6話「ババさまといっしょ」

 ―――とある日の朝。

 朝食の準備をしているサレニアに声をかける。


「お母さん。」


 彼女はその手を止めてこちらに振り返った。


「どうしたの、アリス?」


 俺はサレニアを見上げながら問いかける。


「本は他にはないの?」


 家にある本は大体読み尽してしまったのだ。

 といっても図鑑が数冊程度だが。

 少し困った顔でサレニアは尋ねてくる。


「うーん、本は高いからねぇ、アリスはどんなお話が読みたいの?」


 やはり本は高価なようだ。


「えーっと・・・他の図鑑とか、この辺りの地図。あとは魔法の本。」


 サレニアの顔が引き攣った。

 その顔で値段が想像出来てしまえる。

 ふぅ、とサレニアはため息を吐いた。


「ごめんね、アリス。そういうのは高くて買えないわ。」


 俺の頭を撫でながら謝るサレニア。

 そこまで落ち込んだような顔をしないで欲しい。

 あればラッキーくらいで聞いたのだ、無理に買う必要も無い。


「気にしないで、お母さん。無理を言ってごめんなさい。」


 サレニアは何か思いついたような顔になる。


「そうだわ、ババ様ならそういう本を持っているわ。一緒に行って頼んでみましょう?」


 確かにババ様なら色々持っていそうだ。


「うん!」


 俺は大きく頷いた。


*****


 我が家から歩いて大体10分ほど。

 見た目は少し古い普通の家だ。

 ただし、大きさは余裕で我が家の倍以上はある。


 そんな家の門の前にサレニアと二人で並ぶ。

 フィーも誘ってみたのだが、壁に隠れてブンブンと首を横に振った。今は留守番だ。

 サレニアは門を開けて中に入り、扉をノックする。


「ババ様、いらっしゃいますか。」


 しばらく待つと、扉が開いて杖をついたババ様が出てくる。


「サレニアかどういたんだい?おや、アリスも一緒かい。」

「こんにちは、ババ様。」


 ババ様が快活な笑い声を上げた。


「カカカ、ちゃんと礼儀が出来とるじゃないか。デールとこのクソ坊主とは偉い違いだね。」


 ババ様が俺の頭をしわしわの手で撫でる。


「実は、お願いがありまして・・・。」

「なんだい、言ってみな。」


 俺の肩に手を置いてサレニアは頭を下げた。

 俺もそれに倣う。


「この子に本を読ませてあげて欲しいのです。」

「お願いします。」


 ババ様は手に持った杖で俺達の頭を軽く小突いた。


「頭を上げんかい馬鹿者。」

「ひゃっ。」

「いてっ。」


「婆の家に遊びに来た孫が婆の本を読むだけの話、別に頭を下げるようなことじゃないわ。ホレ、入りな、アリス。」


 ババ様は俺を家の中に招き入れてくれた。


「お前さんは家でフィーが待っとるんじゃろ?早う帰ってやれ。」

「はい、ありがとうございました。宜しくお願いします。」


 サレニアは頭を下げる。


「頭を下げるなと言うとるのに・・・おお、そうじゃアリス。晩飯はうちで食ってくかいの?」

「バ、ババ様そんな、悪いです。」


 畏まるサレニア。


「んー・・・、泊まってく。」


 折角の申し出なので更にプッシュする。どうせ本も一日じゃ読み切れないだろうしな。


「こ、こらアリス!」

「カッカッカ、随分と図々しいやつに育ったの、構わんよ、泊まってくとええ。」


「すみません。すみません。」


 サレニアは平謝りだ。

 ひとしきり笑った後、ババ様はサレニアを送り出した。


「気をつけて帰りな。」


 サレニアはまた頭を下げる。


「・・・はい、宜しくお願いします。アリス、ちゃんとババ様の言う事を聞くのよ。」

「うん!」


「それでは失礼します。ババ様。」


 別れの挨拶を交わし、サレニアは帰って行った。

 そして俺はババ様の家の一室に通される。

 その部屋は小さい本屋のように本が所狭しと並んでいた。

 とても数日では読みきれそうにない量だ。


「ところでお前さんはどんな本が読みたいんだい?」


 ババ様の質問に簡潔に答える。


「図鑑と、地図と、魔法の本。」

