10話「就職先は」
早朝から馬車に揺られること半日。
俺とエルクは陽が落ちかける頃に街へと辿り着いた。
「ここがセイランの街、俺達の村から一番近い冒険者ギルドのある街だ。」
「賑やかだね、お父さん。」
都心部の駅周辺、とまではいかないが、村と比べれば目眩がしそうなほどだ。
「そうだろ?とりあえずさっさとギルドに顔出すぜ。迷子になるなよ?」
「うん!」
先を歩くエルクを追いかけて夕闇に染まった通りを進むと、大きな建物の前に出た。
「ここがギルド?」
「そうだ、盛り上がってるようだな。」
扉からは宴会のような騒がしい声が聞こえてくる。
「じゃ、入るぞ。さっき言った事、忘れるなよ?」
エルクが大きな両開きの扉を開けて中に入っていく。
俺もそれに続き、中へと入る。
「おいおい、エルク!てめえ何誘拐なんざしてんだ!?そこまで落ちぶれちまうとは・・・、情けねえよ俺は!」
酒が入っているのか、顔を赤らめた大男が絡んでくる。
「俺の娘だ。羨ましいだろ?触れるんじゃねえぞ、デック?」
「嘘つくんじゃねー!全然似てねえじゃねえか!」
「ああ、素晴らしい程にな!」
デックと呼ばれた男と拳をぶつけ合い、奥のカウンターへと進む。
俺はその後ろをエルクに事前に言われた通り、オドオドとして着いて行く。
弱そうなフリをしてろと言っていたが・・・何をさせる気だろうか。
カウンターへ着くなり声をかける。
「おう、冒険者の登録だ。こいつを頼む。」
「おう、エルクてめえの娘か?こいつに必要事項を書きな。」
そう言ってカウンターの男が書類を手渡す。
「いや、見習いじゃねえ、本登録だ。」
エルクの言葉にギルド内が一瞬静まり返る。
そして大爆笑の渦に飲まれた。
「ガッハハハハハ!!!エルクのやつ頭がおかしくなっちまったぞ!」
「毒だ!魔物の毒にやられたに違いねえ!」
「ハハハハハ!!誰か毒消し恵んでやれよ!」
うむ、想像通りの場所だ。こうでなくてはな。
「よーし!だったらてめえら賭けだ!俺の娘が勝つか、こいつが勝つかな!」
そう言ってエルクはカウンターの男を指差す。
「おいおい、グリンドとかよ!」
「あいつこのギルドの試験官の中でも5本の指に入る奴だぜ!」
「5人もいねーけどなぁ!ギャハハハハ!!」
エルクはつかつかと近くのテーブルに歩み寄り、ブーツの底から一枚の金貨を取り出し、テーブルに置く。
「虎の子の金貨だ。勝負する奴はどいつだ?」
置かれた金貨を見てまたも静まり返る。
「いいだろう。」
デックがテーブルに銀貨と銅貨を数枚ずつ積み上げる。
それを皮切りに各々が掛け金をジャラジャラとテーブルに積んでいく。
銀貨数枚だったり、銅貨1枚だったり、金額は様々だ。適当に投げ入れるものまでいる。
あれでは誰がいくら掛けたとか分からないだろう。
最初は綺麗に積み上げていたが今はもうグチャグチャだ。しかし誰も気に留めていない。
落ち着いた頃にグリンドが摸造刀を掴んでカウンターから出てくると、テーブルに銀貨を1枚置く。
「楽しめるんだろうな、エルク?」
「楽しくはならないぞ、グリンド。明日からお前は【幼女に負けた】グリンドになるんだからな!」
またもやギルドに歓声が上がる。
「そりゃ楽しくならねえな~、なぁ?【幼女に負けた】グリンドぉ~?ギャハハハハハ!!」
「うるせえぞてめえら!俺がガキなんぞに負けるわけねえだろうが!」
「場所どうすんだ?訓練場か?」
「あ?此処で構わねえよ、移動するのも面倒だろうが。」
グリンドがそう言うと冒険者達が騒ぎながら並んでいるテーブルを端に移動させていく。
口は悪いが妙に手際とチームワークがいいな、こいつら・・・。
その間にエルクが小声で伝えてくる。
「いいか、遠慮せずにぶっ飛ばしてやれ!」
俺はそれに苦笑いで答えた。
あっという間に場所が出来上がり、グリンドが中央に出て摸造刀を構える。
「いつでもかかってきな、嬢ちゃん。」
「お願いします。」
俺はグリンドの正面に立ち、礼をしてから構えた。
