11話「チュートリアルクエスト」

 次の日の朝。

 目覚めた俺を待っていたのは、会議という名の宴会で決められた【心斬の】という二つ名だった。

 昨日をやり直したい・・・。


 俺と二日酔い気味のエルクは宿をとった後に買い物のため街に出ていた。

 既に日は登っていて、街には活気が溢れている。


「それよりもお父さん。」

「んあ?なんだー?」


 欠伸をしながら生返事をするエルクに問いただす。


「あんな賭けなんかして、私が負けちゃったらどうするの?」

「ああ、そんな事か・・・。」


「そんな事って・・・。」


 エルクが眠そうに口を開く。

 

「あのテーブルの金はアリスが勝っても負けても俺の物になってただろうよ。まぁ、負けたら冒険者にはなれてなかっただろうけどな。」

「どういう意味?」


 エルクが説明を続ける。


「金に困ってる時に【お前らを余興で楽しませてやるから金を寄越せ】、虎の子の金貨ってのはそういう意味だ。」


 だから掛け金を張る時、あんなに適当だったのか。


「・・・つまり、私の試験を余興にしたの?」

「ああ、どっちにしろ試験を受ける必要はあるし・・・それに、お前の装備を揃える金も無かったからな。」


「でもお父さん金貨持ってたよね?」


 あれがあるなら生活も大分楽だろうに。


「稼ぎの最初の金貨一枚は、一人前の証としてお守りにして、ブーツに忍ばせるのが冒険者の仕来りなんだ。使い込んじまうやつもいるけどな、大抵そういうやつは信用されねえ。」


