279話「お荷物」

「ド、ドアホー!! あんなんエサやってるのと一緒やないか!」

「す、すみません・・・・・・。」


 どうやら俺が打ち込んだ魔力は、六本脚にそのまま吸収されてしまったようだ。

 そしてその魔力で六本脚が急成長してしまったのである。”エサ”というのはそういうことらしい。


「って、怒鳴ってもしゃあないね・・・・・・。ノノカナ、アンタがアリスちゃんに魔撃を教えたり。筋は悪くないから、すぐに覚えられるやろ。」

「えっ、ウチが!? そんなん出来へんて、姉ちゃんが教えたってや!」


「別にウチはそれで構へんけど、その間アンタがアイツの相手するんか?」


 唸る六本脚に視線を向けるココリラ。


「いやあんなん無理やて!」

「せやったら黙って言う事聞いとき。」


 その話を聞いていたボボンゴが悲痛な声を上げる。


「てことは・・・・・・ワイとココリラ様でアイツを足止めするんでっか!?」

「一人で脚三本分働いたらええんや。簡単やろ?」


「そんな殺生な~!」


 俺がノノカナに魔撃を教えてもらっている間はココリラとボボンゴの二人に頑張ってもらうことになる。

 脚三本分とココリラは軽口を言っているが、並みの冒険者ならあの脚一本あれば余裕で蹂躙できるだろう。


「だ、大丈夫なんですか、ココリラさん?」

「大丈夫やなかろうが、どないかするしかあらへんしね。」


 ココリラに両手でガシリと肩を掴まれる。


「五分だけ時間稼いだる。それでどないも出来んかったら皆で仲良うアイツの腹ん中や。頼んだで、アリスちゃん。」

「うぅ・・・・・・はい。」


 これは中々のプレッシャー・・・・・・。

 とはいえ彼女の言う通り、どうにかしてこの場面を切り抜けるしかない。

 そしてその為の切り札は俺の手の中というわけだ。


「・・・・・・よろしくお願いします、ノノカナさん。」

「・・・・・・あんま期待せんといてや、アリスちゃん。」


「辛気臭い顔してんちゃうで、二人とも。景気よういくで!」


 ココリラから漏れる魔力が一気に増えた。

 どうやら”弱化”を調節して自分の能力を引き上げたらしい。

 成長した六本脚に対抗するにはそれしかないと判断したのだろう。

 しかしあの状態だと魔力の消耗が激しくていくらも持たない。

 ・・・・・・いや、だから”五分”という時間制限なのか。

 俺も覚悟を決めるしかない。

 ノノカナの手を掴み、後ろへ退がる。


「始めましょう、ノノカナさん。」

「・・・・・・せやな! ウチもアイツの腹ん中はゴメンやし。」


 前方でココリラたちの戦いが始まった。

 六本脚は成長した分さらに力強く、素早くなっている。

 しかし、急激に成長した身体に感覚が追い付かず動きに精細さを欠いているようだ。

 それも時間が解決してしまうだろうが、今この瞬間の時間を稼ぐためには有利になったと言えるだろう。


 ココリラは”弱化”を少し解いて身体能力が上がった分、格段に動きが良くなっている。

 というより、本来の彼女の動きに近づいたと言えるだろう。

 だがそれでも、普通の打撃では六本脚にダメージは通らないようだ。


 ボボンゴはココリラほどに”弱化”の制御が出来ていないため、彼女の支援に徹して動いている。

 身体能力的には六本脚に負けてしまっているが、彼の持つ戦闘技術でなんとか対抗出来ている。

 これなら本当に五分間、時間を稼いでくれるだろう。

 なら、何とかしてその働きに応えないと。


「まずは、さっきみたいに魔力を集めてみい。」


 ノノカナの言った通りに魔力を手のひらに集中させる。


「それやとただ集めただけや。そこからこう・・・・・・ギュッとするんや。」

「・・・・・・ギュッと?」


「そうや、ギュッとや!」


 どうやらノノカナは感覚型らしい。

 おそらく更に圧縮しろということなのだろうが、そもそもこれ以上の圧縮なんて出来そうにないんだけど・・・・・・。


「あの、これで一杯々々なんですけど・・・・・・。」

「そんな事あらへんやろ。そこからもっとこう・・・・・・グルグルってしてギュゥ~ってするんや!」


 なんか微妙に説明が変わったぞ・・・・・・。

 すみません、ココリラさん。間に合わないかもしれません・・・・・・。

 ともかく、この難解な説明を解読していく他あるまい。


「えっと・・・・・・”グルグル”ですよね?」


 おそらくは”回転させろ”ということなのだろう。

 集めた魔力をコマのように回転させてみる。

 ・・・・・・てかこれだと逆に拡散しないか?


