243話「船の名は」

 セイランの街を発った俺たちは、トラックで数日かけて大陸東端にある港町へと到着した。

 海岸線に沿うように他にも複数の港町や漁村が存在するが、この街はその中でも最大規模と言われている。


「うわー、ホントに大きい街だね、ヒノカ姉!」

「あぁ、私がこちらの大陸へ渡った時は別の町へ行ったが、そことは比べ物にならないな。」


「美味そうな匂いがしてるにゃ!」

「・・・・・・じゅるり。」


「魚の塩焼きは用事が済んでからよ、二人とも。」


 フラフラと屋台へ近づいて行くフィーとサーニャをリーフが止め、目的地の方向へ軌道修正する。しかし誘惑物が多そうだ、この二人はそれまで持つのだろうか。

 ヒノカの言うようにアズマの国へ渡るだけであれば別の港町でも良かったのだが、他所には無いものがこの街にはあるのだ。


「ま、魔導・・・・・・船?」

「要するに魔道具の船だよ。それを運用してる商会がこの街にあるんだ。」


 首を傾げるフラムに簡潔に答える。

 こちらの世界では風の力を動力にする帆船が主に使われているが、魔導船の動力はその名の通り魔力。

 有り体に言ってしまえば転生者絡みの商会である。


「船の魔道具って、そんなものちゃんと浮くのかしら?」

「長くやってる商会みたいだから大丈夫じゃないかな、その辺りは。」


 なんと創業百年以上らしい。立派な老舗である。

 渡航費は一人金貨一枚。お気軽に乗れるような値段ではないが、それでも王族や上流貴族、豪商などの御用達となっており、盛況らしい。

 一般に使われている船の倍以上速く、安全快適で、中で出される食事も美味い。加えて荷もかなり積めるとなれば人気になるのも頷ける。

 そんな船に一人銀貨五枚で載せてくれるというのだから使わない手は無い。ちなみに普通の船でも安く見積もって一人銀貨十枚は掛かるそうだ。


「あった。あの商会だよ。」


 港の中でひと際目立つ大きな建物を指差した。看板には【リスタ商会】の文字と共に、謎の小動物が船に乗った紋章があしらわれている。・・・・・・リスのつもりなのだろうか。

 可愛らしい(?)シンボルマークとは裏腹に、どう見ても庶民お断りな雰囲気を醸し出す建物に顔を引き攣らせるリーフ。


「ねぇ、本当に大丈夫なの? 船がどうとか言う以前に門前払いされそうなのだけれど・・・・・・。」

「コレがあるから大丈夫。」


 そう言って胸元のギルド証を取り出して見せる。


「もし門前払いされても商会長に直接連絡取れば良いだけだから。」

「直接って、知り合いなの?」


「知り合いじゃないけど、”塔”の関係者だからね。方法はあるよ。」

「やっぱりここでも”塔”なのね。全くどこまで影響力があるのかしら・・・・・・。」


 それは俺も知りたい。

 まぁ、各国の王族まで手玉に取ってるんだから影響の無い場所を探す方が難しいだろう。

 田舎の村とかになればかなり薄まってはいるが。


 商会の扉を押し開くと、豪華な内装が目に刺さってくる。同時に貴族だか商人だかの視線も。やはり俺たちの恰好ではかなり場違いなようだ。

 しかしさすが老舗だけあって受付嬢からそんな素振りは一切感じられない。

 あくまでも事務的に応対する受付嬢に俺のギルド証を見せると、奥の応接室へと通された。フカフカの長椅子に細工の入った長机、窓枠は金を使って装飾されており、陽の光を反射している。眩しい。

