281話「親子の対面」

 六本脚を倒してから森を進むこと数日。

 周囲の魔力は更に濃くなってきている。


「はぁ~・・・・・・なんかやっと帰って来たーって感じがすんね、姉ちゃん。」

「せやね。この辺からやっと普通に過ごせそうやわ。」


「ということは、ココリラさん達の郷の近くまで来れたってことですか?」

「うーん・・・・・・あとひと月くらい走れば着きそうやね。」


「ひ、ひと月!?」


 ここに来るまでそれ以上の時間を使ったっていうのにあとひと月か・・・・・・。

 遭遇する魔物もこれまで以上に強くなるはずだから、更に時間が掛かる可能性もある。

 俺が家に帰れる日は来るんだろうか。


「ほんならしっかり掴まっててや、アリスちゃん。」


 有無を言わさずココリラに抱き上げられ、背負われる。


「え、あの・・・・・・何で背負うんですか?」

「言うたやろ。”走ったら”ひと月て。」


 ”弱化”を完全に解いたココリラが地面を蹴る。

 グン、と身体が後ろに引かれる感覚に、慌ててココリラにしがみ付いた。

 最近荷物扱い多過ぎないですかね?


「ちょ、ちょっと速くないですか?」


 流れていく景色に恐々としながらココリラの耳元に話しかける。

 ちょっとしたバイクくらいのスピードは出ていそうだ。


「せやから”走ったら”言うたやん。これ以上遅くしたらもっと時間掛かるよ?」


 この速度で移動して一ヶ月!?

 改めて未開領域の広大さを思い知らされる。

 こんな場所じゃ魔物の強さも相まって開拓が進まないのも当然だ。


「わ、分かりまし――」


 空が一瞬何かに覆われ、陽の光が遮られる。

 な、何だ!?


「なんや、アリスちゃんの匂いでも嗅ぎつけたんかいな。」


 大きな何かが目の前に降り立ち、俺たちの行く手に立ちふさがった。

 あれは――


「ろ、六本脚!?」


 先日やっとの思いで倒した個体より、更に二回りほど大きい。

 それが・・・・・・二頭。

 走っていたココリラたちを飛び越え、先回りしたようだ。


「狩りに出る時は中々見つからへんのに、こういう時ばっかり出てくるのは腹立つねぇ。」

「まぁまぁ、ええやないですかココリラ様。アリューシャはんのお陰で素材は無駄になりませんし。」


 基本的には何かあればレンシアに報告という形をとっており、先日の六本脚との戦闘を報告した際に、俺のインベントリに入りきらなかった分の素材を買い取ってくれることになったのだ。

 そしてそのお金でインベントリを拡張して更に素材を詰め込むことで余すことなく処理できるようになったのである。

 それはそれとして――


「二人とも何暢気に話してるんですか!?」

「問題あらへんて。振り落とされんようにな、アリスちゃん。」


 ココリラはそう言うと、俺を背負ったまま六本脚に向かって駆け出した。

 六本脚に近づく一瞬の間に、ココリラの掌に魔撃が練り上げられていく。極めればここまで早くなるものなのか。

 六本脚の爪と牙を紙一重で躱したココリラは練り上げた魔撃を六本脚の身体に叩き込んだ。


 魔撃の破裂音が森の木々を騒めかせ、六本脚の身体に大穴を空ける。

 六本脚は断末魔を上げる間もなく地面に倒れ伏した。


「こっちも終わったで、姉ちゃん。」


 ノノカナの声の方へ視線を向けると、もう一頭の六本脚が彼女の足元に倒れていた。

 あれだけ苦戦していた魔物をこうもあっさり倒してしまうとは・・・・・・。


「どないしたんや、アリスちゃん? 呆けてもうて。」

「いえ・・・・・・こんなに簡単に倒せるとは思わなくて。」


「そうなんか? 六本脚なんてこんなもんやで。」


 これが”弱化”を使わない彼女たちの実力か。・・・・・・強すぎない?


「せやけど解体せなアカンし、今日はここで野営やね。」


 ・・・・・・俺が帰還できる日は遠そうだ。


*****


「この洞窟の奥や。」


 一ヶ月を少し過ぎ、荷物扱いにも慣れた頃。俺たちはとある洞窟に辿り着いた。

 きちんと管理されているのか、洞窟の中から魔物の気配はしない。

 ココリラの背を降り、洞窟の中へ足を踏み入れていく。

 魔法の灯りを頼りに奥へ奥へと進んでいくと、壁にきっちりと切り取られたような四角い穴が開いている場所へ出た。

 穴の両脇には闇の民と思われる青年が二人立っている。見張りのようだ。


「ここが郷の入口や。」

「や~っと着いたわ~。」


「ああっ、ココリラ様! それにノノカナ様も!?」

「見張りご苦労さん。お父ちゃんに報せてきてくれるか。」


「わ、わかりました! ちょっと待っとって下さい!」


 見張りの青年が奥へ駆けて行った。

 その間に入り口の周りを少し調べてみると、微かに魔法陣の跡が残っている。

 これは何時ぞやの遺跡で見た”自動ドア”のようだ。

 ただ、長年の使用による劣化で動かなくなってしまっている。そのため入口が開きっぱなしなのだろう。


「これ、ずっと開いたままなんですか?」

「そらそうやろ。入口やねんから。」


 整備をしていない、というよりはその技術が絶えてしまい整備も出来なくなってしまったのか。

 そしていつの頃からか開け放しにしたのだろう。


「うおぉぉぉーっ! ココリラー!! ノノカナー!!」


 入り口の奥から獣の咆哮のような声が響いてくる。

 ドスドスと鳴る足音とともに、クマと取っ組み合いが出来そうな大男が入口から姿を現した。


「無事やったか、二人とも!」

「ちょっと色々あってな。遅なってスマンかったな、お父ちゃん。」


 彼がココリラとノノカナの父親でこの郷の長、ドドガル・ヲ・シュトーリャか。

 ・・・・・・全然似てないな。二人は母親似だろうか。


「ノノカナ・・・・・・。」

「お、お父ちゃん・・・・・・。」


「お前は何処ほっつき歩いとったんや、ドアホ!」


 ドドガルの雷と拳骨がノノカナの頭上に落ちた。

 どうやら性格は似ているらしい。

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