249話「生死問わず」
夜会を翌日に控えた朝。
俺たちは城の敷地内にある練兵場へ足を運んでいる。
船旅に馬車の旅と、ここ連日あまり身体を動かせていなかったためだ。
そんな訳で夕食時に皇王に直接”お願い”して、練兵場の一画を借りれることになったのだ。
土が均されただけのグラウンドのような広場だが、城外にはさらに大きな練兵場がいくつもあるらしい。
俺たちが居る城内のものは城外のより小さい分、精鋭の者だけが使うことが許されているそうだ。
そんな精鋭たちの訓練風景を横目で見ながら俺たちも剣を合わせている。
「つ、疲れたからちょっと休憩しようよ、お姉ちゃん・・・・・・。」
「・・・・・・もう?」
もう、って結構な時間相手させられたと思うんだが・・・・・・。ウチのお姉ちゃんにとっては準備運動程度らしい。
やはり体育会の学科で鍛えていた子たちとの差は歴然としている。
もうちょっと頑張らないとついていけなくなりそうだ。
最初の頃は俺が引っ張り出してたくらいなのになぁ・・・・・・。
フィーに休憩を許された俺は練兵場の端にある木陰に腰を下ろして息を吐く。
フィーはサーニャを相手に鍛錬を続けるようだ。
「おー、ずいぶん精を出してるね。」
背後から声をかけてきたのは、城に常駐している魔女のシエリ。
「どうも、センパイ。センパイもどうですか?」
「そっち方面はからっきしだからね、遠慮しとくよ。」
彼女はそう言いながら隣に腰を下ろして胡坐をかいて座った。
ツンとした匂いが漂ってきて鼻孔を刺激する。
朝っぱらから酒呑んでるのかよ・・・・・・。
「それで、わざわざ出向いてきたってことは何か用なの?」
「いや・・・・・・あたしはただの付き添いだよ。」
「付き添い?」
頭にハテナマークを浮かべていると、陽の光を一瞬遮り、一つの影が鍛錬中の子たちに近づいていく。
打ち合っていたヒノカとニーナがその影に気付き、驚愕の表情を浮かべて手を止める。
「ヒノカ・アズマ殿。手合わせ願えるか?」
って、あれ第二皇子!?
精鋭がゾロゾロ居るのに、なんでわざわざヒノカと手合わせしに・・・・・・。
俺の疑問に気付いたのか、彼の方を見ながらシエリが言葉を続ける。
「テンジ坊やもついこの間成人したところだからね。アズマの名を持つ彼女と手合わせしたいんだってさ。」
成人ってことは十三歳か。
「闘術大会ってのには出てないの?」
「あの大会は力のある貴族や王族は基本的に出ないことになってるからねぇ。」
平民や下流貴族たちがレンシア魔法学院へ行ける機会を奪わないように、ということらしい。
確かに王族や上流貴族ならわざわざ大会で優勝しなくても学院に通うことは出来るしな。要は金さえあれば良いわけだし。
「でも、だからってヒノカと手合わせする必要は無くない? ヒノカより強いのがあっちの方にゴロゴロ居るんだし。アズマの名前を持ってる人も居るよね?」
「そうなんだけど・・・・・・皇子サマを守る立場だからねぇ。流石に相手は出来ないんじゃない。」
「いや、それを言ったらヒノカは平民だよ? それこそ皇子サマの相手なんて出来ないでしょ・・・・・・。てか、優勝者を呼んで手合わせすればいいのに。」
「それは流石に相手が可哀相でしょ。テンジ坊やにはこの国で最高の師がついてるし、才能もあるから。」
優勝したと思ったら皇城に呼び出されて皇子の相手をさせられる・・・・・・うん、酷い精神状態で実力すら発揮できずに終わりそうだな。
こうして乗り込んでくるってことは腕に覚えもあるようだし、精神ボロボロの相手なんて容易く勝てそうだ。
「まぁ、そういう事だからヒノカちゃんくらいが丁度良い相手なの。」
「ヒノカが丁度良いのは分かったけど・・・・・・何でアズマの名を持つ人を相手にしたいんだ?」
「色々あるんだろうねぇ。後継はコウブ坊やに決まってるし、自分を見つめ直したい・・・・・・的な? ま、青春だよ青春。」
「それに付き合わされる方はいい迷惑だね・・・・・・。」