「ちゃうちゃう、そうやない! もっとグ~ルグ~ルってすんねん!」


 違うらしい。

 というかまた微妙にニュアンスが変わったぞ・・・・・・。

 だが今度は身振り手振りも付け加えてくれた。これは重大なヒントじゃないか?

 彼女の手は円を描きながら中央へ流れるような仕草を行っている。まるで渦のように。


「こう・・・・・・ですか?」


 彼女が見せたように溜めた魔力を渦を描くように動かしていく。

 だがそれで圧縮されるような気配はない。


「そうや! それでそっからギュウゥゥ~ってするんや!」


 ・・・・・・また変わったぞ。

 彼女の指示に従っていて本当に大丈夫なんだろうか・・・・・・?


「そのギュウゥゥ~ってのが分からないんですけど・・・・・・。」

「せやからこう・・・・・・グルグル~ってさせながら魔力でギュギュっとやな。」


 おいおい、また言ってることが・・・・・・って”魔力で”ギュギュっと・・・・・・?

 つまり、魔力を使って魔力を圧縮させる・・・・・・ってことか。


「こんな感じ・・・・・・ですかね?」


 魔力を渦上に回転させ、さらにその上から魔力を使って圧縮していく。


「そうや、それや! それをそこの木に打ち込んでみい!」


 どうやら正解らしい。

 彼女に言われるまま、手近に立っていた木に魔力を打ち込んでみる。

 ・・・・・・が何も起きない。


「こ、ここからどうすれば・・・・・・?」

「それで魔力は練れとるさかい、そのまま手ぇ放すんや!」


 頷き、木から手を放すと同時に魔力の制御も手放すと――


 ――ボンッ!!


 破裂音とともに木の幹が内側から爆ぜた。

 先程俺が起こした風の暴発に比べると、威力も段違いに高い。


「せや! それでええんや!」


 自分で再現出来て、やっと理解することが出来た。

 俺がノノカナから受けた魔撃は使用されていた魔力が少なく、圧縮率も低かったため、骨が砕ける程度で済んでいたのだ。

 もし彼女が万全の状態だったら・・・・・・あまり想像はしたくない。


 そして今のが本来の”魔撃”。

 限界を超えて圧縮した魔力を解放することで爆発させる技である。

 魔力を増やし、圧縮率を高めれば更に威力を上げることも可能だろう。

 これなら六本脚に吸収されるとしても、その瞬間に爆発を起こしてダメージを与えることが出来そうだ。


 ただ、この技は魔力の消費がかなり激しい。

 そりゃこんなのを使えば魔力なんてすぐに切れるわな。


「よっしゃ、あとは今のの二倍くらいでアイツを倒せそうやな!」

「に、二倍ですか・・・・・・。やってみます。」


 確かに、木の幹を抉った程度の魔撃では致命傷とまではいかないだろう。

 アイツを仕留めるなら、ノノカナの言う通り二倍は必要そうだ。

 先程よりも魔力量を増やし、練り上げていく。

 時間は掛かるが、一度覚えた動きだ。手間取ることは無い。


「よし・・・・・・出来た。」

「おおっ! ええやん、これでアイツをぶっ飛ばせるで! ほんなら早速突撃や!」


 飛び出そうとしたノノカナを呼び止める。


「いや、あの・・・・・・ちょっと待ってください。」

「ん? どないしたんや?」


 魔撃は完成し、あとはアイツに当てるだけ・・・・・・だが。

 一つだけ大きな問題があった。


「魔撃を保ったままだと満足に動けそうにないです・・・・・・。」


 魔撃を維持するには膨大な魔力、そして多大な集中力が必要なのである。

 歩くくらいは可能だが、あの戦いの渦中に飛び込めるような動きはとてもじゃないが出来ないだろう。

 そもそもこんなものを一瞬で練り上げたり、纏ったまま動き回れる方がおかしいのだ。


「なんやて!? そんなんも出来へんのかいな!?」

「す、すみません・・・・・・。」


「・・・・・・しゃあない、奥の手や!」

「奥の手?」


 聞き返している間に、ノノカナが俺を小脇に抱え上げた。

 ・・・・・・まさか。


「魔撃は乱さなんようにな。このまま突っ込むで、アリスちゃん!」


 やっぱり!?

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