がっこうにいこう!

1話「東の国から」

 ガタガタ、ガタガタと今日も馬車に揺られ、土が踏み固められただけの街道を進む。

 御者台から見える景色はゆっくり前から後ろへと流れていく。


 コンクリートジャングルなどというものは無く、空と、山と、森と、草原と。

 そんな長閑な景色。

 運が悪ければ、そこに魔物なんかがプラスされる。

 ゴブリンがあらわれた!なんてね。


 此処は、この世界は、俺のような者から言えば【異世界】と呼ばれる場所だ。


 もうすぐ六歳の金髪碧眼ツインテ女子で、名前はアリューシャ。

 仲の良い人からはアリスと呼ばれている。

 それが今の俺の姿。


 ぶっちゃけると【DTだから】という理由でこの異世界、この女の子の身体に転生させられたのだ。

 この異世界で”魔法”と呼ばれているモノは使えないが、魔力を直接操作することによって、土とかから道具を作ったり、身体を強化したり、見えない触手を生やしたり出来る。


 故郷の村を出て数日、遠くに見える山にはまだ点々と雪が残っているが、少しずつ春が近づいているのを感じられる気候だ。

 街や村があれば宿をとり、無ければ休憩所で野宿。

 そんな日々が続き、予定の半分を過ぎている。


 俺は御者台の隣に座る老女から、馬車の操縦法を学びつつ街道を走らせていた。


 彼女の名はルーネリア。

 肩で切り揃えられた白髪は馬車の速度に合わせて揺れている。

 飾り気は無いが気品のある長袖のシャツにスカート。その上から防寒用のマント。

 そして腕には無骨なガントレット、腰には魔法騎士の証である剣。


 彼女には今向かっている目的地、レンシア魔術学院のある街まで保護者として同行して貰っている。


 俺は手綱を操りながら隣のルーナさんに話しかけた。


「ルーナさん、盗賊とかは出ないんでしょうか?」

「こういう大きい街道では滅多に出ないわね。もっと細い道で森の中なんかだと危ないわ。」


「襲われたことはありますか?」

「ええ、あるわよ。商人の馬車の護衛の依頼なんかだとよくね。」


「そういう依頼もあるんですね。知りませんでした。」

「貴女のお父様はセイランの街を拠点に活動しているから、そんな仕事はあまり受けないのでしょうね。」


 ルーナさんとの雑談を続けていると、馬車の屋根で見張りをしている少女から声が上がる。


「おばあさま、アリス、前のほうで荷車が止まってるよ。」


 彼女は透き通った青い瞳で街道の先を見据えていた。

 瞳と同じ青い色のショートの髪が馬車の奏でる振動で踊る。

 防寒用マントの隙間から覗く健康的に焼けた肌は太陽の光を受け、瑞々しく輝く。

 彼女の祖母であるルーナさんからは想像出来ないほど活発で元気な女の子だ。

 名はニーノリア。皆からはニーナと呼ばれている。


 ルーナさんが少し思案し、俺に告げた。


「話を聞くついでに少し休憩にしましょう。アリス、止まる準備をしておいて頂戴ね。」

「分かりました、ルーナさん。」


 俺は一瞬だけ後ろに振り返り、馬車の中で横になっている少女に声をかける。


「お姉ちゃん、もう少しで休憩だから頑張って!」

「ぅ、うん・・・。」


 彼女は俺の姉、フィーティア。

 ニーナと同い年で八歳。

 いつもは白くて綺麗な肌も、馬車酔いのせいで病的に見える。

 俺の髪よりも薄い色のブロンドヘアーも、それに輪を掛けてしまっているようだ。

 頭の後ろで纏められたポニーテールも何だか項垂れている。


 荷車を視認した俺は馬車の速度を緩やかに落としていき、止まっている荷車の少し後ろで止めた。

 ルーナさんが馬車を降り、荷車に近づいて声を掛ける。


「どうかしましたか?」


 荷車から荷物を降ろしていた少女がルーナさんに気付き、こちらの馬車を見た。


 ストレートの艶やかな黒髪で袴姿、15歳くらいだろうか。

 凛とした顔立ちで、可愛いさよりも恰好良さが勝っている。

 腰に挿しているのはどう見ても刀だ。


 この異世界にも刀があるのだと、少し感激する。

 黒髪の少女がルーナさんに頭を下げて口を開く。


「申し訳ない、荷車の車軸が折れてしまい、荷物を降ろしている最中です。すぐに片付ける故、今しばらく待って頂けますか。」

「ええ、構いませんよ。ニーナ、アリス、手伝ってあげて頂戴。」


「はーい。」「分かりました。」


 ルーナさんの言葉に、ニーナは馬車から飛び降りた。

 俺もルーナさんに手綱を渡し、馬車を降りる。


「二人とも頼みましたよ、私は馬の面倒を見ておきます。」

「いえ、そんなお手を煩わせるわけには・・・。」


「フフッ、その方が早いでしょう?」


 俺は荷車から降ろしたであろう荷物が積まれている一角を指差し、黒髪の少女に問いかける。


「荷車の荷物をあそこにまとめればいいですか?」

「それで問題ありません、かたじけない。」


 俺はニーナに声を掛けてから、壊れている荷車に飛び乗った。


「それじゃあ私が荷車から荷物を降ろすからそれを運んでね。」

「ほいほーい。」


 残っている荷物は多くなく、すぐに終わりそうだ。

 俺は強化魔法と触手を併用して荷物を降ろしていく。

 中身は分からないが行商用の品のようだ。


「す、すごい・・・こんな幼子が軽々と・・・。」