「はっはっは、そうかも。いっそダメダメ皇子なら見限ることも出来るんだけどねぇ。」
第二皇子は優秀で、今の時点でもその能力は第一皇子に引けを取らないという。
けれど”王の資質”という部分では第一皇子に軍配が上がるらしい。
第二皇子も優秀さ故にその事に気付いており、兄が後継であることに納得しているそうだ。
さて、ヒノカはどうするのだろうか。
「受けては貰えぬか?」
「わ、分かりました・・・・・・お受けします。」
まぁ断れないよね・・・・・・。
相手をするとは言ったものの、ヒノカの構えは精彩を欠いている。
「えーっと・・・・・・じゃあ、はじめ!」
ニーナの合図とともに、木刀で打ち込む第二皇子。
ヒノカがその剣戟を受け流すように弾いていく。しかし反撃には出ない。
そりゃ皇子相手に剣は向けられないか・・・・・・さっきまでこっちを気にしていなかった精鋭の人たちもこちらを横目で窺っている。
何合か剣を合わせたのち、再び正面に構え直す二人。
どちらもその表情は晴れない。
「ヒノカ殿、余は・・・・・・剣士だ。」
その言葉にヒノカの剣先がピクリと揺れた。
瞳に迷いの光が揺らぐ。
「おーい、ヒノカちゃーん。テンジ坊やならぶっ殺しても罪には問わないから、本気でやっていいよー。」
何言ってんだこのパイセン!? 大丈夫じゃないでしょ!?
ヒノカも反応に物凄く困っている。そりゃそうだろう。
「これでいいよね、テンジ坊や?」
「坊やは止めて下さい、シエリ姉さま。でも、感謝します。ヒノカ殿、シエリ姉さまが罪に問わないと仰れば父上もそれに従います。ですので、どうか・・・・・・。」
そう言って木刀を握り直すテンジ皇子。
その視線を受けて一度目を閉じ、息をゆっくり吐きだすヒノカ。
再び開かれた瞳には迷いの光は消え失せていた。
「・・・・・・分かりました。全力をもってお応えします。」
一瞬ヒノカの気迫に気圧される第二皇子だったが、そんなものは感じないとばかりに一歩踏み込んだ。
二人の姿が交差する。
「ぐ・・・・・・っ!」
すれ違いざまにヒノカの一撃を受けた第二皇子が、その場に崩れるように膝をついた。
剣の腹でとはいえ、ホントに殴っちゃったよ・・・・・・。
俺の隣ではシエリが満足そうに「うんうん」と頷いている。
「アリス、治療を頼めるか。」
ヒノカの言葉に重い腰を上げる。
ヒノカは無傷のようなので、そのまま膝をついている第二皇子の方へ歩み寄り、治癒をかけてやった。
「アリューシャ様、お手を煩わせてしまい申し訳ありません。」
「まぁ乗り掛かった舟と言いますし、気にしないでください。」
治療が終わった第二皇子は立ち上がり、ヒノカの方にも頭を下げる。
「手合わせ・・・・・・感謝する。」
「ヒノカちゃん。テンジ坊やの腕前はどうだった?」
「アズマの名を賜った頃の私よりお強いかと思います。」
「だってさ、良かったねテンジ坊や。」
「・・・・・・はい。それでは失礼致した。」
難しそうな顔をして第二皇子はそのまま去って行ってしまった。
「・・・・・・あれで良かったの?」
「存外嬉しそうだったし、良かったんじゃない?」
あれで嬉しそうだったの・・・・・・?
まぁセンパイがそう言うならそれで良いけど。
「さて、それじゃああたしもそろそろ戻るよ。鍛錬もほどほどにね。侍女の子たちは乙女の柔肌に傷がついてたら卒倒するような子たちだから。」
「怪我しても魔法で綺麗に治すから大丈夫だよ。発散させておかないと後がね・・・・・・。」
「お互い大変だなぁ・・・・・・。」
明日の夜会を考えると自然と重いため息が漏れる。朝から準備をするらしいので今日のように身体を動かす暇はないだろう。
俺たちが何かをするわけではないが、届いた衣装のチェックや着替えなどで自由な時間すらも無さそうだ。
そして担当の侍女さんたちは「しっかりと磨き上げますよ!」と息巻いている。
俺はもう一度ため息を吐いた。
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