4話「『アレ』が生えました」

 この異世界に転生して、数ヶ月は経っただろうか。

 魔法の練習を続けた俺は、遂に生やすことに成功した。


 触手を。


 今、俺の周りには無数の見えない触手が蠢いている。

 それらは全て俺の体から伸びているのだ。


 どうしてこうなった!!

 その叫びも、まだ言葉には出来ない。


 確かに魔法少女×触手は定番だが、自分で生やしてどうする!

 最初は順調だったんだ、最初は・・・。


 離れた物を取ったり、杖代わりにして歩いたりも出来るので、便利なのは便利だ。

 魔力を調整すれば物体をすり抜けさせたりも出来る。


 試しに、魔力を操作して股の間から触手を生やしてみた。

 魔力を視る事が出来れば、太くて大きいのが視える事だろう。

 しかし、これでは代わりにならない。


 固いとか、柔らかいとか、熱いとか、冷たいとか、痛みも、何も感じないのだ。

 そんなものを生やして何になる?

 ただの大人の玩具ではないか!


 ・・・・・・・・・・・・まぁ、それはそれで。


 溜息をつき、出していた触手を全て霧散させる。

 隣で本を夢中で読んでいるフィーは気付いていないようだ。


 今日はフィーがサレニアに面倒を見るように言われたため、俺の傍にずっと付いている。

 そのサレニアはエルクと共に、村の近くで見つかった魔物の群れの討伐に早朝から駆り出されていった。

 とは言っても二人ともデート気分だったが。


 フィーの声で紡がれていた物語が終わりを迎える。


「こうしてぎんのゆうしゃのかつやくで、せかいはへいわになりました。おしまい。」


 今日まで何度も聞いた物語だ。

 それが終わるのを待っていたかのように、玄関から女性の声が聞こえてくる。


「こんちわー、フィーいるー?」

「はーい!」


 すかさずフィーが反応し、トテトテと駆けて行く。


「ラスおねえちゃん!」


 階下からフィーの嬉しそうな声が聞こえる。


「おーおー、昨日ぶりだね、フィー。サレニアさんに仕事の合間にアンタらの面倒を頼まれたんでね、ちょっと様子を見に来たよ。」

「じゃあこっち!」


 二人が階段を上がってくる音が聞こえる。

 フィーと共に部屋に入ってきたラス。


 20歳は越えていないだろう。赤毛のショートヘアでキリっとした顔立ちをしている。

 プロポーションもなかなかのもので、引き締まった身体が色っぽい。

 姉御と呼びたくなる感じだ。


「おー、この子がアリス?まだ小さいねー。」


 頭をよしよしと撫でられる。


「でも私赤ん坊の世話なんかしたことないんだよねー、どうしよう?」


 笑顔でそんなこと言われても困る。

 フィーがそれに笑顔で答えた。


「わたし、できるよ!」


 ラスは微笑みながらフィーの頭を撫でる。


「おー、さすがお姉ちゃんだね。えらいえらい。」


「よし、じゃあアリスのことはフィーに任せよう。フィーのことは私が面倒見るからねー。」

「うん!」


 フィーは嬉しそうに頷いた。


「とりあえずミルクとか作るんだろ?手伝うよ。」

「じゃあこっち!」


 フィーはラスの手を引いて一階へと下りていった。

 これで少しは魔法の練習が出来そうだな。


*****


 時間が経ち、昼を少し過ぎた頃―――

 昼食をフィーと一緒に取ったラスは仕事へと戻り、フィーは一階でミルクを作っている。


 やってしまった。

 さすがに夜までは持たないとは思っていたが・・・早すぎる。

 漂う香りに赤ん坊の我が身を呪う。

 夜までこのままかと考えると泣き出したくなってくる。

 どうしようかと思案しているとフィーが部屋に入ってくる。


「・・・あっ、ど、どうしよう!」


 フィーは俺の状態に気付き慌て始める。

 さすがにこんな幼子におしめの世話など酷というものだろう。


 オロオロとするフィーに、放っておいて大丈夫だと声をかける。

 きっと姉パワーで理解してくれるだろう。


「だ、だめだよ!そんなの!」


 フィーが意を決し、おしめを外しにかかる。

 止めようと声を出すが抵抗虚しく、おしめはパージされてしまった。

 封印されし香りが部屋に解き放たれる。


 悪臭漂う中、フィーは手のひらをおしめに向けて構え、呪文を唱えた。


「”洗浄クリン”!」


 サレニアが使う時はうっすらと光る程度だった魔法が、強烈な光を放つ。


 光が収まった後、おしめは綺麗になっていた。

 部屋に漂っていた臭いも消えている。


 魔法に感心していると、何かが倒れるような音が聞こえた。

 フィーの姿が見えない。


 フィーの居た方まで這いより、触手を上手く使い、ベッドの柵に掴まって立ち上がる。

 柵から身を乗り出して覗き込むとフィーが倒れていた。

 十中八九、今の魔法が原因だろう。しかし、どう対処する。

