外伝

外伝「ツチ売りの老女」

 秋晴れの下流れる景色、頬撫でていく風、ガラガラと耳に響く馬車の駆ける音、全てが心地好い。


 私は今、弟子である不思議な少女アリスの創った剣を売るべく旅に出ている。


 売る算段はとうについているため、旅程はゆったりとしたものだ。

 やがて遠くにうっすらと見えてきた街の外壁。


 街の名はレンシア。魔術学院のある大きな街。

 私がかつて住んでいた場所でもある。

 街の門前で馬車を止め、門兵にギルド証を見せてから街へと入った。


 私は贔屓にしている宿を取ると、馬車から10本の剣を包んで持ち出す。

 全てアリス達が使っている形と同じものだ。


 その足で魔術学院の門へと赴き、敷地内にある事務所へ訪れた。

 受付に声を掛ける。


「こんにちは。」

「ようこそ、魔術学院へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」


 私はギルド証を見せてから用件を伝えた。


「学院長にルーネリアが訪ねて来たとお伝え願えるかしら?」

「承りました。少々お待ち下さい。」


 受付のお嬢さんが奥へと消えた。

 座って待たせて貰おうかと部屋内を見渡していると、すぐに受付に戻ってくる。


「お待たせ致しました、お会いになるそうです。案内致します。」

「ああ、場所は分かっているから大丈夫よ。」


「分かりました。何かあればまたこちらへお越し下さい。」

「ええ、そうさせてもらうわ。それでは失礼します。」


 学院長は相変わらず暇しているようだ。

 事務所を出て、校舎内へと入っていく。


 中は私が通っていた頃とちっとも変わっておらず、綺麗なままだ。

 学長室前に辿り着き、無駄に大きな扉をノックする。


「どうぞ。」


 中から聞こえたしわがれた声を確認して扉を開く。

 私を出迎えたのは禿頭に白い髭をたっぷりと蓄えた御仁だった。


「少々お待ちを。」


 そう言うと学長室の奥にある重厚な扉をノックする。


「通せ。」


 その扉の奥からは鈴の音のような声が聞こえた。

 白い髭の御仁は音も無く扉を開け、私を中へと通す。

 私が中へ入るとその重厚な扉は閉ざされた。


「久しぶりだな、ルーナ。随分と老けた。」

「貴方は相変わらずお可愛いままですね、レンシア様。」


 異国情緒溢れる部屋に鎮座しているのは可愛い女の子だ。見た目は。

 だが彼女こそがこの魔術学院の創設者、レンシア本人である。

 その彼女の正体を知る、数少ない内の一人が私だ。


「ふっ、まぁな。それで今日は何の用だ?」

「今日はお金の無心に参りました。」


「ほう。」


 ニヤリと口を歪め、私の背負った荷物に目を向ける。


「その大荷物か?」

「はい。」


「見せてみろ。」


 包みから剣を一本取り出して手渡す。


「これはどうした?」


 受け取った剣を抜いて調べながら問いかけてくる。


「これを作った者が学院への入学資金が必要だと言っておりましたので、私が提案してこれを持って来ました。」

「なるほどな。作っているところは見たのか?」


「何度か見ていますが・・・、さっぱりです。」

「ふむ、私にも分からんな。だが研究班は悦びそうだ。残りは同じものか?」


 包みのほうを指差す。


「ええ、同じものが10本あります。」


 包みを解いて残りの9本を並べる。


「まだあるのだろう?」

「馬車にまだ残っておりますが・・・残りは元部下たちの訓練用と・・・あとはクランのところへ行こうかと思っています。」


「あいつか・・・。まぁいいだろう、この10本で勘弁してやる。いくらだ?」

「金貨20枚で如何でしょう?」


「・・・高くないか?」

「どうしても三人で入学したいと申しておりまして。そうなりますと馬車も手狭になってきますので、こちらで新調しようかと。」


「・・・まぁ、街に還元するのなら構わんか。馬車屋の紹介状も書いてやる。」


 そう言うと彼女は何やら呟き、空に印を切る。

 すると何処からとも無く金貨と紙が現れた。


「20枚だ、確かめろ。」


 テーブルに金貨を積んでから紙に何やら走り書き、そのまま手際よく封をしたものを渡された。


「ありがとうございます。」

「それで、これを作った者の名は?」


「本人はあまり目立ちたくないと言っておりましたので。」

「ふむ・・・まぁ、すぐに分かるか。」


 きっとアリスも、私と同じ秘密を共有することになるだろう。


「はい、レンシア様なら分かるかと。」

「よし、なら用事は終わりだな・・・っと。」


 レンシアは何もない空間から酒瓶とグラスを2つ取り出した。