 少女の驚きを他所に、あっという間に荷車は空になって荷物がまとめられた。

 持ち主の少女に問いかける。


「それで、この荷車はどうしますか?」

「ふむ、しかありませんね。」


 それしかないだろう。荷車はどこもボロボロでガタがきている。

 車軸は俺の魔法を使って何とか直せるかもしれないが、ここまでボロボロなら新しいのを作ったほうが早い。


 三人で力を合わせて道の外へ荷車を押し出し、処分した。

 少女が頭を深々と下げる。


「助かりました。」

「いえいえ。」「いいよいいよー、そんなの。」


 ルーナさんが少女に問いかける。


「それで、貴方はどうするのかしら?」

「必要な物だけを持ってレンシアに向かいます。お礼といっては何ですが、好きな物をお持ち下さい。持てない分はここに打ち捨てる事になりますので。」


 流石に徒歩であれだけの量を担いで行くのは無理だろう。

 少女の言葉にルーナさんの悪戯好きが顔に出てきた。


「あらあら、それならその荷物全部頂こうかしら。」

「ぜ、全部!?」


 すごく生真面目な人のようで、ルーナさんの軽口にも良いリアクションを返している。


「ふふ、貴方もよ、お嬢さん。」

「えっと・・・それはどういう・・・。」


「目的地は同じなんだし、一緒に行きましょう?可愛い子が増えるのは嬉しいわ。さぁ貴方達、荷物を載せて頂戴な。」


 俺たちが乗っている馬車はまだ余裕があるし、大丈夫だろう。


「はーい。」「分かりました。」

「何から何まで・・・、かたじけない。」


「ところで貴方、お名前は?」

「申し遅れました、私の名はヒノカ・アズマと申します。」


*****


 黒髪の少女を仲間に加え、馬車は街道を進む。

 ルーナさんとニーナが御車台に座り、ニーナが馬車を駆る。

 最初はハラハラさせる操縦だったがすぐに慣れ、今は立派に操ってみせている。


 馬車の中は俺とフィー、ヒノカの三人だ。

 フィーは相変わらず乗り物酔いでぐったりとしており、俺が膝枕してやっている。

 俺はフィーの頭を撫でながらヒノカとの会話を続けた。


「それじゃあヒノカさんも魔術学院に?」

「ええ、行商品は向こうでの生活費の足しにする為に持ってきました。寮があるとはいえ、物入りになりそうですから。」


 ルーナさんが御者台からこちらを向いて話しに参加する。


「魔術学院に行くのにアズマを名乗ってるということは、今年の闘術大会の優勝者かしら?」

「よくご存知ですね。運良く勝ち残る事が出来ました。」


 聞いたことのない言葉に俺は聞き返す。


「闘術大会・・・って何ですか?」

「そういえば貴方達には教えた事がありませんでしたね。闘術大会というのは、簡単に言えば何でもありの総合戦闘試合の事です。剣術大会なんかでは剣での戦闘試合になりますね。」


 ルーナさんの説明をヒノカが引き継ぐ。


「私の国アズマでは毎年成人前、つまり12歳の者達から選りすぐりの者を集めて闘術大会を開き、競わせます。いわゆる【成人の儀】ですね。」


 ということは彼女は12歳、早ければもうすぐで13歳だろう。

 それにしても13歳で成人か・・・俺、13歳の時何してたっけ?

 ヒノカが説明を続ける。


「その中で勝ち残るとアズマの姓を名乗る事を許され、魔術学院への入学金を出して頂けます。」


 説明を終えたヒノカは話題をこちらに振ってくる。


「アリューシャ殿達もその歳で学院に行くと言う事は、さぞかし名のある方々なのでしょうね。」

「あはは・・・、そんなの無いですよ。」


 ルーナさんが、からかうように小さく笑う。


「ふふ、この子達はこれから名をあげるのよ。ね?」


 ニーナがグッと拳を握って見せる。


「そうだよ!ね、アリス!」

「まぁ・・・、頑張ってみるよ。」


 そんな話で盛り上がっているとフィーがふらふらと起き上がった。

 フィーの背中をさすりながら、中身の冷えた水筒を手渡す。


「お姉ちゃん、大丈夫?」


 フィーは受け取った水筒の水を少し口に含み、一息つく。


「ご、ごめんね。めいわくかけて。」


 うなだれるフィーを慰めるルーナさん。


「いいのよ、貴方は馬車に乗るのは始めてだものね。」


 俺はそんなフィーに一つ提案をした。


「んー、お姉ちゃん、御車台に座ってみたら?」


 運転手は酔い難い、という話を聞いた事がある。

 もしかしたら馬車にもそれが適用されるかもしれない。


「む、ムリだよ。こっちに乗ってるだけできもちわるいのに・・・。」

「ルーナさんに教えてもらって馬車を動かしてれば大分マシになると思うよ。」


「ほ、ほんとう?」


 フィーの疑問にルーナさんが答える。


「そうねぇ、その方が早く慣れるかもしれないわね。」

「お姉ちゃんもずっとそのままだと辛いでしょ?」


 力なく頷くフィー。


「う、うん・・・。」


 話を横で聞いていたニーナはルーナさんに手綱を預ける。


「お、フィーこっち来るの?じゃあ私は見張りだね!」


 ニーナはピョンと馬車の屋根に飛び乗った。


 空いた御車台に座ったフィーはルーナさんの手解きを受けはじめる。

 まだ時間はあるのだ、ゆっくり行けばいい。

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