254話「食い気がやる気」
「おや、かかって来ないのかい?」
開始の合図から攻めあぐねていると、トモエ師匠が片手で構えた剣先をユラユラと揺らすようにして挑発してくる。
しかしどうする・・・・・・?
ヒノカやフィーみたいに突撃したところで上手く捌かれるのがオチだ。
かと言ってニーナのように真正面から打ち合ったところで数合ももたないだろう。
「来ないなら、こっちから行くよ。」
その言葉が終わるや否や、トモエお師匠さんが振るった木刀が眼前に迫ってくる。
「わっ・・・・・・!」
その一撃を何とか弾いて凌ぐも、すぐに次の斬撃が飛んでくる。
「ちょ・・・・・・っ!」
またその攻撃を剣を合わせて弾く。するとまたすぐに次の斬撃。
一撃一撃が、いつもの訓練で受けているヒノカやフィーのそれよりも鋭く重い。
反撃の機会すら与えられず、繰り出される連撃を防ぐことしか出来ない。キリがないが、何とか喰らい付けている。
・・・・・・いや、俺がギリギリで受けられるように手加減しているのか。
「うん、ちゃんと基礎はできているみたいだね。それで、かかって来る気にはなったかな?」
言葉とともにトモエお師匠さんの手が緩められ、反撃の機会を与えられる。
連撃の間を掻い潜り、ようやく反撃の一太刀。
それをいとも簡単に受け止められてしまう。
「太刀筋も悪くないね。」
打ち合ってはじめて分かるトモエお師匠さんの強さ。
こちらが動いた瞬間にはすでにこちらが打ち込む場所を察知しているかのような動きだ。
「それじゃあこんなのはどうかな?」
今までよりも速い一閃。反応することすら出来なかった。
俺の握っていた剣はいつの間にか弾き飛ばされ、床に転がっている。
「ま・・・・・・参りました。」
やはり全然相手にならないか・・・・・・手も足も出ない。
「どうしたのだアリス。あの魔法は使わないのか?」
「いや、剣の稽古だし・・・・・・。」
俺とヒノカの会話を聞いたトモエお師匠さんが首を傾げる。
「魔法? どういうことかな、ヒノカ?」
「アリスは少し特殊な魔法を使えるのです。私では敵いませんでした。実戦でも主にその魔法と剣を使っています。」
「なるほど・・・・・・それじゃあ、その魔法を使ってもう一度やってみようか。」
「えっと、良いんですか?」
「道場が壊れたりしなければ問題無いさ。」
「それは大丈夫ですけど・・・・・・。」
「なら安心だね。ヒノカがそこまで言うなんて、どんな魔法か楽しみだよ。」
「・・・・・・分かりました。」
二人に促され、もう一度トモエお師匠さんの正面に立って剣を構え、触手も展開させる。
触手を使えばあるいは・・・・・・。
「はじめっ!」
ノブツグさんの合図とともに触手を伸ばし、トモエお師匠さんの方へ向かわせる。
まずは両手足に狙いを付けて――
「おっと、今のがそうかな?」
――避けられた!?
トモエお師匠さんの方へ伸ばした触手が全て避けられてしまった。
彼女の口ぶりから偶然という訳でもなさそうだが・・・・・・。
トモエお師匠さんを追うように更に触手を伸ばす。
「確かに不思議な魔法だね。」
まるで見えているかのように触手の追撃を最小限の動きで躱すトモエお師匠さん。
おそらく気配だけで避けているのだろう。やはり彼女の感知能力はずば抜けているらしい。
そして触手の間を縫い、彼女が攻撃を仕掛けてくる。
「くっ・・・・・・!」
相変わらず受けるだけで精一杯だ。
けど動きが止まっている今なら――!
「危ない危ない。」
後ろから迫る触手も難なく躱し、攻勢に転じてくる。
これでは先程までとほとんど変わらない。
なら触手の数をもっと増やして――!
「へぇ、そんなことも出来るんだね。けど、守りが疎かになってるよ。」
気付いた時にはもう遅かった。
触手の展開に意識を向けた一瞬の隙を突かれ、首筋にピタリと木刀が当てられていた。
「・・・・・・参りました。」
「ふむ、師匠には通用しなかったか・・・・・・。だが、アリスの魔法を何とか出来る手段があるということか・・・・・・。」
自分でも反則だと思っていた触手をああも簡単に避けるなんて、トモエお師匠さん反則過ぎないか。
「アリスちゃんは剣士に向いていないと思ったけど、そんな魔法が使えるなら納得だね。」
「む、向いてない・・・・・・ですか?」
「うん、そうだね。相手に斬りかかる時、若干躊躇いが出ているんだよ。」
「躊躇い?」
「アリスちゃんは斬る感触が苦手かな?」
「ぅ・・・・・・それは・・・・・・。」
図星を突かれ、心臓がドキリと跳ねる。
この世界で過ごしてきて、はや十年。
”敵の命を奪う”という行為には慣れてきた・・・・・・と思っている。
しかしそれは魔法や触手といった・・・・・・まぁ、要するに自分の手で直接手を下す以外の手段に限った話だ。
それを少し手合わせしただけで見抜かれてしまったようだ。
「まぁ、私も好きではないけど、アリスちゃんの場合はそれが太刀筋に顕著に出てしまっているからね。それが拭えないなら剣士には向かないかな。」
「そう、ですか・・・・・・。」
「でも気に病む必要はないよ。身を守るための手段として剣を使うのであれば理にかなっているからね。アリスちゃんに剣を教えた人はちゃんと分かってたんだね。通りで防御が上手いワケだ。」
「そうでしょうか?」
確かに、ルーナさんと手合わせしていた時は俺にだけ打ち込みが激しかった気がする・・・・・・。
しかも普段の特訓相手であるフィーやヒノカは攻撃型だから、防御に徹するしかないのである。
そう考えれば恵まれた環境なのかもしれない。
「その魔法があれば並みの相手なら問題にならないでしょう?」
「それは、まぁ・・・・・・。」
触手は不意打ちがデフォみたいなものだからな、トモエお師匠さんくらい気配に敏感でなければ防御することすらままならないはずだ。
並ではない相手と対峙した時にどうするか、というのが俺の課題だろう。
・・・・・・勝てそうにないし、何か逃げる手段でも考えておこう。
「さて、そっちの一番手強そうな子で最後かな?」
そう言ってトモエお師匠さんがサーニャの方へ顔を向けた。
今、俺たちのパーティで一番強いのはサーニャである。戦闘技術云々より、単純な身体能力の高さ故なのだが。
同じ獣人の戦士であるヘルフを相手に特訓しているうちに飛躍的に成長したのである。
というより、それが本来のサーニャの能力で、それまでは俺たちが相手だったから成果が上がっていなかったのだ。
「あちしもやるにゃ?」
とはいえ、サーニャはあまり好戦的な性格ではない。無駄なことはしない、と言った方が正しいか。
まぁ、サーニャにやる気を出させる方法は熟知している。
「勝ったら美味しいもの食べさせてあげるから。」
「じゃあやるにゃ!」
ほらね。
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