5話「魔法、使えないんですけど」

 魔法の練習を続け、はや三年が過ぎていた。

 言葉もそれなりに喋ることが出来るようになっている。

 家から出て、外で走り回ることも。

 そして、言葉が発声出来るようになった事により、重大な事実に気が付いたのだ。


 ―――”魔法”が使えない。


 触手を生やすような魔力操作は出来るのだが、サレニアやフィーが使っている”魔法”が使えないのだ。


 例えば火を出す”火(フォム)”という魔法。

 本来ならば軽く念じて呪文を唱えるだけで発動するらしいのだが、俺の場合はうんともすんとも言わない。

 しかし、再現は出来る。

 魔力をひり出して強く火に変われと念じる。それで同じような現象が再現できるのだ。


 だが、その差は大きい。

 サレニアやフィーは一瞬で発動するのに対し、俺は数秒掛かる。

 威力を上げようとすれば、その数秒はさらに伸びる。

 これでも練習してタイムは縮めたのだ。それでもこの差である。


 さようなら、魔法少女―――


 そんな言葉が脳裏によぎったが、別の事実も判明した。

 逆に俺と同じことがサレニアとフィーには出来ないようだ。

 魔力を視ることも出来ないし、触手も生やせないのだ。


 ならば。


 触手を操る魔法少女になろうと思う、俺は。


 ・・・悪役っぽいな。


*****


 フィーの一件からは特に大きな事件もなく、平和な日々を過ごしている。

 魔法の練習や文字の勉強は欠かしていない。


 今日は、フィーの手を引いて家の裏へやって来た。

 いつも魔法の練習をしている場所だ。

 青い空が気持ちいい。


「お姉ちゃん、こっちこっち!」


 いきなり連れて来られたフィーは困惑した顔だ。


「どうしたの、アリス?」


 土を材料にして魔法で創ったおもちゃの剣を手渡す。


 これも魔力操作の一環で創れるようになったものだ。

 俺が付与魔法と呼んでいるそれは、対象に魔力を流し込んで形を変化させたり、強度を上げたりと言った事が可能である。

 ただし、土や石や鉄とかの鉱物っぽいものにしか使えない。


 地面に手を当て、剣の形を想像して魔力を流し、引き抜く。

 これで完成だ。簡単でしょ?


