252話「お師匠さん」

 皇都での観光が終わり、俺たちは皇都を後にした。

 トラックを走らせ、舗装されていない道を数日の間進んでいく。


「お、畑が見えてきた。」


 村には柵の様なものはなく、大きな畑や水田が沢山あり、それらの隙間に点在するように平屋の住居がポツポツと立っている。

 ヒノカの指示通りにトラックを走らせていると、少し大きめの建物が見えてきた。


「あれが私の家と道場だ。」


 村の子供たちが集まり、剣術を習っているという。

 村が柵や壁で囲われていないのは、村にいる殆どの者が剣を扱えるため、ある程度の魔物なら自分たちで追い払ってしまうからなのだそうだ。

 だからこそ村の拡張性も高く、畑も大きいものが多いのだろう。

 流石に街や都市の規模になるとそうもいかないが、小さな村や集落は大抵そんな方針らしい。


 ヒノカの家の前に着いてトラックから降りた。鍛錬中なのか、道場の方からは複数の声が響いて聞こえてくる。

 俺がトラックを解体している間に、ヒノカが扉に手をかけた。


「母上、只今戻りました。」


 引き戸を開けて中へ声をかける。

 すると奥からヒノカと同じ長い黒髪の女性が顔を出した。顔立ちもヒノカにそっくりだが、瞳だけはヒノカより柔らかい印象を受ける。


「おかえりなさい、ヒノカ。後ろの方たちはどちら様?」

「学院でできた友人です、母上。」


「まぁ、そうなのね。うちのヒノカがお世話になっております。」

「へっ!? いえ、あの・・・・・・。」


 ペコリと頭を下げるヒノカ母に慌てふためくリーフたち。

 まさかいきなり頭を下げられるとは思っていなかったのだろう。海を隔てているだけあって、大陸との文化の差は顕著だ。


「は、母上!」

「せっかくヒノカが連れてきた友人なのですから、きちんとご挨拶しないとダメでしょう?」


 トラックの解体と収納を終えた俺がヒノカ母の前に立ってお辞儀をする。


「こちらこそヒノカさんには沢山助けてもらっています。」

「幼い子なのにしっかりしているのね、流石レンシア学院の生徒さんだわ。ヒノカはしっかりやれていましたか?」


「はい。ヒノカさんはとても優秀ですよ。」

「お、おいアリス!」


 俺の口を塞ごうとするヒノカを見てヒノカ母がクスリと笑う。


「話を聞くのが楽しみね。」

「そ、それより母上、父上はどちらに。」


「道場の方よ。お客様は私が案内するから、ヒノカは顔を出してきなさい。」

「分かりました、母上。」


 道場の方へ足を向けたヒノカを二つの声が呼び止めた。


「・・・・・・道場、見たい。」

「ボ、ボクも!」


「ふむ・・・・・・なら皆で一緒に行こうか。」


 ヒノカの言葉に二人が頷く。

 まぁ、遅かれ早かれ道場を使わせてもらうことになるんだろうし、どんな場所か見ておくのも悪くない。


「じゃあお茶を用意しておくから、終わったら皆さんを居間に案内して差し上げるのよ、ヒノカ。」


 ヒノカを先頭に庭を横切り、住居に併設されている道場の扉を開く。

 中には厳格そうな男性と数人の子供たち。

 子供たちは男性の影越えに合わせて手に持った木刀を振るっている。

 道場内へ足を踏み入れると、彼らの視線が一斉に降り注いだ。


「父上、只今戻りました。」

「良く戻ったな、ヒノカ。そちらは?」


「学院で出来た友人です。」

「そうか・・・・・・娘が世話になっております。」


 頭を下げるヒノカ父。

 両親から大事にされているのだと伝わってくる。


「私たちもヒノカさんには良くしていただいています。」

「ところで父上、師匠はどちらに――」


「――呼んだかい、ヒノカ。」


 その声は俺たちが入ってきた道場の入口の方から聞こえた。


「師匠!」

「イチホさんからこっちだと聞いてね。久しぶりだね、ヒノカ。」


「お久しぶりです、師匠。」


 この人がヒノカの師匠か。

 美人さんだが話に聞いていた通り目は見えないらしく、固く閉ざされている。けれどそれを感じさせない振る舞いだ。


「学院は楽しかったみたいだね、イイ人もできたみたいだし。紹介はしてくれないのかい?」

「師匠・・・・・・良い人、とは?」


「ん? 隣にいる人がそうじゃないのかい?」


 今ヒノカの隣にいるのは・・・・・・俺だ。

 どういう事かと思いつつ自己紹介する。


「えーっと・・・・・・アリューシャです。よろしくお願いします。」

「あれ、女の子だったの!? ごめんね、私の勘違いみたいだよ。勘が鈍ったかなぁ・・・・・・。」


 どうやら俺の事を男だと思っていたらしい。

 勘が鈍っているというより、逆に鋭すぎるんじゃないか・・・・・・。

 目が見えない分、他の感覚が鋭いのだろう。


「ししょー! けいこつけてよー!」


 支障が道場に上がると、あっという間に子供たちに囲まれてしまった。

 結構懐かれているようだ。


「キミらにはまだ早いよ。しっかりノブツグ先生に教わんな。」

「えー、ケチー!」


 子供たちのブーイングを軽く受け流す師匠。よくあることらしい。


「では娘が相手ならどうですかな、トモエ殿。子供たちもそれで収まるでしょう。」

「それは良い考えですねぇ。子供たちも期待しているみたいだし、どうかなヒノカ?」


 この村にとって闘術大会で優勝したヒノカはヒーローのような存在らしい。

 確かに田舎の村から剣の腕で成り上がった、という話だけみればどこかの物語の主人公のようだ。子供たちの羨望の的となるのも当然だろう。


「望むところです、師匠。アリス、いつもの訓練用の刀を頼めるか。」

「いいよ、はい。」


 懐に忍ばせている土団子を使って刃の無い刀を作り、ヒノカに手渡す。

 ヒノカのお師匠さんの腕が見られるというのは俺も楽しみだ。


 道場の中央に二人が向かい合って立ち、互いに剣を構える。

 ヒノカからは強い気迫を感じるが、対するお師匠さんはそれを意に介さず体の力を抜いてリラックスした状態だ。


 静まり返った道場の中に開始の合図が響いた。

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