「ククク、お前さんの将来が楽しみじゃのう。図鑑はあの辺り一帯、地図はそこの本棚の一番上、魔道書は一番奥じゃ。」


 指で指し示しながら本の場所を教えてくれる。


「梯子が少し短いかのう。」


 確かに備えてある梯子や踏み台だと一番上どころか二段目も怪しい。


「大丈夫だよ、ババ様。」


 そう言って俺は触手を使ってすぐ近くの本棚の一番上の位置まで身体を持ち上げ、本を一冊抜き取り、すっと下りる。


「そうか、お前さんは飛べるんだったね。それなら大丈夫そうじゃのう。」

「うん!」


 ババ様が図書室の扉を開いた。


「それじゃあワシは仕事を片付けるわい、ゆっくりしておいき。」

「仕事?何するの?」


 確かにこんな世界だ、年金生活なんてものは無いのが当たり前か。


「薬の調合じゃよ。」


 調合か・・・、錬金術なんかもあるんだろうか?

 ともかく、これも覚えれば役に立ちそうそうだ。本は後回しにするとしよう。


「調合?見たい!教えて!」

「カッカッカ、お前さんは貪欲じゃのう、アリス。構わんよ、ワシの術を叩き込んでやるわい。」


 図書室を後にして工房へと向かう。


「しかしアリスよ。そんなに勉強してどうするつもりじゃ?」

「うーん、冒険者になるため?」


「・・・なんでワシに聞くんじゃ。」


 とは言ってもそこまで深く考えていなかったな、そういえば。

 魔法少女は仕事じゃないしな・・・。

 強いて言えば憧れのファンタジー生活なので、面白そうな事には手を出してみようってところか。

 まぁ、当面の目標は冒険者になることなので間違ってもいない。


「ふむ、冒険者になりたいと言う子供たちはみんな外でおもちゃの剣を振り回しとるぞ?」


 まぁ、それは俺もやっている。


「知識も武器だよ、ババ様。」

「面白い事を言う、ほんに子供とは思えんのう・・・。」


 ジロリとこちらを見る。内心ドキリとはするが顔には出さないように振る舞う。


「じゃあもう立派な大人かな?ババ様!」


 一瞬キョトンとした顔になり、吹き出すババ様。


「カッカッカ、まだまだじゃわい!」


 まぁ、ババ様に比べたら誰だってそうだ。

 そうこうしているうちに目的の工房まで辿り着く。


「ほれ、ここじゃ」


 扉をゆっくりと開いて中に入るババ様に着いて行く。

 工房の真ん中には大きな鍋が、周りには大小様々なガラス器具、材料と思われるものがギッシリと詰まった棚など、色々なものがある。


「簡単に言えば決められた材料を決められた分量で、決められた手順で混ぜ合わせるだけじゃ。」


 ババ様が慣れた手つきで棚から何種類かの植物を取り出す。


「例えばこのレーゲ草、リクブの花、クロリ草、こいつらを一株ずつ水を足しながら磨り潰して混ぜる、粘土くらいの固さになるまでな。そしたら小さく千切って丸める。あとはそいつを乾燥させれば胃腸薬の出来上がりじゃ。」


 そう言って棚から壷を取り出して蓋を取り、中から一粒つまみ出して手渡された。


「で、こいつが出来上がったやつじゃ。食ってみい。」


 パクリと緑の粒を口に入れる。


 ―――まっっっっっっっっっず!!!!!!!なにこれくそまずい!!!!!!うごごごごご!!!!!!!


 声も出せずに悶絶していると、ババ様が笑いながら水を入れたコップを手渡してくる。


「カッカッカ、不味いじゃろ!一応栄養価も高いから非常食として冒険者はみんな持ち歩いとる。そして何も知らん駆け出しは、今みたいに食わされるわけじゃ。カッカッカ!」


 征露丸の比じゃないなこれは・・・。

 水で口内をすすいで流し込む。


「この味は酷すぎるよ、ババ様。」


 涙目で訴える。


「カッカッカ、これで冒険者に近づいたのう。・・・さて、それじゃあ仕事を終わらせるかねぇ。」


 その後、夕食の時間まで調合を習い、夕食後は眠くなるまで本を読んで過ごした。

 結局、ババ様のところに3日間入り浸り、4日目に戻ってこない俺を心配してフィーが泣きながら迎えに来たのだった。

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