 よく分からないルールだな。


「どうしてそんな事を?」


 エルクが伸びをしながら説明を続けた。


「例えばどこか遠くで俺が死ぬだろ?その死体を他の冒険者が見つけた時、遺品やらをギルドに届けてもらう代金だ。だから、隠し場所も決まってる。」


 死という単語に少し複雑な気持ちになり、口を噤む。


「そんな顔すんな、折角冒険者になれたんだ。もっと気楽に行こうぜ?」

「・・・うん。」


 しばらく無言で歩き、ひっそりとした路地裏にある店の前で足を止める。服屋のようだ。


「おお、ここだ。いつも分かり難いんだよなー。」


 一人ごちりながら店の扉を開けて中に入っていく。


「バーさん、いるか?」


 カウンターにいたお婆さんがエルクをジロリと睨む。


「エルクの小僧かい、何の用だね?」

「こいつに冒険者用の服と靴を見繕ってくれ。」


 マジマジと俺を見るお婆さん。


「どこから攫って来たんだい?早く元の場所に戻しといで。」

「またそれかよ!俺の娘だよ!」


「フン!見りゃ分かるよ!」


 いつものノリなのだろう、構わずに挨拶する。


「こんにちは、お婆さん。アリューシャと申します。」


「ああ、こんにちはお嬢さん。・・・随分と礼儀正しいじゃないか、どこの貴族の子だい?」

「見りゃ分かるんじゃねえのかよ!」


 そんなやりとりを交わし、服と靴を仕立ててもらう事になった。


「しかしこんな子が冒険者とはねぇ、世の中分からんもんじゃの。・・・よし、仕立てておくから2日後に取りに来なさい。」

「はい、よろしくお願いします、お婆さん。」


 ペコリと頭を下げる。


「ああ、エルクのより良いのを私立ててやるからね。楽しみにしておきな。」


 服屋を出て、エルクがまた別の場所へ向って歩き出した。


*****


 路地裏を縫って行くと少し開けた場所に出て、煙突から煙がもくもくと出ている建物に着いた。

 エルクはその建物の扉を開け、ズカズカと中に入っていく。


「おう、オヤジいるか?」

「おー、エルクの旦那。久しぶり。ちょっと呼んでくるから待ってな。」


 エルクの言葉に答えたのはカウンターの上にいた小さな妖精だ。

 妖精は店の奥へピューと飛んで行った。

 しばらく待つと、店の奥からは禿頭で髭を生やしたゴツいオヤジが出てきた。

 背はエルクの胸に届くくらいしかないが、腕や足は太く、頑丈そうだ。


「おう、エルク。そいつが【心斬の】か?」

「そうだ、耳が早いな、オヤジ。こいつの装備を頼む。」


 オヤジが俺を睨む様に見る。


「無理だな。」

「あ?そいつはどういう了見だ?」


「いくらサイズを合わせても鉄の鎧なんざクソ重いぞ?それをこんなガキに持たせるのか?」

「・・・あ。そういやこいつはガキだったんだ。」


 どうやら自分基準で装備を用意しようとしていたらしい。

 オヤジは店の棚から篭手を掴み取り、俺に渡してくる。


「持ってみな、【心斬の】。」


 手に持つとズッシリと腕に重さが伝わってきた。

 強化すれば問題無さそうだが、常時強化はさすがに疲れる。


「少し重いです。」

「お前さん用に鎧を作っても、もっと重くなっちまうからな。それなら革と布だけで動けるようにした方が良いだろう。武器は・・・剣を使ってるのか?」


 俺の腰に吊るした剣を値踏みするように見る。


「はい。でもこれは訓練用のですけど。」

「ちょっと見せてみろ。」


 剣を鞘から抜いて手渡す。

 オヤジは受け取った剣を眺め、手でコンコンと叩きはじめた。


「・・・ふむ。」


 満足したのか、剣を返してくる。


「武器はこれでいいだろ。」


 エルクが食い下がる。


「おいおい、これは訓練用だって言っただろ?」

「この大きさ、重さ、強度でこれ以上のは作れねえよ。魔鉄以上ので作れば出来るかもしれんがな。そんな金あるか?」


 魔鉄か、初めて聞いたな。


「うぐ・・・ねぇよ。」

「だろうな、俺にだって仕入れる金すらねぇよ。」


 声のトーンを落とす二人に代わり、高い笑い声。


「キャハハ、可哀想な貧乏達だねぇ。」


 話を聞いていた妖精が宙でおなかを抱えて笑っている。


「うるせぇ!その貧乏に食わせて貰ってんのはどいつだ!」

「キャハハ、おっかな~~い!」


 そう言って妖精は店の奥へと飛び去って行った。


「まぁそういうワケだ、【心斬の】に作ってやれる装備はねぇ。スマンな。」

「はぁ・・・、しゃあねえか。邪魔して悪かったな、また来るぜ。」


「【心斬の】デカくなったらまた来い、そん時はサービスしてやる。」

「はい、楽しみにしてます。」


 別れの挨拶を済ませ、俺たちはオヤジの工房を後にした。


 まぁ、武器ぐらいは自分で作れば良いしな。


*****


 次に辿り着いたのは、大通りにある雑貨屋だ。

 周辺に比べるとかなり大きい店で、客も多い。

 看板には大きく【レンシアスーパーマーケット】と書いてある


「かの魔術学院の創設者が始めたっていう店だ、デカイ街になら大体あるらしい。ここに来りゃ旅に必要なものは大体揃うぜ。覚えときな。」

「うん。」


 エルクは店の入り口にあるカートを押して、必要なものをカートに入れていく。

 そのまんまスーパーのシステムだ。レジまである。

 違いといえば生鮮食品は少なく、日持ちのする食料や旅に必要な道具を主に取り扱っている事くらいだ。


 ぐるりと店内を見渡してみる。

 細部は違うものの、棚の配置や商品の並べ方を見ると日本にいた頃を思い出し、哀愁の念を感じてしまう。


「おい、何してんだ。置いてくぞ?」


 エルクに声を掛けられ、ふと我に返る。


「あ、待ってよ、お父さん!」


 そうだな、今はこの世界を楽しもう。