「飲んでいくだろう?」

「あらあら、お酒はダメですよ、レンシア様。」


 いつものやり取り。

 ただ孫と同じくらいの女の子と肩を並べて飲むという違和感は未だに拭えないが。


「これでもお前よりは長生きなんだがな。まぁ、とりあえず飲んでみろ。」


 レンシアは並べたグラスに酒を注ぐ。


「いただきますわ。」


 グラスを傾けて口に含んでみた。

 美味い。良い酒の香りと味が口の中に広がる。


「美味しい・・・ですが何か物足りませんね。何でしょうか?」

「ふむ、やはり分かるか。これはノンアルコールだ。」


「のん・・・あるこーる・・・ですか?」

「あー・・・、酔う成分が入ってない。要するに酒の味がするジュースだ。酒ではない。」


 成る程、物足りない筈である。


「それではあまり意味がないような気がしますが・・・。」

「お前は飲める側の人間だからな。これは雰囲気を楽しむ物だ。」


「雰囲気・・・ですか。また妙な物を作りましたね。」


 グラスの中で酒を遊ばせて香りを楽しむ。


「そうか?貴族の女性なんかには喜ばれると思ったんだがな。」

「それは・・・確かに喜びそうですわね。」


 酒に酔って失態を晒す。そんな話は昔から尽きる事がない。

 その点これならば問題はないだろう。

 それこそ彼女の言う雰囲気を楽しむには最適な代物だ。


「まぁ遊び程度の物だ。売れなきゃ売れないで構わんからな。」


 その遊び程度で作った物が、かの有名なレンシアのスーパーマーケットで売られ、莫大な利益を上げるのだ。

 まぁ、莫大な赤字をあげるものもあるようだが。


「ご馳走様でした。そろそろお暇させて頂きますわ。」

「なんだ、もっとゆっくりしていっても構わんのだぞ?」


「いえ、馬車も早めに見ておきたいですし、王都の方での用事もありますので。」

「剣を売りに行くのだったか。だがまだ時間は余裕があるぞ?」


 確かに入学まで時間的にはまだ余裕はあるが、早く片付けるに越した事はない。


「ええ、ですが早めに戻って孫達を鍛えておきたいですしね。」

「まぁ、それなら仕方ないか。道中気をつけてな。それと、こいつも持っていけ。」


 手渡されたのは新しい瓶に入った先程の酒モドキだ。

 そういえば元部下の中に酒の飲めない子がいたな、と思い出す。

 その子のお土産にはちょうど良いだろう。


「有り難く頂きます。色々とありがとうございました。それでは失礼致します。」


 こうしてまずは金貨20枚と酒モドキを手に入れ、学院を後にした。


*****


 カッポカッポと蹄の音を聞きながら街道を進む。


「流石に良い馬車は乗り心地が違うわねぇ。」


 紹介を受けた馬車屋で新しい馬車を購入し、王都へ向かって進んでいる。

 馬二頭込みで金貨7枚と大奮発した。

 残りは金貨13枚と入学金には少し足りなくなってしまったが、問題は無いだろう。


「あの子達と会うのも久しぶりね、元気にしているかしら?」


 王都には魔法騎士団の選りすぐりが駐在しており、城を護っている。

 その元部下達に送った手紙はとっくに手に渡っているだろう。

 そんな事を考えていると遠目に休憩所が見える。


「少し微妙な時間ね・・・。」


 太陽の傾きを見ると、次の休憩所に辿り着く頃には夜になってしまいそうな時間だ。


「まぁ、今日はあそこで泊まりましょうか。」


 馬車を停め、夕食の準備に入る。

 夕食が出来上がった頃には既に日が落ちてしまっていた。

 野外とはいえ、たっぷりと時間をかけて仕込んだ食事は美味しかった。


*****


 その後も旅は順調に進み、レンシアを出て一週間も経った頃、私は王都の門をくぐっていた。

 宿を取って馬車を停めた後、布で覆った私の剣を携えて王城へと向かう。

 まだ日が高いため街は活気で溢れており、肌寒さも吹き飛ばしてしまう程だ。


 そんな中歩みを進め、城門へと辿り着いた私は門兵達に声を掛ける。


「こんにちは。」

「こんにちは、ご婦人。此処は王城ですが、何か御用でしょうか?」


 私は剣を覆った布を剥がし、柄を見せる。

 この剣は魔法騎士団の一員であった証であり、多少の融通は利く。


「魔法騎士のアンネリーを呼んでもらえるかしら?ルーネリアが来たと伝えてくだされば分かると思うわ。」


 私の部下の中で一番若かった者の名を告げる。

 門兵達は慌てて敬礼をとって答える。


「し、失礼しました!!アンネリー殿ですね、確認して参ります!」


 駆けて行った相方を見送った門兵は最敬礼の姿勢を崩さない。


「私はもう退役した身ですから、楽にしてくださって構いませんよ。」

