130話「対決」

 副料理長が厨房へ消えてからしばらくすると、静かだった厨房の方から言い争うような声が聞こえてきた。

 それは途絶える様子が無く、ずっと続いている。

 流石に見かねて、俺は近くで給仕をしていたコックを捕まえ大丈夫なのかと尋ねた。


「先に謝らせて下さい・・・・・・申し訳ございません。」

「えっと・・・・・・それって、どういう――」


 聞き返そうとした時、厨房の方から皿を手にした副料理長が姿を現す。

 更にその後ろから料理服を着た男がもう一人。彼も料理が盛られた皿を手にしている。


「お待たせ致しました。粗末な物ですが、どうぞお召し上がり下さい。」


 副料理長がサーニャの前に皿を並べると、もう一人の男が驚愕の表情を浮かべた。


「なっ・・・・・・じゅ、獣人・・・・・・だとぉっ!?」


 男は副料理長を鋭い眼光で睨みつける。


「貴様、それで肉を多めに・・・・・・っ!」

「お客様のお顔も拝見せずに料理をお出しするなど・・・・・・少々驕り過ぎではありませんかな、料理長?」


 もう一人の方は料理長らしい。


「ぐっ・・・・・・、お待たせ致しました、お客様・・・・・・。」


 サーニャの前に二つ目の皿が並べられる。

 盛り付けられた料理を比べると、副料理長は肉をふんだんに使ったこってり系、対して料理長の方は野菜をメインにしたあっさり系の料理だ。

 まぁ、普通ならコース料理食ったあとに肉をガッツリいこうとは思わないだろう。


「どっちも食べていいにゃ?」

「はい、よろしければ今後の研鑚の為、”どちらが美味しかったか”を含めて御感想を頂きたいのですが・・・・・・。」


「分かったにゃ!」


 ・・・・・・おいおい、なんか対決を始める気だぞコイツら。

 ウズウズしていたサーニャが、まずは副料理長の料理へ手を伸ばす。


「おぉ・・・・・・肉がうまいにゃ!」


 ペロリと平らげたと思ったら、サーニャの手はもう次の皿へ伸びている。


「あにゃ・・・・・・こっちは肉が入ってないにゃ・・・・・・?」


 そう言いながら、その皿も綺麗に平らげてしまった。

 早ぇ。


「こっちの方がうまかったにゃ!」


 考える素振りさえ見せず、副料理長の皿を指すサーニャ。

 まぁ、あの二皿ならそうなるだろうな。

 ガクリと料理長の膝が折れ、項を垂れた・・・・・・が、すぐに顔を上げる。


「お客様、こちらはまだ料理の提供が可能ですが・・・・・・もう一品如何で御座いましょうか?」

「もっと食べていいにゃ!?」


「はい、是非に!」

「食べるにゃ!」


 料理長と副料理長の視線が交錯し、火花を散らす。

 二人が肩をぶつけ合いながら奥へ消えると、また厨房の方から言い争うような声が。

 ・・・・・・仲の良いことで。


 しばらくすると、また新たな料理が運ばれてくる。

 今度はどちらも肉料理だ。

 流石と言うべきか、今度は料理長が対決を制し、勝負は三回戦へともつれ込んだ。

 まだまだ勝負は続きそうなので、俺は傍で待機していた給仕に声をかける。


「あのー、私達の料理は・・・・・・?」


 そう、サーニャ以外はまだコース料理の途中で、料理対決が始まってから次の料理が運ばれてくる気配が無い。

 流石に腹が減ったぞ。我が愛しのお姉ちゃんも少々不満気な御尊顔である。

 給仕が深々と頭を下げた。


「・・・・・・申し訳ございません。」


 ・・・・・・先に謝っておくと言っていたのはこの事か。


「はぁ・・・・・・料理長さん達に審査員六人追加で、と伝えて貰えますか。」

「承知致しました。」


 笑顔の怖いマルジーヌさんはとりあえず窘めておいた。


*****


「お腹いっぱいになっちゃったね、フラム。」


 ぽっこりと出た自分の腹をぺちぺちと叩きながら、隣で服を脱ぐフラムに声をかける。


「ぅ、うん・・・・・・お、美味しかった・・・・・・ね。」

「コース料理をきちんと食べられなかったのは残念だったけど。」


 あの後、結局コース料理用の食材にまで手を出してしまったのである。


「あのまま食べていても味など分からなかっただろうがな。」

「あはは、そうかも。ボク、味なんて全然分からなかったよ。」


「・・・・・・たくさん食べられた方がいい。」

「そうにゃ! いっぱい食べたらいっぱい幸せにゃ!」


 この二人の幸せの陰では、従業員さん達のまかないが尊い犠牲となってしまったのだが。


「質より量・・・・・・ね、呆れちゃうわ。」

「そういうリーフだって、味なんて分からなかったんじゃないの?」


「ぅ、うるさいわね! ホラ、早くお風呂に入りましょ。」


 リーフが浴室への扉を開くと、中からモワッとした温かい空気が漏れて肌を撫でる。


「な、何かしら・・・・・・随分と温かいわね。」


 浴室の中は温度が高くなっており、漂う薄い蒸気が肌にはりつき、徐々に濡らしていく。

 広い浴室内には要所に魔道具が設置されており、そこから熱と蒸気が発生しているようだ。

 一言で表すなら、スチームサウナというやつである。


「・・・・・・お風呂、ない。」

「ホントだ。じゃあ、ボクたち何処に入ったらいいの?」


「これはこの部屋自体が風呂になっていてな。蒸気で身体の汚れを浮かせて落とし、最後は隅にある水場で汗を落とすのだ。」

「随分と詳しいのね、ヒノカ。」


「旅の途中で似たような風呂を使ったことがあってな。無論、これほど立派な物ではなかったが。」

「でも、少し物足りない感じだね。」


「ふむ、確かにそうだな・・・・・・。」


 学院寮にある大浴場のほうがこちらの世界では異端なのだろうが、やはりあれに慣れてしまうとな・・・・・・。

 天然温泉とはいかずとも、湯船は欲しいところ。


「まぁ、今は貸し切りみたいだし・・・・・・ちょっとくらい良いかな。」


 魔力を使って大きなお湯の塊を生み出す。

 四角い形に変形させ、椅子の付いた壁にベタリと貼り付けた。

 大浴場とまではいかないが、湯船に浸かる気分を味わうには問題ないだろう。

 壁に向かって歩き、正面から湯船へ入る。

 妙な感じだが、湯加減は申し分ない。


「皆も入りたかったら入りなよ。」

「では失礼しよう。」


 ヒノカに引き摺られるように、他の皆も続々と入ってくる。

 以外にもサーニャまで。

 ずっと蒸気に晒されているほうが気持ち悪いんだそうだ。


 しかし、場所はサウナの中。

 全員が茹で上がるまでそう時間は掛からなかった。

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