9話「土の剣と二つ名」

 エルクの拒否の言葉。


「ダメだ。」


 エルクに冒険者見習いとして登録してもらうように頼んだ結果だ。

 俺はなおも食い下がる。


「どうしてですか、お父さん。」

「あのな、アリス。」


 エルクは俺の目線に合わせてしゃがみ、頭にポンと手を乗せる。


「切羽詰った事情もないのに、自分の可愛い娘を危険な場所に連れて行ける訳ないだろ。」


 それは尤もだ。

 ダメだと言われるのは分かりきっていた事。

 次の手を打つまで。


「それじゃあ私の剣の腕を見て、それで決めて!」

「い、いや・・・そうは言ってもな・・・。」


 少し見当外れではあるが、サレニアの援護射撃が届く。


「うふふ、エルク。アリスはあなたに構って欲しいのよ。」


 上目遣いでエルクを見つめる。これで落ちない父親はいないだろう。


「お願い、お父さん。」


 俺だって落ちる。多分。


「はぁ・・・、分かったよ・・・。」


 ほらな。


*****


 家族揃っていつもの河原へとやってきた。

 日が差し込み、水面にキラキラと反射している。

 最初はエルクと二人で来るつもりだったのだが、折角だからとサレニアがお弁当を用意し、フィーも連れてピクニック状態である。

 それにはちょうど良い日和だろう。


「こんな場所があったんだな。ここなら剣で打ち合うには十分だ。」


 そう言ってエルクは腰の長剣を抜いて構える。


「よし、かかって来い、アリス。」


 手を振ってサレニアが応援する。


「二人共がんばれー!」


 対してフィーは真剣な眼差しを向けている。

 自分たち以外の戦い方を見る事は無いからだ。

 いつの間にかフィーが武闘派になってしまっている。

 朱に交わらばというやつか。


 エルクの方を見やると、両手で握った剣を下げ、力を抜いている。

 相手の行動に即座に反応するためであろう。

 まずは小手調べと剣を打ち合わせ、徐々にスピードを上げていく。

 エルクが俺の放った攻撃を弾き、打ち払う。

 打ち合った数が30を越えようとした時―――


 ―――パキンッ!


 エルクの剣がポッキリと折れたのだった。


「うおおお!俺の剣がぁぁ!」


 がっくりと膝と手を付くエルク。

 何事かとサレニアとフィーもやってくる。


「あらあら、見事に折れちゃったわねぇ・・・。」


 しげしげと折れた剣を眺めるサレニア。


「ご、ごめんなさい、お父さん・・・。」


 まさか折れてしまうとは思ってもみなかった。


「あぁ、いいんだアリス。元々寿命だったのは分かってた事だしな。むしろ折れたのが仕事中じゃなくて良かった。結果的に俺はお前に命を救われたのかもな。」


 サレニアが難しい顔でエルクに告げる。


「でも、困ったわねぇ。新しい剣は買えないわよ?」


 対してエルクはあっけらかんとしている。


「うーん、昔使ってたナイフがまだあったよな?しばらくはあれでやるしかねぇか。」


 流石にナイフでは厳しい気がするが。

 だが鉄の剣を直すにしても、俺自身まだ鉄の形態変化には慣れていない。

 作り慣れている分、土の剣の方がまだマシだろう。

 とりあえず土の剣だけでも渡しておくことにする。


「お父さん、その剣少し見せて?」

「ああ、気をつけろよ。」


 受け取った柄と折れた刃をくっつけて地面に置いた。

 その剣を見本としながら地面に魔力を流していく。

 今回は訓練用じゃない、殺すための剣。


 堅く、しなやかに、そして―――鋭く。

 そうして造り上げた剣をゆっくりと引き抜いていく。


「お父さん、これは使える?」


 渡された剣を手に取り、まじまじと眺めるエルク。


「これは?」

「私が使ってるのと似たやつだよ。」


 そう言って俺の使っている訓練用の剣を見せる。

 ひとしきり眺めた後、近くの木に近づき、剣で枝を切り落とした。


「凄いなこれ。俺が持ってた剣の新品の頃より切れ味があるぞ。俺には勿体無いくらいだ。」

「それはお父さんのために造った剣だよ?」


「ああ、そうだな。ありがとうな、アリス。」


 一つだけ注意事項を伝えておく。


「あ、それとね。まだ訓練でのデータしか取れてないから、さっきのナイフも一緒に持っていってね?」


 実戦投入でいきなりポッキリ、とか万が一あるかもしれないからな。


「ん?でーた?どういう意味だ?」

「えっと・・・その剣が実戦で使えるか分からないから、ナイフもちゃんと用意してね?」


 エルクにも分かるように説明する。


「俺がこいつを実戦で使える事を証明すりゃいいわけだな?任せとけ!」

「あぁ・・・うん、それでいいや。」


 まぁ、エルクなら大丈夫だろう。



 後に、彼は【土剣屋】の二つ名で呼ばれる事となる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る