「あ、ありがとうございます!」


 敬礼を崩すが緊張は取れないようだ。まぁ仕方ないだろう。

 しばらく待っていると魔法騎士の鎧に身を包んだ女性が現れた。


「お久しぶりです、ルーナさん!」


 彼女がアンネリー。私の元部下の一人だ。

 私の下についたのが彼女がいくつの時だっただろうか。

 まだ残っていた幼さも鳴りを潜め、随分と美人になっている。


「久しぶりね、アン。手紙はもう届いているかしら?」

「はい。皆さん首を長くして待っていらっしゃいましたよ。」


「そう、そうれなら良かったわ。時間はいつ空けれそうかしら?」

「その件ならボルゾさんからたった今、言伝を預かってきました。今夜いつもの場所で、だそうです。」


「あら、今夜で大丈夫なの?」

「皆手紙が届いてからいつでも早く上がれるように頑張っていましたからね。」


「ふふ、嬉しいわ。それでは今夜ね。仕事の邪魔をしてごめんなさい。」

「いえ、私も楽しみにしてます!それでは、また今夜に!」


 私はアンネリーと別れて宿へと戻り、夜までどう暇を潰そうかと思案するのだった。


*****


 ここはとある隠れた場所の酒場にある個室。


 私の隊がよく使っていた酒場で、各部屋にある程度の防音が施されており、いくら騒いでも問題ない。

 ちなみにレンシア学院長が作った酒場である。


 初めて来た時は、他の部屋から時折異国の音楽が聞こえてくるのにはびっくりしたが、彼女曰く、そのための場所であるらしい。

 よく訪れる主要都市には同様の酒場を立てていると言っていた。


 部屋にあるテーブルには既に沢山の料理が並べれている。

 これだけの量があっても普通の酒場で飲食するよりも安いのが不思議だ。


 私は集まってくれた元部下たちに感謝の言葉を伝える。


「皆よく集まってくれたわ、ありがとう。」


 私の言葉に一人のがっしりとした体格の男が応える。


「隊長のお呼びなら来ないわけにはいきませんからねぇ!」


 彼は私の隊で一番の年長だったボルゾーラ。通称ボルゾ。

 もう40歳は越えているだろうに、その肉体は衰えを知らないようだ。


 ボルゾに続いて若干細身の男が口を開く。


「いやー、手紙が来たときはびっくりしましたよ。悪い知らせでなくて良かったです。」


 多種多様な魔法を使うゼーゲル。通称ゼグ。

 派手な立ち回りはしないが、その魔法でしっかりと味方の援護をこなす縁の下の力持ちだ。


 ゼグの次に言葉を発したのは顔は良いが軽薄そうな男だ。


「ははは、ルーナさんがそんな簡単にくたばるわけないっすよ。死神も裸足で逃げ出しますって。」


 ムードメーカーのサイアール。通称アル。

 随分と出世しただろうに、軽いところは相変わらずだ。


 アルの言葉に、少し影のある男がニヒルな笑みを浮かべる。


「逃げ切れればいいけどな。」


 彼の名はガレウス。通称ガウ。

 アルとは対照的だが当初から随分とウマが合う二人だ。


 そんな二人を諌めるのが紅一点の昼間に会ったアンネリー。


「ちょ、ちょっと失礼ですよ!二人ともー!」


 私の隊の中でメキメキと頭角を現し、今ではかなりの実力者となっている。


「ふふ、いいのよ、アン。皆変わってないようで何よりだわ。」


 昔の思い出がそのまま蘇っているかのようだ。


「それで隊長、手紙に書いてあった、見せたい物って何ですかい?」


 ボルゾの声にピタリと静まり返る面々。

 どうやら皆気になっていたようだ。


「ふふ、これよ。」


 持ってきていた荷を解き、剣を取り出してボルゾに手渡した。


「こりゃあ・・・一体・・・?」


 興味津々に覗き込んでいる他のメンバーにも一本ずつ手渡す。


「・・・随分と軽いようですね。」


「切れないっすよ、これ?」

「訓練用のようだな。」


「でも、凄いですよこの剣・・・!どうやってこんなの・・・。」


 全員の反応を一通り見た後に声を掛けた。


「どうかしら?」


 ボルゾが困った顔で返答する。


「・・・・・・正直、どう言っていいか分かりませんぜ。」


 そこで一つ私が提案を入れる。


「そうねぇ、じゃあボルゾ。これを折ってみて頂戴。」

「・・・ええっ!?し、しかし隊長・・・。」


「別に弁償しろとかは言わないわ。折れるなら私が見てみたいくらいだもの。」

「へ、へぇ・・・分かりました。」


 机を動かして場所を確保し、2つの椅子に橋をかける様に剣を置く。

 全員が見守る中、ボルゾが自分の剣を抜いた。


「じゃあ、いきますぜ。」


 抜いた剣を上段からアリスの剣目掛けて振り下ろす。


 パキーーーーン!!


