242話「仕事はサボった」
「久しぶり、アリス! 大きくなったねぇ!」
ギルドの扉を開くと、受付にいたシャーリーが飛び出してきた。
背中を半分ほど覆うまで伸びた栗色の髪が跳ねるように揺れ、それに合わせるように二つの胸の膨らみも揺れる。
出会った頃よりも子供っぽさが若干抜け、可愛い女の子から美人なお姉さんに進化中のようだ。
「久しぶり。シャーリーも綺麗になったね。」
「ああっ、そんなこと言ってくれるのアリスだけよ・・・・・・。」
よよよと大げさに泣き崩れる真似をするシャーリーにギルドの奥から叱責が飛ぶ。
「おい、遊んでねえで仕事しろシャーリー! まだたんまり残ってんだぞ!」
「何よ、せっかくアリスが来てくれたんだから、少しは気を利かせなさいよ【幼女に負けた】お父さん。」
「その二つ名で呼ぶんじゃねえ! そのせいで新人からも舐められてんだぞ!?」
「そんなの負けたお父さんが悪いんじゃない。ねー、アリス?」
どうやらこの親子は今でも相変わらずらしい。帰ってきたという安心感まである。
奥に居たグリンドにも声をかける。
「あはは・・・・・・グリンドも久しぶり。」
「おう・・・・・・久しぶりだな【心斬の】。しかし、全然デカくなってねえじゃねえか。ちゃんと食ってんのか?」
「困らない程度にはね。」
「ま、それなら良いけどよ。今日の仕事はもう無えぞ。」
グリンドが指した掲示板には依頼書が一枚も貼られていなかった。
今日も盛況なようだ。
「今日はシャーリーにお礼を言いに来ただけだから問題無いよ。」
「お礼、って?」
「結婚のお祝いの品をウチのお父さん達に持たせてくれたでしょ。ありがとうね、シャーリー。」
「もう、わざわざそんなことで来てくれなくても良いのに・・・・・・。それで、そっちの紅い髪の子がウワサのお相手ね?」
シャーリーのキラキラとした視線に気圧されながらも、俺の背に隠れていたフラムが顔を覗かせる。
「ぅ・・・・・・ぁ、あの・・・・・・は、はじめ、まして・・・・・・。あの・・・・・・フラム、です。」
「はじめまして、私のことはシャーリーって呼んでね。ずいぶん行儀の良い子だね。お父さんも何だか気品のある人だったし、実は貴族だったりして!」
「えーっと・・・・・・貴族だよ。」
「・・・・・・ええっ!? それホント!?」
「うん・・・・・・ウチのお父さんから聞いてないの?」
「聞いてないよ! どうして教えてくれなかったの、エルクさん!?」
いつのまにかテーブルに着いて酒を飲み始めていたエルクに、シャーリーが食って掛かる。
「あン? 言ってなかったか? まぁいいじゃねえか、そんなコト。」
「そんなコトじゃないよ! ど、どうしようアリス! わ、私なにか失礼をしたんじゃ・・・・・・。」
「大丈夫だよ、フラムはそこまで気にしないから。」
ファラオームがどうかは知らないが・・・・・・。まぁ何も言ってなかったし、問題にはしていなさそうだった。
というか、何か言われるならシャーリーよりエルクが先だろう。
いくら冒険者ギルドが国とは別組織で身分は関係無いとはいえ、うるさいのはうるさいからなぁ・・・・・・。
貴族の依頼は高額なものも多いので、ギルド側も強く言えないのが哀しいところである。
「で、でも、この街で買った香水なんて・・・・・・。」
「ん? 凄くよろこんでたよ。ね、フラム?」
「ぅ、うん・・・・・・嬉しかった。今日は、付けてきたよ。」
「あー、なんか良い匂いすると思ったら香水の匂いだったんだ。」
心なしか出かける時にウキウキしていたのもそのせいか。
「ちょっと! アリスは付けてくれてないの!?」
「えっ、そもそも使い方が分かんないんだけど・・・・・・。もっと特別な日に付けたりするもんじゃないの? 普段使いする感じ?」
「ぷっ・・・・・・あはは! そうだった。アリスはそういう子だったよ!」
口元を押さえて笑うシャーリーに口を尖らせる。
「何その褒められてない感じ・・・・・・。」
「あはは、ごめんごめん。でもまさかアリスの結婚相手が貴族だなんて、思いもしなかったよ。」
「何言ってんだシャーリー。そんなの少し考えりゃ分かる事だろうが。」
「お父さんは知ってたの!?」
「あのな、五歳で冒険者になれるような能力を持ったガキが同性結婚するって言うんだ。どう考えても貴族に目を付けられたとしか思えねえだろ。」
「ぅ・・・・・・そう言われればそうなのかも・・・・・・。」
まぁ、外から見ればそういう答えになるよなぁ・・・・・・。
実際リヴィにも目を付けられたし。
「ち、違うもん・・・・・・っ! わ、私がアリスを好き、だから・・・・・・。」
今までオドオドとしていたフラムの力強い言葉に二人が目を丸くする。
「・・・・・・だって、お父さん?」
「お、おう・・・・・・悪ぃな・・・・・・。」
バツが悪そうに謝るグリンド。
強面のおっさんをここまでタジタジにさせるのも中々のものだ。
「ふふっ・・・・・・アリスは良い子に貰ってもらえたね。」
「うん。私にはもったいないくらいだよ。」
身分もそうだけど、可愛いし性格も良いし完璧だぜウチの嫁は。
「はぁ~・・・・・・私にもそれくらい愛してくれる相手が居ればなぁ・・・・・・。」
ため息を吐いたシャーリーにグリンドが怒鳴りつける。
「な、何言ってやがんだシャーリー! 俺より弱いヤツは認めねえぞ!」
「あんなこと言ってるのよ、ウチの【幼女に負けた】お父さんは。この際だし、私もアリスに貰ってもらおうかしら。それなら【幼女に負けた】お父さんも文句は無いわよね?」
これ見よがしに二つ名を連呼するシャーリーに辟易した顔を向けるグリンド。
そして彼女の言葉を聞き捨てならない子が声にならない声を上げる。
「ぇ、あ・・・・・・ぁう・・・・・・。」
「もう、冗談よ。アリスを取ったりしないわ。それで、こっちにはいつまで居るの?」
シャーリーに会うという目的も達成できたし、仕事をする予定も無いのでこの街に長居する必要は無い。
もうちょっと観光できる施設とかがあれば良かったんだけどね・・・・・・。
「んー・・・・・・旅の途中だし、明日にはこの街を発つよ。」
「そんなに早く出発しちゃうの? だったら・・・・・・今日中に聞いておかないとね。」
「聞くって・・・・・・何を?」
「”色々”に決まってるでしょ? そっちの子たちも紹介して欲しいし、サリーさんも良いよね?」
”色々”って・・・・・・また根掘り葉掘り尋問されそうだ。
「えぇ、私たちも仕事は明日からの予定だから。構わないよね、エルク君?」
「あぁ、オレはこっちで呑んでるから、ついでにいつもの宿を取っておいてくれ。」
「分かってるわ。あまり飲み過ぎないでね。」
二人の了解を得て、逃がさないとばかりにガシリと俺の肩を掴むシャーリー。
「それじゃあ、食事でもしながら詳しく聞かせてもらおうかな。・・・・・・フラムちゃんとの出会い辺りから。」
世界も時代も関係なく、女子というのは恋バナが好物らしい。
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