280話「捨てるところはあまり無い」

「待たせたな、姉ちゃん!」

「やっとかいな! どんだけ待たせ・・・・・・って、なんちゅう恰好しとんねん!」


 俺を荷物のように抱えたノノカナの姿を見て、思わずツッコミを入れるココリラ。

 まぁ、真面目に戦っている最中にそんなの見せられたらツッコミたくもなるか・・・・・・。

 時間を稼いでいたココリラの身体は傷だらけだが、深い傷は無い。

 六本脚の攻撃を上手く捌いて、ギリギリで凌いでいたのだろう。

 ボボンゴも深い傷は無いものの出血量は多く、限界は近そうだ。


「アリスちゃんが魔撃使ってる間は動かれへん言うんやから、しゃあないやろ!」

「ってことは・・・・・・出来たんやな?」


 ココリラの問いに頷いて答える。


「・・・・・・よっしゃ。ボボンゴ、まだいけるな?」

「アカン言うてもやらせるんでっしゃろ、ココリラ様は。覚悟はできとりますがな。」


 最後の力を振り絞り、六本脚の前に果敢に立つココリラとボボンゴ。


「ほなやるで。隙を見てアンタら二人で魔撃を撃ち込むんや、気張りや!」


 六本脚が咆哮を上げると同時に、ココリラとボボンゴが別々の方向から飛び掛かった。

 纏わりつく虫を払うように六本脚が二人に向かって剛腕を振るう。

 掠っただけでも命を失いそうなその一撃を、ボボンゴが拳で弾き、ココリラは足技で相殺する。


「準備は出来とるな、アリスちゃん?」

「で、出来てますけど・・・・・・無茶はしないでくださいね?」


 ノノカナは少し距離を取り、機を窺っている。

 六本脚が隙を見せればすぐにでも参戦するつもりだろう。

 俺を抱える腕に力が入る。ちょっと苦しいです・・・・・・。

 俺はノノカナに抱き上げられた状態のまま魔撃を維持し、ココリラとボボンゴの方へ視線を向けた。


 二人は六本脚の周りを円を描くように移動しながら、六本脚を翻弄している。

 傷を負いながらも善戦しているが、その表情から疲労と焦燥は隠せない。そう長い時間は持たないだろう。

 目を回したのか、六本脚の猛攻が一瞬収まる。


「今や、ボボンゴ!」

「分かっとります!」


 ココリラの合図で、それまで散発的に行われていた二人の攻撃が同時に放たれた。

 狙いは六本脚の足元。更にその下の地面。


「おらあぁぁぁ!」


 二人の一撃が重なり、地面を大きく陥没させた。

 一部の足場を失った六本脚は態勢を崩し、一瞬だけよろめいた。


「舌噛みなや、アリスちゃん!」


 その隙を見逃さなかったノノカナが力強く大地を蹴る。


「ぐぇっ。」


 急加速で内臓が絞られるような感覚に意識を飛ばされそうになる。何とか耐えた自分を褒めてあげたい。

 魔撃を維持したまま六本脚に向けて腕を真っ直ぐ伸ばし、近づくヤツの姿を隠すように手のひらを広げる。


「姿勢はそのままや、行くでぇ!」


 更に速度を上げるノノカナ。

 グッと奥歯を噛み締め、魔撃を解除しないように耐え続ける。

 六本脚までの距離はあと僅か数歩分。

 姿を隠していた手のひらからもはみ出すくらいに大きく見える。


 ――もふ。


 手のひらに六本脚の毛皮の感触が伝わる。

 同時に維持していた魔撃が六本脚の体内に打ち込まれ、奪われた。

 ここまでは先ほどと同じ。

 だが、限界を超えて圧縮されていた魔力は俺の制御から解き放たれ、六本脚に吸収される前に一気に拡散し、爆発のような現象を引き起こす。

 爆発音とともに触れた部分が大きく爆ぜて抉れ、肉片と血液が飛び散った。

 身体に大穴が空いた六本脚は口から血の塊を吐き出し、よろよろと数歩歩いたあと、地面を震わせて倒れ伏した。


「・・・・・・終わった?」

「みたい、やね。」


 倒れてからもしばらく痙攣していたが、それも収まり、もうピクリとも動かなくなった。

 どうやら何とか倒せたみたいだ。


「あぁ~~えらい疲れたわ~~。」


 ココリラが手足を投げ出して仰向けに寝転がった。体中傷だらけで満身創痍だ。


「ココリラさん、ボボンゴさん、治療するんでジッとしててくださいね。」


 駆け寄って二人の傷を確かめる。

 深い傷は無いが、出血は多い。やはり激戦だったのだろう。


「おおきにな、アリスちゃん。」

「いえ、二人ともお疲れ様でした。それで・・・・・・死体はどう処理しましょうか。」


 この大きさだ。解体するのも一苦労だろう。

 だが放置して他の魔物のエサにするのはマズいか。

 今日はここで野営するしかないな。


「せやなぁ・・・・・・肉は食料にして、余った分は燃やすしかあらへんか。毛皮くらいは持って帰りたいところやけどな。」


 肉・・・・・・食えるのか?


「でも、解体するにしても毛皮で刃が通りませんよ? そんなの持ち帰っても・・・・・・。」

「ちょっとコツがあってな。裏側からやったら切れるんや。」


 なるほど、それなら毛皮の加工もできるのか。

 休憩もそこそこに、治療を終えたココリラが立ち上がる。


「よっしゃ、ほんならやってまおか。ちょっと大きめの包丁作ってくれるか、アリスちゃん。」

「分かりました・・・・・・どうぞ。」


 ココリラの要望通りに大きめの解体用ナイフを作って渡す。

 その様子を見ていたボボンゴは重い腰を上げて六本脚の顎に手を掛け、思いっきり広げた。


「どうぞ、ココリラ様。」


 ココリラが六本脚の口内からナイフを突き刺す。

 あれだけ苦労させられた毛皮をあっさりと貫通し、刃が顔を出した。

 そしてココリラが器用にナイフを動かし、六本脚の死体を解体していく。


「いやー、こんなん作れるアリスちゃんがおると獲物の解体も楽でエエな。」

「普段はどんなのを使ってるんですか?」


「骨を尖らせたヤツか石を尖らせたヤツやな。」


 思ったより原始的だった。


「では私とノノカナさんで野営の準備をしておきますね。」

「せやね、お願いするわ。」


 大物の解体は日が暮れてからも掛かり、食事を摂った後も深夜まで作業が続いた。

 ちなみに肉は美味かった。

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