 金属の悲鳴が部屋に響く。


「お、お、お、俺の剣がぁーっ!!」


 ボルゾの剣は中程から折れ、半分は床に転がっている。

 アリスの造った剣には傷一つ付いていない。


「あっはははは、バッカでー!」

「・・・見た目以上の頑丈さだな。」


「見事に折れましたね。」

「こ、こっちの方は傷すら付いてませんよ!?」


 椅子に置いた剣を拾い上げ、手に取る。


「どう?なかなかの物でしょう?」


 嘆くボルゾを余所に机の並びを戻していく。

 それぞれの席に戻ると、アンがキラキラとした瞳でこちらに話しかけてくる。


「凄いです、ルーナさん!確かルーナさんのお知り合いの方が作ったんですよね?」


 アンの言葉にゼグが続ける。


「確か手紙にはそう書かれていましたね。そして学費が必要だとも。」

「ええ、そうよ。それでこれが気に入ったら金貨一枚で買って貰おうかと思ったの。」


 魔法騎士の彼らだ、出せない額では無い。

 それでもその金額にアルが驚きの声を上げた。


「金貨一枚!?高すぎじゃないっすか!?」

「・・・だが、これほどの技術は見た事がないぞ。」


 アンは頭を抱えて悩んでいるようだ。


「うー、そうなんですよねぇ。これだけ丈夫なら実戦に投入しても問題無さそうですし・・・。」


 実戦で使うなら鈍器として使うことになりそうだが。


「俺は買うぞ・・・・・・折れちまったし、訓練は暫くこいつでだ。」


 ボルゾは靴底から金貨を取り出してテーブルに置き、代わりに剣を受け取る。

 具合を確かめるように剣を遊ばせ、鞘へと収めた。


「随分と軽いな。まぁ、あんだけ丈夫なら剣術大会でも使えるか・・・。」


 ボルゾの呟きに四人がピクリと同時に反応する。


「私も頂きましょう。」

「俺も買うっす!」

「・・・・・・頂こう。」

「ルーナさん!私も買います!」


 一斉にテーブルに金貨を並べた。


「あらあら、慌てないでね。皆の分はあるんだから。」


 一人ずつに剣を手渡していく。

 その様子に唖然とするボルゾ。


「お、おい・・・お前らどうしたんだ急に・・・。」


 一斉にボルゾに噛み付く四人。


「ダンナが大会でそれ使ったら勝負になんねーっすよ!」

「武器の違いはどうにもならんからな。」


「そうですよ、抜け駆けはずるいです!」

「全く、同感です。」


 ボルゾはそんな四人に少し怯んでからため息をつく。


「てめえらなぁ・・・。はぁ、とりあえずこいつは打ち直しか。」


 折れた剣を拾って布で包む。


「また新しい物を支給して貰えばいいのでは?」

「また大隊長に怒られるだろうが!」


「あっはっは!旦那、いっつも怒られてるっすからねぇ。」

「・・・10本を越えた辺りでもう呆れていたがな。」


「ボルゾさんに掛かれば木の枝同然ですから。」

「フフ、相変わらずなのね、ボルゾは。」


 それぞれが剣を納めたところで酒の瓶を開けた。


「それじゃあそろそろ乾杯といきましょう?」

「そうですな!」


 しかし、アンが申し訳無さそうに手で小さく拒否する。


「あ、私お酒はちょっと・・・。」

「そうだったわ、アンには良い物があるの。・・・これよ。」


 レンシアから貰った酒モドキの瓶を見せる。


「ただのお酒に見えますが・・・?」

「お酒の味がするジュースだそうよ。」


 それにゼグが反応する。


「ほう、そんなものが売っているのですか?」

「いえ、王都に来る前に試作品を頂いたのよ。」


