253話「連戦連敗」

「はぁっ!!」


 開始の合図とともにヒノカが斬りかかった。

 いつもしている訓練よりも気合十分で、まるで実戦と勘違いしそうなほどの迫力だ。


「よっ、と。」


 そしてその斬撃を軽く受け流すトモエ師匠さん。

 あの一太刀をああも簡単にあしらうとは、やはり相当な手練れなのだろう。


 ヒノカは剣を弾かれながらも連続で攻撃を仕掛けていくが、それらも軽々と防がれてしまう。

 しかもトモエ師匠は殆どその場から動いていない。


「・・・・・・すごい。」


 二人の打ち合いを食い入るように見つめるフィーとニーナ。

 いつもはサボりがちなニーナも真剣な表情だ。

 さっきまで騒いでいた子供たちも息を呑んで二人を見守っている。


「ずいぶん太刀筋が鋭くなったね、ヒノカ。」

「そうでしょうか?」


「うん。けど、気配が強すぎて動きが丸分かりだよ。」

「・・・・・・そうですか。では――」


 その言葉と同時に、ヒノカの剣気がフッと消えた。

 一瞬戸惑ったトモエ師匠の隙を突いてヒノカが一撃を撃ち込む。

 あの技は――


「おっと。」


 しかしすぐに立ち直った師匠は軽く飛び退くようにその一撃を躱す。

 そして今まで殆ど動かしていなかった腕を振るうと、ヒノカの首にピタリと木刀が当てられていた。

 ヒノカは「参りました。」と呟き、構えていた剣を下ろした。


「へぇ、中々面白い技を覚えたね。まさか暗殺術とはね。」

「はい。良い先生と知り合えましたので。」


 そう、ヒノカが今使ったのは双子の後輩ちゃん達が使っていた暗殺術を応用したものだ。

 普通の相手ならあれで一本取れていただろうけど・・・・・・あの人が相手ではそうもいかないらしい。


「さて、そっちの子たちはどうかな? キミたちもずいぶん腕が立ちそうだ。構いませんよね、ノブツグ先生?」


 トモエ師匠が試合の成り行きを見守っていた俺たちの方へ声を掛けてくる。

 試合の立ち合いをしていたノブツグさん――ヒノカの親父さんもこちらを見定めるように一瞥し、頷いた。


「えぇ、そうですね。是非とも拝見させていただきたい。」


 なんか俺たちまで試合やらされそうになってる・・・・・・。

 もっとキャッキャウフフな旅行を想像していたのに、なぜ最初から最後まで武者修行の旅みたいになってしまったんだ・・・・・・。


「・・・・・・アリス、剣。」


 お姉ちゃんにそう言われれば逆らうことは出来ない。


「はいはい・・・・・・。」


 ヒノカと同じ様に訓練用の剣を作ってフィーに渡す。

 剣を受け取ったフィーはヒノカと入れ替わるようにトモエ師匠の正面に立って剣を構えた。


「次はキミか。えっと・・・・・・フィーちゃん、だったかな?」

「・・・・・・はい。おねがいします。」


 先程の試合を見ていたフィーは最初から全力でいくつもりのようだ。

 彼女の身体の中で静かに魔力が滾っている。ヒノカの試合に刺激されたのだろう。


「はじめっ!」


 ノブツグさんの声と同時に、フィーが道場の床を蹴った。

 ヒノカの一太刀目よりも早く、重い一撃がトモエ師匠の持つ木刀と交差する。

 斬る、というよりも叩き潰すようなその斬撃に驚いているのは、道場に通うフィーと同じ年頃の子供たちだ。

 そしてその一撃さえも捌いていなすトモエ師匠。初見でフィーの初撃をものともしないのか・・・・・・。


 フィーが態勢を崩したところへ木刀を軽く振り下ろす。

 しかし初撃が防がれることは想定内だったのか、フィーは素早く態勢を整えその剣を弾いた。


「凄い一撃だね。それに立ち直りも早い。けど、力に頼り過ぎだね。」


 フィーが繰り出す重い斬撃を、軽々と払うように逸らしていく。

 大人でも受け止めるのに苦労するような一撃だぞあれは・・・・・・。

 トモエさんも底の知れない人だ。


「・・・・・・っ!」


 それから幾度か打ち合ったのち、フィーの握っていた剣が道場の床に転がった。


「それまで!」


 肩で息をするフィーとは対照的に、トモエ師匠は息一つ乱れていない。


「よし、次はニーナだな。」

「えぇっ、ボクも!? む、無理だよあんなの・・・・・・。」


「無理ではないぞ、ほら。」


 ヒノカがニーナの背をグイと押しやる。


「・・・・・・ん。」


 そして戻ってきたフィーに剣を持たされた。


「うぅ・・・・・・。」


 渋々ながらもトモエ師匠の前に立ち、剣を構えるニーナ。


「キミはニーナちゃんだったね。」

「はい。よろしくお願いします。」


 剣を構えたニーナの顔は、今の今まで愚図っていたとは思えないほど引き締まった表情だ。


「はじめっ!」


 開始の合図に合わせて軽やかな足つきでニーナが斬りかかる。

 ヒノカのような鋭さも、フィーのような重さも無い一撃。

 だが、刃が交わってもその一太刀は弾かれず、ギリと噛み合った。


 トモエ師匠の剣術スタイルは相手の攻撃を躱し、いなし、弾いて態勢を崩して隙を作り、そこに一撃を加えるカウンター型。

 しかし、ニーナの剣が弾かれることは無く、それ故に態勢も崩されない。

 トモエ師匠の攻撃も難なく受け止め、次の攻撃に繋げている。


「ニーナちゃんは凄く鍛錬を積んでいるんだね。なら、こんなのはどうかな?」


 刃を交わらせる度にトモエ師匠の剣速が増していく。

 初めのうちは何とか対応していたニーナだが、徐々に追い詰められていく。


「それまで!」


 気付けばニーナの首元には剣先が突き付けられていた。

 トモエ師匠はあれだけ剣を振るったのにまだまだ余裕そうだ。


「次はアリスだな。」

「え、私もなの?」


「ニーナとフィーがやったのだから当然だろう。」


 ですよねー。

 ヒノカが持っていた刀をしっかりと握らされる。

 ・・・・・・仕方ない、覚悟を決めるしかないか。


「が、頑張って。」

「分かったよ、フラム。」


 ニーナと入れ替わるように今度は俺が舞台に上がる。


「キミはアリスちゃんだね。」

「お手柔らかにお願いします。」


 渡された刀を握り直し、トモエ師匠の正面で構えた。


「フフ、それはどうかな。さぁ、どこからでもかかって来て良いよ。」


 彼女と相対して初めて感じられる重圧に、ジリジリと胸を締め付けられるような感覚を覚える。

 どこからかかっても勝てる気がしないな・・・・・・。

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