 でも鉄とか元々固いのは簡便な、時間掛かるし、難しいんだ。


 おもちゃと言っても強度を上げているため結構堅く、丈夫になっている。

 重量も中抜きを行って軽くし、刃もちゃんと潰している。

 大人の力で岩なんかに思いっきり叩きつければ流石に折れそうだが、子供がチャンバラで遊ぶぐらいなら問題ないだろう。


 フィーは手渡された剣をマジマジと眺め、俺に問う。


「ど、どうしたの・・・これ?」


 見たこともない玩具に訝しげな顔をするフィー。

 誰かに貰っただの勝手に買って来ただのと思われない内に地面から刀を抜いて見せる。


「作ったんだよ、ほら。」


 驚いた顔のままのフィーに続ける。


「それで打ち込んで来てみて。こっちからは何もしないから。」


 フィーの正面に立って刀を構える。心得なんてないので適当だが。

 目指せ魔法少女!とは言っているものの、この世界についてはまだ殆ど分かっていないのだ。

 取れる手段は多い方が良い。

 そう思って剣の稽古なんぞをやってみようと思い至ったのである。


 本当なら父であるエルクにお願いしたいのだが、仕事で忙しい。

 そこで家で本を読んでいたフィーを連れ出してきたのだ。


 構えたままの俺に首を横に振って答えるフィー。


「ええええ!?だ、だめだよそんなの!けがしちゃう!」

「大丈夫、私は受けるだけだから。お姉ちゃんに怪我はさせないよ。」


「アリスがけがするでしょ!」


 流石に3歳の妹に剣で殴りかかるのは抵抗あるか。

 ・・・俺だって断るな。

 何か良い案は無いかと見回すと、割られた薪を見つけ、一本拝借する。


「大丈夫、お姉ちゃんの力じゃ怪我なんてしないよ。」


 薪を両手に持ち、体内に魔力を巡らせる。

 そうする事により、身体能力が強化されるのだ。


 俺はこの魔法を強化魔法と呼んでいる。

 魔力を流す場所が自分の体内なだけで、魔力操作というのは変わらない。


 その状態で薪に向かって頭を振り下ろす。

 大きな音を立てて薪が半分に折れた。


「あ・・・アリス!?だいじょうぶ!?」

「平気平気。でも、みんなには内緒にしてね。」


 呆然としたフィーに続ける。


「というわけで怪我は大丈夫。それにこんな事頼めるのお姉ちゃんしかいないの、お願いっ!」


 フィーが呆気にとられている間に畳み掛ける。


「う、うん・・・。」


 よし、成功だ。フィーの正面に立ち、サッと構える。


「じゃあ、お願い。」

「い、いくよ・・・えいっ。」


 大きく振りかぶって剣を振り下ろしてくるフィー。

 避けるのも簡単そうだが、とりあえず剣で受けてみる。

 剣同士がぶつかり合い、小気味の良い音が響く。

 すぐに次の攻撃を受ける体勢に移るが、次の攻撃が来ない。


「どうしたの、お姉ちゃん?」

「し、しびれた・・・。」


 元々おとなしい性格で、体を動かすより本を読んでいる方が好きな子なのだ。

 仕方のない事だろう。

 家の壁を背もたれにして休ませる。


「ごめんね、アリス・・・。」

「気にしないで、お姉ちゃん。無理を言ったのは私なんだし。」


「でも・・・。」


 落ち込むフィー。その顔にはどうも弱い。

 何かいい方法は無いだろうか。


「うーん・・・。あ、そうだ。お姉ちゃん、ちょっと手を貸して。」


 フィーを立たせ、正面からフィーの両手を片方ずつの手で握る。


「あとはおでこも。」


 フィーが少し屈んで額を合わせる。


「じゃあ目を閉じてじっとしててね。」


 俺も目を閉じて集中し、ゆっくりとフィーに魔力を流し込み、循環させ、フィーの身体を少しだけ強化し、体を離す。

 今回は初めて他人に使ってみたが、どうやら成功したようだ。


「わ・・・なにこれ?」


 強化された感覚に戸惑うフィーに、指示を出す。


「それでちょっと走ってみて。」


 言われた通りに駆け出し、転ぶフィー。


「はうっ・・・、いたく・・・ない?」


 身体能力の上がった感覚に思考が追いついていないのだろう。


「大丈夫、お姉ちゃん?まずはゆっくり身体を慣らしていこうか。」


 手を取ってフィーを起こす。


「どうなってるの・・・これ?」

「ちょっとした魔法だよ。まずは走るよ。よーいドン!」


 不意打ちの掛け声で先に走りだす。


「あ、まって!」


 その後は夕方までランニングや素振りをして過ごした。

 1時間くらいで強化が切れたのでその都度掛け直しながら。

 最初は戸惑っていたフィーだが、慣れてくると楽しそうに身体を動かしていた。

 翌日は筋肉痛で動けなくなっていたが。


 それからはたまにフィーと一緒に訓練するようになった。

 そんな中、フィーに変化が起きる。


 フィーが強化魔法を使えるようになったのである。

 何度も掛けている内に体内での魔力の循環のさせ方を覚えたようだ。

 俺の使うものよりは効果は劣るが、それも慣れの問題だろう。


 それに魔力効率は既にフィーの方が上回っている。

 見習う必要がありそうだ。


*****


 ―――別の日。

 今日は一人で訓練している。

 魔法の練習を終え、今は剣道の真似事で素振り中である。

 おもちゃの剣は魔法の練習がてら改良し、最初のより強度が上がり、軽くなっている。


 家の影からひょこりと顔を覗かせるフィー。


「アリス・・・いる?」


 そんなフィーに俺はすぐさま反応する。


「お姉ちゃん、どうしたの?」

「え、えっと・・・ね、その・・・。」


 フィーの言葉が終わる前にその後ろから活発そうな女の子が声を掛けてきた。


「この子がアリスちゃん?かわいいね!」


 歳はフィーと同じくらい。

 ショートの青髪でくりくりとした瞳も透き通った青色だ。

 肌は少し焼けていておてんばで元気な女の子と言った感じである。


 フィーの友達のようなので、きちんと挨拶をしておく。


「こんにちは、アリューシャです。」


 ぺこりと頭を下げる。


「お、・・・おお?こ、こんにちは、ニーノリアです。」


 釣られて頭を下げた彼女。


「さすがフィーの妹、しっかりしてるねー。えーっと、ボクのことはニーナでいいよ。」


 こういうのを太陽のような笑顔というのだろう。


「はい、よろしくお願いします。ニーナさん。」


 お互いの自己紹介が終わったところでフィーの方を向く。


「えっと・・・お姉ちゃん、この人は?」


 どうして連れてきたのかを問いかける。


「あ、あのね。ニーナちゃんがけんじゅつを習ってて、おしえてくれるって。」

「え、ほんと!?」


 渡りに船、というやつだ。


「うん、ボクでよければね。」

「よろしくお願いします、ニーナさん!」


 もう一度頭を下げる。


「あはは、そんな頭下げなくていいってばー。」


 ニーナは照れくさそうに頬を掻いている。


「良かったね、アリス。」


 フィーも嬉しそうだ。


「何言ってるの、フィー。アンタもやるんだよ!」

「え、ええ~~!?」


 講義の声を上げたフィーにニーナが叱りつける。


「えー、じゃない!フィーもいつのまにか動けるようになってるんだから、ちゃんとやるの!」


 強化魔法を使えるようになったフィーは身体を動かすのが楽しくなったらしく、訓練への参加頻度も上がっていたのだ。

 そのおかげで元の身体能力も前に比べて格段に上がっている。

 それでも本が好きなのは変わっていないようだが。


「それじゃあここだと少しせまいし、もう少し広いところに行こう!」


 確かに3人だと少し手狭なので、ニーナの案内で移動する。

 村の外に出て森の中を進み、広い河原へと出た。


「ここだよー。いいところでしょ?」


 村の外へ出たため、フィーは不安そうにしている。


「こ、こんなところに来てだいじょうぶなの・・・?」

「へーきへーき、いつも剣の稽古をするときはここなんだー。」


 訓練用の摸造刀を構えるニーナ。結構様になっている。


「よし、じゃあはじめよっか!」


 その日からは時間があればニーナも混ざり、3人で訓練することになった。

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