「確かレンシアから来られたのでしたね。あそこは次から次におかしな物を作る・・・。」

「どう、アン?飲んでみない?私も飲んだけど味は良かったわよ?」


「それでは頂きます。」


 おずおずと差し出されたグラスにトクトクと酒モドキを注ぐ。


「俺らも構いませんかね、隊長。」


 見ると他の四人も興味顔だ。


「そうね、じゃあこれで乾杯しましょうか。」


 全員のグラスに注ぎ終わったのを確認し、グラスを掲げた。


「余計な挨拶はいらないわね、乾杯よ。」

「「「「乾杯!」」」」


 全員で一斉にグラスを傾け、その感想を口々に言い合う。

 誰が何を言っているのやら。

 そんなところも昔と変わらない。


「・・・ぁ、美味しいです。」


「でも、何かこう・・・カーッ!とクるのが無いっすよねぇ、ダンナ?」

「確かに味も香りも申し分ねえが・・・何か物足りねえな。」

「ジュースと仰っておりましたし、その関係なのでしょう。」


「・・・ふむ、だがこれなら遠征の時に持っていけるんじゃないか?」

「ガウもたまには良い事言うじゃねぇか!今度大隊長に話してみるか!」

「ああ、いいっすねそれ!酒は持っていけないっすからねぇ。」

「あの人も酒好きですからね。案外通るかもしれません。」


「フフ、まだあるからあの子にも持って行ってあげて頂戴。商品の問い合わせはレンシア学院長までよ。」


 アンが驚きの声を上げる。


「が、学院長さんが作ったんですかこれ!?」

「ええそうよ。」


「へぇー、ルーナさんは学院長さんともお知り合いなんですね。私は見た事もないです・・・。」

「ふふ、案外可愛い人よ?」


「か、可愛い・・・ですか????」

「そう、可愛いのよ。」


 彼女はよく学内を回ったりしていたので、アンも見かけた事があるかも知れない。

 それが学院長だとは分からないだろうが。


 宴も終わり、夜の帰り道。

 ボルゾとアルはすっかり出来上がってしまっている。


 それを支えるのはゼグとガウの仕事だ。

 アンは私の隣でゆったりと歩を進めている。

 もう宿は目の前だ。


「あら、もう着いてしまったのね。」

「久々に会えて良かったです、ルーナさん。」


「ええ、私もよ。」


「何かあればまた声を掛けてください。ほらボルゾ、しっかりして下さい。」

「お~づがれ~さまです、たいちょー!」


「・・・息災で、隊長。・・・おい、アル。」

「ウェ~ぃ、また飲ませて下さいっす~。」


「フフ、そうね。機会があればまた集まりましょう。」

「はい、それじゃあルーナさん!」


 元気よく手を振って離れていく元部下達を見送り、その日を終えた。


*****


 王都で五本の指に入るサンダルム家。

 その大きな屋敷の門前に馬車を乗りつける。

 当主である友人、ラクラーム・サンダルムに会うためだ。


 彼とは学院時代の同級生で、彼のパーティとチームを組んだ事もある。

 剣一本を包んだ包みを掴んで馬車から降り、門を護る警備兵に声を掛けた。


「こんにちは、ラクラームさんにルーネリアが来たとお伝え願えるかしら?」

「お話は窺っております、ルーネリア様。案内致しますのでどうぞ。馬車の方はこちらでお預かりさせて頂きます。」


 馬車を任せ、警備兵に連れられて門の中へ入った。

 いつ来てもその屋敷の大きさには圧倒されてしまう。


 屋敷の入り口へ到着すると、大きな扉を開いて初老の執事が現れた。


「お待ちしておりました。ここからは私がご案内させて頂きます。」