 まずは誰かを呼ぶ必要があるだろう。


 それには―――


 触手を勢い良く伸ばし、部屋にある窓にぶつけると、窓の割れる音が響き渡った。

 すぐさま玄関のドアを叩く音と、ラスの声が聞こえる。


「フィー!どうした!?大丈夫!?・・・・・・入るよ!」


 返答が無く、非常事態だと判断したラスがドアを開けて家に入ってくる。

 ラスはフィーの名を叫びながら一階を見回ったあと、二階へと駆け上がってきた。


 ベッドの柵に掴まって立つ俺を見てラスが叫ぶ。


「うお!?立ってる!?・・・って、フィーは!?」


 俺はベッドの柵の間から腕を出し、フィーを指し示す。

 ラスが駆け寄り、倒れたフィーの姿を見つけた。


「フィー!?どうしたの!?」


 ラスが肩を揺すって声をかけるが反応は無い。


「と、とりあえずババ様を呼んでこなきゃ!」


 フィーをサレニアのベッドに寝かせ、ラスは文字通り飛び出していった。

 ベッドに寝るフィーの様子を見てみるが、目を覚ます気配は一向に無い。


 しばらくするとババ様がやってきたようだ。

 ラスの急かす声が聞こえた。


 ラスに手を引かれ、ババ様が部屋に入ってくる。

 ババ様はフィーの様子を見ながらラスに問いかけた。


「一体何があったんだい?」

「分かんないよ、窓が割れる音がして駆けつけてみたらフィーが倒れてたんだ。声かけても目を覚まさないし、私じゃどうも出来ないからババ様を呼んできたんだ。」


 ラスの答えを聞きながらババ様は俺の様子も確認する。


「おや、おしめが外れてるじゃないか、仕方ないねぇ。」


 そう言いながらババ様は手際よくおしめを着けてくれた。

 ババ様が顎に手を当てて、独り言をぶつぶつと呟く。


「おしめが外れてるってことは、おしめの交換をしてたってことかい?それにしては臭いも何も・・・まさか、魔法を使ったのかい?コイツはまずいのう・・・。」


 ババ様はしばらく目を閉じて考えを纏めると、ラスに指示を出す。


「ラス、ワシの家に青い薬の入ったビンがあるからそれを全部持っといで!」

「わ、分かったよババ様!」


 ラスは返事と同時に部屋を飛び出して行った。


*****


 ――夕刻。

 フィーの容態は変わらない、いや、徐々にではあるが弱っているようだ。

 ラスの持ってきた薬を少しずつ飲ませてはいるが効果は薄い。

 ババ様が治療を続ける中、サレニアとエルクが帰ってきた。

 事態を飲み込めていない二人にババ様が説明する。


「ワシの見立てでは、洗浄の魔法を使って魔力を暴走させてしまったようじゃの。」


 ババ様の言葉にサレニアはその場にへたりこんでしまい、エルクは拳を握り締め、俯く。


「そんな、まだ何も教えてないのに・・・。」

「お前さんを見て覚えたんじゃろうな、優秀な子じゃて・・・。」


 ラスは大粒の涙を流しながら、サレニアとエルクに謝り続ける。


「ごめんなさい!私が目を離していたばっかりに…!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」


 ババ様がフィーに薬を飲ませながらラスを諌めた。


「止すんじゃラス、お前さんが悪い訳じゃない。サレニアもな・・・。」


 俺にも出来ることは無いかと、自分のベッドからフィーを観察し続けている。

 ふと、ババ様が魔力の暴走と言っていた事を思い出し、フィーに流れる魔力を視てみる。

 するとフィーの身体から魔力が流れ出ているのが視えた。

 周囲の人を確認してもフィーの様に魔力が流れ出てはいないようだ。


 あの漏れている魔力を止めればなんとかなるかも知れないが、この距離では細かいところまでは分からない。

 迷うことなんて無いかと、俺は触手を使って自分のベッドからフィーの元まで移動を始めた。


 驚きで眼と口を開いたままの一同の間をゆっくり通り抜け、フィーのすぐ隣へ陣取る。

 魔力の流出場所を探ってみると、フィーの右の掌からまるで煙の様に漏れていた。

 魔法を使ったときに翳していた方の手だ。


 触手で魔力が漏れている箇所を押さえてみる。・・・効果なし。

 そのまま魔力を流し込んでみる・・・が、これもダメ。


 今度はフィーの体の中を流れる魔力を右手から追って視てみる。

 胸の中心近くにある魔力の塊から、右肩、腕を通って手のひらまで流れているようだ。

 魔力操作でどうにか出来るだろうか。


 フィーの胸の辺りから触手を挿し込み、魔力の塊に触れた。

 魔力を与えながら蛇口をゆっくり捻るように流れている魔力を止めていく。

 徐々に右手に流れる魔力が減っていき、最後は綺麗に無くなった。

 多分、これで大丈夫だろう。


 騒然とする大人たちを他所に、流石に疲れた俺は眠ることにした。

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