ、ルミ、コスモス。ルミは獣人。コスモスはエルフ。そして、マサヒロは普通の人間である。元がつくが。

 今の三人は、“リビングデッド”から進化した魔物、“リビングロード”になっている。


「……我の命令には従うように。それさえ守れば、他にとやかく言うつもりはない」


 三人を眺め、相変わらず冷静に言う、タナトス。もっと喜んだらどうなのだろうか。


「我には、自分勝手に動く者など要らぬ。普段どんな態度をとろうと構わんが、やるべき事は必ずこなしてもらう。それができないというのなら、今この場で滅するだけだ。他の者たちも、それはよく覚えておけ」


 眼窩の奥に蒼い炎を点し、重厚な霊力を乗せながら言葉を放つ、邪神。例え無礼な部下に寛容な性格をしていても、邪神なのだ。その身から発せられる威圧感は、マサヒロたちに恐怖を植え付けるには充分であった。


「さて、始めるとしよう。まずは……」


 引き続き威圧感たっぷりに、言葉を続けるタナトス。その様に、マサヒロたちはすっかり息をのんでいた。


「聖バルミドス皇国に、消えてもらおう」



 ──邪神の一柱が、人類に対して牙を剥く。

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