 引継ぎが完了すると警備兵は駆け足で戻っていく。

 執事に案内され煌びやかな廊下を進む。

 警備兵が両脇に立った一際豪華な扉の前に止まると執事がノックして声を掛ける。


「ラクラーム様、ルーネリア様をお連れ致しました。」

「入れ。」


 警備兵により扉が開かれ、中へと招かれた。


「久しぶりだな、ルーナ。」

「ええ、久しぶりね、クラン。」


 私を出迎えたのは長身でガッシリとした体躯の大男だ。

 浅黒い肌に白髪白髭が映えている。


「まぁ、立ち話もなんだ。茶でも飲みながら話そう。頼んだぞ。」

「はっ、畏まりました。」


 私は促されて高そうな椅子へと腰掛ける。

 向かいにはクランがどっしりと腰を下ろした。

 お茶と茶菓子が準備されると、クランが口を開く。


「本当に久しぶりだな、5年ぶりくらいか?」

「私が退役して以来だから・・・それぐらいかしらね。」


「もうそんなになるか・・・皆王都から離れてしまって俺は少し寂しいぞ。」

「ふふ、それは仕方ないわよ。それぞれ帰る場所があるんですもの。」


 かつてのパーティメンバー達の顔が浮かぶ。


「それで、今日は何の用なんだ?見せたい物があるという話だが・・・。」

「ええ、これよ。」


 持ってきていた包みをクランに手渡す。


「開けても?」


 問うクランにどうぞと手振りで返す。

 スルスルと布を解いていくと中から現れたのは一振りの剣。


「こ、これは、なんと禍々しい・・・。」


 悪魔を模したような装飾が剣全体に施されており、今にも襲い掛かってきそうだ。


「どうかしら、中々の物でしょう?」

「ああ、見た事もない意匠だ。一体どこの鍛冶屋がこんな剣を打ったんだ?」


「鍛冶屋ではないわねぇ・・・。一応私の弟子・・・になるのかしら?」

「ほう・・・素晴らしい弟子をとったのだな。」


「ええ、本当に優秀な人よ。それでその人が魔術学院の入学金を必要としているのよ。」

「なるほど、それでこの剣を持ってきたというわけか。」


「その通り。それに貴方なら気に入ると思って。」

「ああ、素晴らしい出来映えだ。この意匠だけでも価値はあるが・・・材質は何で出来ているんだ?鉄ではないようだが。」


「私にもさっぱり分からないのよ。」


 お手上げのポーズをとる。

 アリスは土だと言っていたが、私にはとてもそうだとは思えない。


「ルーナでも分からんのか。」

「ええ、でも丈夫さなら保障できるわよ。」


「どういうことだ?」

「そうねぇ・・・それを折ってみれば分かるわ。」


「お、折る・・・のか!?」

「岩に思い切り斬りかかってもその剣には傷一つ付かないわよ?」


 実際に試して見たことがあるのだ。

 あの時は随分驚いた。


「ふむ・・・あれならどうだ?」


 クランは壁に掛かった自らの得意武器である鎚を指差した。


「あんなのではやった事なかったわね・・・。やってみましょうか。」

「ほ、本当に言ってるのか?」


「本気よ。私もこの武器の限界が知りたいもの。」

「ううむ、そうまで言うのなら・・・。」


 クランが壁の鎚を掴んで手に取る。


「とりあえず、ここじゃ狭いから中庭に出よう。」

「確かにそうね、行きましょう。」


 中庭へ出ると地面に布を敷き、その上に剣を寝かせる。


「よしそれじゃあやるぞ。」


 数人の執事と侍女が見守る中、クランは鎚を構える。

 鎚を大きく振りかぶって、遠心力で威力の上がった一撃を剣に向かって振り下ろす。


 ドゴォォォォォーーーン!!