 かつての思いをしまい、俺は駆け出すのだった。


*****


 買い物が終わり、宿に戻って荷物を置いて宿の食堂で昼食を取った。

 その後、依頼を受けるために冒険者ギルドへと来ている。


「ま、最初はアレだな。」


 そう言ってエルクは受付へと進んでいく。

 昼間である所為か昨日と違い、ギルド内は閑散としていた。


「おう、【幼女に負けた】グリンドじゃねえか。」

「こんにちは、グリンド。」


「・・・・・・チッ、何の用だ。」


 グリンドがギロリとエルクを睨む。


「その幼女ちゃんに薬草の依頼だ。」

「分かったよ。」


 そう言ってグリンドはカウンターの中から一枚の紙を取り出して俺に見せる。


「これが依頼書だ、読めるか?」


 依頼書に書かれた重要そうな事項を読み上げていく。


「フイカク草5株以上の納品。報酬は納品数に関係なく銅貨5枚。期限なし。」


 ゲームでも最初にこんなクエストやらされたなぁ・・・。


「お前より頭良いんじゃね、エルク。」

「・・・言うな。」


 グリンドが水晶に何やら操作を施す。


「じゃ、ギルド証で触れな。」


 言われた通りにすると、水晶が白く光り、その光がギルド証へと流れ込んだ。


「これでその依頼が登録されたワケだ。とっとと集めてきな。」


「うん、行ってくるね。」

「すぐに戻って来るぜ。じゃあな。」


 挨拶をしてギルドを後にし、街の門へと向かう。


「お父さん、宿に道具とか食料置いたままだよ?」

「街のすぐ近くだから今は必要ねえ。万が一何かあっても、街に走った方が良いくらいの距離だ。その為には身軽な方が良いだろ?」


 そんな会話をしながら門に辿り着くと、エルクが門番をしている若い兵士にギルド証を見せる。


「やぁ、エルクさん。お仕事ですか?」


 兵士が挨拶をしながら懐から水晶を取り出してギルド証に触れさせ、青く光るのを確認して頷いた。


「ああ、こいつの付き添いでな。」


 エルクに習い、俺もギルド証を取り出して水晶に触れさせる。

 青く光るのを見て兵士が驚く。


「見習いではなかったのですね。驚きました、こんな子が・・・。まさか本当に【心斬の】?」

「ああ、その【心斬の】だよ。」


 ヤバい、どうやら二つ名が着実に広まりつつあるらしい。


「正直、法螺かと思ってました。」


 俺もそう思いたい。


*****


 門を抜けて街の外へ出て、街道を外れて近くの森へと向かう。


「フイカク草はあの森に腐るほど生えてる。普通に売るだけなら20株で銅貨1枚くらいになれば良い方だ。ま、あの依頼は新人への餞別ってとこだな。安い飯ぐらいしか食えねえけど。」


 そんな事を話しながら森へと歩き、20分もしないうちに辿り着いた。


「よし、じゃあサクっと終わらせるか。」

「ちょっと待って、お父さん。」


 張り切るエルクを呼び止める。


「ん、どうした、アリス?」

「回りに人いないし、今の内に武器作っておくよ。」


 そう言ってしゃがみ、地面に手を当てる。

 そろそろ必要になるだろう。

 訓練用のではない、殺すための武器が。


 使い捨てに出来れば良いのだが、まだそこまでには至っていない。

 いつもより長めに魔力を操作し、作ったものを引き抜く。


「なんか変な形になってるぞ?失敗か?」

「ううん、これでいいんだよ、お父さん。」


 反り返った片刃の剣、刀。

 材料が土なので資料館なんかで見た美しい輝きはないが。

 真剣を作ろうと思った時、真っ先に思い浮かんだのがこれだ。


 新たに作った鞘に収めて腰に挿し、訓練用の剣は土に還した。

 それから森に入って10分ほど。


「あったぞ、アリス。」


 エルクの指差す方に、図鑑で見た事のある草が群生していた。


「根と葉が必要だからな、こうやって根元を持って引っこ抜くといい。」


 エルクの真似をして草を抜く。小さいカブのようだ。

 必要数の採取が終わると、エルクが懐から紐を取り出してそれらを束ねる。


「ほれ、あとは報告するだけだ。」

「ありがとう、お父さん。」


 束を受け取り、街へ向けて歩き出した。


*****


 何事も無くギルドへ到着し、カウンターのグリンドに依頼物を渡す。


「グリンド、持ってきたよ。」

「戻ったか・・・よし、確かに5株あるな。」


 数え終わったグリンドが、水晶に何やら操作した。


「完了の登録をしたぞ。ギルド証を当ててみな。」


 ギルド証をカウンターの水晶に当てる。

 ギルド証から白い光が水晶に移動した後、光が収まる。


「それで依頼完了だ。ほらよ、銅貨5枚だ。」

「ありがとう。」


 はじめての報酬を受け取る。金貨までは遠そうだ。


「さて、今から受けるような依頼もねえし、宿に戻るか。お前は街を見たきゃ好きにしていいぞ、アリス。」

「ホント!?」


 自分の村と違ってかなり栄えている街だ。興味は尽きない。


「ああ、宿の場所は分かるな?晩飯時には戻って来い。」

「うん!」


 後ろからむにゅっと抱きつかれる。

 この感触はシャーリーだ。


「ふふ、良い事聞いちゃった♪」


 ガッチリ腕を掴まれた。


「私はアリスに街を案内してくるわ。後はよろしくね、お父さん♪あ、エルクさん、アリスは今日もここで泊まりだから♪」


「あ、おい!シャーリー!」

「分かったよ。楽しんでこい、アリス。」


 シャーリーはグリンドを無視し、俺をズルズルと引っ張っり、街へと繰り出す。


「じゃ、街の隅々まで案内してあげるわ♪」


 夜までシャーリーお勧めの店等に連れまわされた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る