先ほどの喧騒は嘘のように静まり返っている。
腰の鞘からほんの少しだけ剣を抜き、少し強めに鞘に納め、カチリと音を鳴らす。
同時に触手でグリンドをぶん殴る。
「あぐッ・・・!」
顎の部分を思いっきりいったためグリンドは白目を剥き、崩れ去った。
シーーーーーンと静寂が続く。
「・・・またつまらぬものを斬ってしまった。」
静寂に耐えられなかったので、とりあえず何処かで聞いたセリフをキメ顔で放つ。
次の瞬間、ウオオオォォォォ!!!と歓声が上がった。
「うおおおお!!すげえやりやがった!!」
「あのグリンドが一瞬だと!?」
「全く剣筋が見えなかった・・・何なんだありゃあ!」
「抜いた瞬間さえ分からなかった・・・どうなってんだ!?」
・・・抜いてないからな。
「お、おい!グリンドのやつ生きてるぞ!」
「なんだ?顎のところが腫れてやがる。」
「倒れた時にぶつけたんだろ。」
・・・そこを殴ったからな。
「見てみろよ、何処も斬られた後がねぇ。傷一つついてねえぞ!」
・・・顎以外殴ってないからな。
「・・・どうなってんだ、サッパリ分かんねえ!」
「なぁ、嬢ちゃん、一体あいつの何処を斬ったんだ!?」
騒いでいる冒険者の一人が聞いてきたので適当に答えておく。
「・・・・・・私が斬ったのは、彼の心です。」
「「「ウオオォォォ!!かっけええええ!!」」」
それからしばらく後、テーブルも元に戻され、皆思い思いに騒いで過ごしている。
エルクもその中に混ざって楽しそうだ。
気を取り戻したグリンドは氷嚢を顎に当て、受付の仕事をしている。
「ってて・・・畜生、ほらよ。これがギルド証だ。」
そう言って丸い水晶のついたペンダントを渡された。
「登録証を見せろって言われたら、この受付にあるでっかい水晶に触れさせるんだ。試しにやってみな。」
言われた通りにギルド証で受付の水晶に触れると、その水晶が青く光る。
「お前のギルド証を他人が使うと赤く光る。貸してみな。」
グリンドがひょいと私のペンダントを掴んで水晶に当てると、今度は赤く光った。
「仕組みは知らんが、まぁ、他人のギルド証は使うなってことだ。酒の席で取り違えたりする奴は絶えねえけどな、ガハハ!」
「ありがとうございます、グリンドさん。」
「おいおい、俺を伸したおめえに敬語なんぞ使われたらバカみてえじゃねえか、止めろ。あのクソバカ共にもな。」
「分かったよ、グリンド。」
「へっ、それでいいんだよ。おい、お前らァ!!!」
グリンドの声に喧騒はピタリと止み、注目が集まる。
「新しい仲間だ!アリューシャ!5歳だ!史上最年少じゃねえか!?知らねえけどな!!ちょっかい出すな、なんて言わねえ!!ちょっかい出して返り討ちに会っちまえ、クソバカ共!!」
ウオオオォォォォ!!と、またも歓声が上がり、酒のペースも上がるのだった。
「ところでおめえ、宿は取ってんのか?」
「うーん、街に着いてから真っ直ぐ此処に来たから取ってないと思う。」
「・・・ハァ、あのバカは何やってんだ。おい、シャーリー!!」
グリンドが奥に呼びかけると、奥から15歳くらいの少女が出てきた。
肩より少し長い癖毛の栗色の髪。キリッとしたブラウンの瞳でジロリとグリンドを睨む。
「何?【幼女に負けた】お父さん、だっけ?」
「・・・ぐっ、てめえ。」
「バカばっかりやってるからよ。それで、何?」
「その幼女ちゃんを部屋に案内してやりな。」
グリンドが俺に指をさし、それに沿って視線をこちらに向けたシャーリーと目が合う。
「あら、あらあらあら!すごく可愛いのね!こんな子がうちのバカ親父をやっつけちゃうなんて!ステキだわ!」
瞳をキラキラとさせたシャーリーにぎゅむっと抱きつかれる。すばらしく育っている。
「ああ、お前よか数段可愛いよ。」
ボソリとグリンドが呟いたのを聞き逃さなかったのか、シャーリーがグリンドの脛を蹴りあげた。・・・痛そう。
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