 轟音と共に粉塵が舞い上がる。

 粉塵が晴れると、ハンマーを振り下ろした姿のままで硬直している。


 剣の方は折れてはいないようだ。

 ハンマーを腰に差し、剣を拾い上げる。

 傷が付いていないか、確認しているようだ。


「驚いたな・・・傷一つ付いていないぞ・・・。」

「想像以上に丈夫ねぇ。」


 自分も近づいて確認してみるが、綺麗な状態のままだ。


「ああ、俺の自信がなくなりそうだ。」


 部屋へと戻り、話の続きを行う。


「それで、いかがかしら?」

「うむ、意匠も耐久性も類を見ない、素晴らしいものだ。いくらなんだ?」


「金貨5枚でどうかしら?」


 相手は貴族なので少々吹っかけてみる。


「金貨5枚!?・・・・・・安いな、俺なら10枚はふっかけるぞ。」


 何とも豪気である。

 だが彼が言うのであればそれぐらいの価値を見出したのだろう。

 そしてその値段で売れるという自信があるのだ。


 彼はその体躯と豪胆な性格から見誤られがちだが、商才に長けており、学院生の頃からその才の片鱗を見せていた。

 私たちのパーティもよくご相伴に預かったものだ。


「10枚・・・は流石に無理じゃない?」

「ふっ、俺ならいけるさ。」


 自信満々なクラン。

 それならばと、残りも引き受けて貰う事にする。


「・・・ねぇクラン?実は全部で20本あるのだけれど。」

「ほう・・・。」


 ニヤリと笑みをこぼすクラン。


「いいだろう。商談成立だ。金は明日までに用意するから待っていてくれ。」

「ええ、分かったわ。また持ってくるのも面倒だから、剣は置いて行くわね。」


 その日は宿へと戻り、良い酒で一人祝杯を上げた。

 きっとアリスは目を丸くして驚く事だろう、と。


*****


 翌日、剣の代金として金貨100枚を受け取る。

 後に貴族のところを回ろうかと考えていたのだが、手間が省けてよかった。

 利益も想像以上になり、今回の旅は大成功だ。


「あら、1枚多いわよ?」

「そいつは旅費だ。その分もこれで稼がせて貰うから気にするな。」


「ふふ、それなら有り難く頂いておくわ。」

「それで、もう戻るのか?」


「ええ、貴方のおかげで予定より早く戻れそうだわ。」

「俺としては複雑な心境だな。また寂しくなる。」


「あらあら、貴方にはイーレがいるじゃない。」

「あいつは俺につまらん仕事を押し付けて元気に世界を回ってるよ。」


「ふふ、相変わらずねぇ。」


 コンコンとノックの音。


「ルーネリア様、馬車の準備が整いました。」

「もう終わったのか、気の利かん爺め。」


「ふふ、それじゃあ失礼するわ。」

「ああ、気をつけてな。」


「貴方も病気などしないようにね。イーレにもよろしく伝えて頂戴。」

「分かった。達者でな。」


 クランとの別れを済ませ、馬車へ案内してもらう。

 馬車はすでに門前に停められており、いつでも出発できる状態だ。

 御者台へと上がり、具合を確かめる。


「ルーネリア様、こちら今朝焼きあがったパンで作らせたサンドウィッチで御座います、ささやかですが道中お召し上がり下さい。」

「ありがとうございます。助かりますわ。」


 バスケットを受け取ると、パンの匂いがふわっと鼻腔をくすぐる。

 美味しそうな匂いで、今日の昼食は期待できそうだ。


 バスケットを荷台へ積み、馬車をゆっくりと進める。

 執事と警備兵達に会釈して外門の方角へ向かう。


 王都を出れば後は村へ帰るだけだ。

 村へ戻ればまたレンシアに向かう事になるが・・・、きっと今回よりも楽しい旅になるだろう。

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