 商会長が直々にお出ましになるとのことでしばらく待っていると、身なりの良いナイスミドルなイケメンのおじさまが部屋に入ってきた。

 商会長のコンラハムと名乗ったイケおじは、こちらに自己紹介の隙を与える間もなく言葉を続ける。


「ご足労をお掛けしますが、商会長室までご案内させて頂いてもよろしいですかな、お嬢様方? 詳しいお話はそれからに。」


 断る理由も無いので皆でゾロゾロとコンラハムの後をついていく。

 道を空けすれ違う従業員たちの物腰も洗練されており、やはり上流階級相手の商売なのだと思い知らされる。


「こちらです、どうぞ。」


 ほどなくして辿り着いた一番奥の一室に通される。

 こちらも調度品は豪華なものの実用性を重視させたシンプルなものが多い。

 壁側には棚が隙間なく並べられており、書類がみっちりと詰め込まれている。


「他の従業員が間違って入って来ぬよう鍵を掛けさせていただきます。よろしいですか?」


 その言葉を了承すると、鍵を掛けたコンラハムが一つの棚の前に移動し、棚の方に向かって呼びかける。


「リステアーデ様、お客様をお連れしました。」


 すると、棚の奥の方から可愛らしい少女の声が返ってきた。


「はーい、こっちに入ってもらって。」

「畏まりました。」


 これは・・・・・・レンシアの時と同じパターンか。

 コンラハムが何やら棚をいじると、扉のように棚が動いた。

 隠し部屋はこれまでと打って変わって質素な内装になっている。俺としてはこちらの方が落ち着く。

 長くまっすぐ伸びたサファイアブルーの髪と紅い瞳を持つ少女が立ちあがり、スカートの裾をつまんで俺たちに向かって礼をした。中々様になっている。


「どうも初めまして。リスタ商会長のリステアーデと申します。リスタとお呼び下さい。」


 彼女に倣いそれぞれの自己紹介を終えると、来客用の長椅子を勧められそれに腰を落ち着けた。

 席が足りない分はコンラハムがせっせと用意してくれて、俺たち全員が席に着くと彼はリスタの後ろに控えるように立った。

 全員がそれぞれの位置に落ち着いたのを見て、リスタが少し砕けた態度で口を開く。


「狭い場所ですまないね。」

「いや、正直こっちの方がくつろげるよ。絢爛豪華なのはどうも性に合わない。」


「ははは、そう言ってくれると嬉しいよ。この部屋は私が商売を始めたころに使っていた部屋に似せて造ってあるんだ。それにしても、この部屋にこんなに沢山お客が来てくれたのはどれくらいぶりかな。嬉しいねぇ。」

「あの、先程そちらのコンラハムさんが商会長と窺ったのですが・・・・・・。」


 リーフの問いにリスタが飄々と答える。


「こんな姿だとどうにも商談の効率が悪くてね、表に立つのは全部コンラハムに任せてるんだよ。私は裏の商会長ってところだね。」

「ということは、あの・・・・・・やはり貴女も魔女なのでしょうか?」


「うん、そうだよ。」

「私たちも一緒で良かったのですか? アリスだけならともかく。」


 リーフの意見も尤もだ。俺たちの中で誰が魔女か分からない、というわけでもあるまい。


「寧ろこうして魔女(私たち)に理解がある人との縁が持てることは喜ばしい事だと思ってるよ。引き籠ってると出会いが無いからね。コンラハムの後釜も探さなきゃいけないし。」


 まぁ、歳を取らない魔女がずっと表立って動くのは色々と問題があるからな・・・・・・。

 そんな中で自分の代わりに組織を纏める人間を探さないといけないのだから大変なのだろう。


「私はまだ働けますよ、リステアーデ様。」

「でも側に置くなら若くて可愛い女の子の方が良いでしょ。委員長みたいな子に叱られながら仕事するってのも乙なものだよ。」


「はぁ・・・・・・商談の効率云々と言っていたのは貴方でしょうに、若い女性だと同じではないですか。それより、その商談の方を進めましょう。戯れはそれからになさってください。貴方は良いでしょうが、私はこれでも忙しい身なのです。」

「へいへい・・・・・・さて、船に乗るのは君たち七人でいいのかな?」


「あぁ、お金も用意してあるよ。」


 前もって準備しておいた銀貨を机の上に並べると、コンラハムが素早く数え始める。


「丁度ですね。確かにお預かり致しました。すぐに乗船券を発行してまいりますので、少々お待ちください。」


 隠し部屋を出て行ったコンラハムを見届けた後、リスタが自分の机から何かを取り出し、全員に配り始めた。

 受け取ったそれは商会の紋章が入った金色の小さなプレートに、チェーンを付けたブレスレットだった。


「これは?」

「ウチの会員証。船に乗ってる間はそれを身に着けて行動してね。あと、それを受付で見せれば魔女が居なくても乗船券が買えるから、今後ともよろしくね。そして是非ウチの従業員に!」


「こらこら、勝手に勧誘するなよ・・・・・・。」

「まぁ良いじゃない。どうせこれからもっと色んなところから誘われることになるだろうし。」


 リスタから目線を向けられた皆が首を傾げる。


「私たちが・・・・・・ですか?」

「魔女のことを知っている人はそれだけで価値があるってことだよ。こうして直接やりとりもできるしね。誰彼構わず正体を明かすわけにはいかないからさ。」


 言ってしまえば魔女は歳を取らない人間である。そんな存在が公になれば、誘拐や暗殺の対象にされる可能性もあるだろう。


「まぁ、誘われることはあっても無理強いはされないと思うから安心してよ。路頭に迷っても安泰だなーくらいに考えてくれればいいさ。」

「路頭って・・・・・・でも冒険者ならその可能性も無きにしも非ずか・・・・・・。」


 しばしそんな会話を続けていると、コンラハムが隠し部屋へ戻ってくる。


「こちらが皆様の分の乗船券になります。明日の朝から乗船可能で、昼に出港致します。遅れないようお気を付けください。」

「はい、ありがとうございます。」


「よし、それじゃあコンラハム。私はお客様方に街の案内を――」

「仕事の書類がまだ残っているように見えますが、リステアーデ様?」


「いやー・・・・・・それはまぁ、追々・・・・・・。」

「貴方の書類が遅れると他の者の仕事が滞ってしまうのですから、すぐに取り掛かって下さい。」


「そんなぁ~・・・・・・。昔はもっと私の言葉を素直に聞いてくれたのにぃ~・・・・・・。」

「お陰様で多くの仕事をこなせるようになりました。」


 ・・・・・・これはさっさと退散した方が良さそうだな。


「それでは私たちはこれでお暇させて頂きますね。」

「はい、お送りさせて頂きます。」


 席を立つと、サッとコンラハムが扉を開けてくれた。


「良い旅を~・・・・・・。」


 リスタのやる気の無い声を背に商会を後にし、陽の下で手元の乗船券をじっくりと眺めてみる。

 俺たちの乗る船の名前は”タイタニック号”というらしい。


「・・・・・・大丈夫か、これ?」

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