129話「まかない」
「ふむ、この辺りは流石に賑やかだな。」
「ヒノカ姉、あっちに美味しそうな屋台が出てるよ!」
商業区画の一等地から少し離れた場所の二等地。
所謂庶民たちが集まる区画だ。
こちらも人通りは多いが、一等地区と違って賑やかしい。
飲食店や屋台が軒を揃えており、誘惑の香りが絶えず漂っている。
「・・・・・・おいしそう。」
「そうねぇ・・・・・・でもお昼までまだ時間があるし、少し見て回ってみましょうか。何を食べるかはそれから決めても遅くないと思うわ。」
リーフの提案にサーニャが元気に手を挙げる。
「片っ端から食べれば良いにゃ!!」
「いいけど・・・・・・晩御飯が食べられなくなっても知らないよ? あんな高級宿だし、出てくる料理もきっと美味しいんじゃないかな。」
「そ、そうにゃ・・・・・・?」
「ゎ、私に・・・・・・き、聞かれ・・・・・・ても。」
「まぁ、それは食べてみないと分からないけど・・・・・・その時に食べられなかったら意味無いでしょ?」
「う~・・・・・・わ、分かったにゃ・・・・・・我慢するにゃ。」
パーティメンバーと連れだって街を見て回り、立ち並ぶ屋台や売店を覗く。
最初の内はそれで良かったのだが、気付けば中央広場のベンチに座り込んでいた。
「なんかツマンナイにゃ!」
口には出さないが、皆サーニャと同じ様な気持ちだろう。
確かにこの街は、この世界の基準で言えば都会になる。
だが、普段生活しているレンシアの街は場所こそ辺境であるものの、その実態は未来都市と言っても過言ではない。
そんなレンシアの街と同じ感覚で観光していれば見劣りするのも当然なのである。
「お店も屋台も数はそれなりにあったけれど、結局どこも変わり映えはしなかったわね。」
「確かに、似たような品揃えの店が多かったな。」
「まぁ、それは仕方ないんじゃない。冷蔵庫なんてこの辺には普及してないだろうし。」
であるなら、自然と準備できる食材は決まってくる。
魔法で氷を作って冷やしておく事も可能だが、それにも限度があるしな。
だが、一番の問題点は彼女らの心を惹きつける甘味処が無かったことだろう。
「私たちも学院での生活にすっかり慣れてしまった・・・・・・という訳かしらね。」
「ふむ、それはあるかも知れぬな。」
学院に来る前のフィーとニーナが此処に来ていれば、興奮冷めやらぬといった感じでずっとはしゃいでいた筈だ。
今は冷めきっているようだが。
「兎も角、こう腹が減っていては敵わんな。そろそろ何か食べないか?」
「そうにゃ! お腹減ったにゃ!!」
「わ、解ったわよ。少し静かにして頂戴。そうね・・・・・・屋台で適当に買って来ようと思うのだけれど、それで構わないかしら?」
「私は構わないよ。皆もそれで・・・・・・良さそうだね。じゃあリーフと買いに行って来るから、此処で待ってて。」
「早くするにゃー!」
「はいはい、解ってるよ。」
それから軽く昼食を終えた俺達は、結局宿に戻ってゆっくりと過ごす事にした。
まぁ、あんな豪華な宿で過ごせる機会なんてのも、そうそう無いだろうしな。
*****
部屋の中の鈴がチリンチリンと小気味の良い音で鳴き、来客を告げる。
防音性の良い部屋なので、ノックでは少し聞き取り辛いため呼び鈴が付いているのだ。
リーフが扉に付いた小窓を開けると、マルジーヌの声が聞こえてくる。
「皆さま、御夕食の準備が整いました。」
「・・・・・・だ、そうよ。」
「ふむ、もうそんな時間か。」
「やっとご飯にゃ!!」
「楽しみだね、フィー!」
「・・・・・・うん。」
一人一部屋あるのに結局集まってしまう辺りが何と言うか・・・・・・。
まぁ、仲良しという事にしておこう。
マルジーヌに連れられ、大きな長テーブルのある食堂へと辿り着く。
もう一つの小さなテーブルがいくつか並んでいる食堂とは違い、こちらは貸し切りのようだ。
席に着いて待っていると、なにやらデカイ皿にピンポン玉ほどのボールがちょこんと三つ乗った料理が出てきた。
副料理長と名乗った人の説明は殆ど理解出来なかったが、所謂コース料理の前菜というやつで、色んな野菜を葉で包んで球状にしたものらしい。
「もう食べて良いにゃ?」
一応大人しく聞いていたサーニャだが、もう我慢の限界のようだ。
「どうぞ、お召し上がりください。」
その返事と同時に、ボールの一つにブスリとフォークが突き立てられ、丸々サーニャの口に収まる。
「・・・・・・うまいにゃ!」
そう言ってひょいひょいと残りのボールも胃の中に収めてしまった。
「・・・・・・もう終わりにゃ?」
「い、いえ、まだ他にも続きますが・・・・・・。」
「じゃあ次のを持ってくるにゃ!」
「し、しかし・・・・・・。」
副料理長がチラリとテーブルに目をやる。
まぁ、誰も食い終わってないわな。
俺なんて最初のボールを半分に切ったところだぞ。
ただ、放っておくとサーニャが五月蠅そうだ。
「すみません・・・・・・こちらは気にせず、その子の好きなように食べさせてあげて下さい。」
「承知致しました。」
次にサーニャの前に運ばれて来たのは琥珀色の透明なスープ。
美味しそうな香りが湯気と共にこちらまで流れてくる。
「あ、熱いにゃ! ・・・・・・つ、次を持ってくるにゃ!」
「承知致しました。」
とりあえず冷ましている間に次のを食べる作戦らしい。
サーニャは次々と皿を片づけていき、スープを飲み干した頃にはデザートも食べ終えた後だった。
「ふぅ・・・・・・次のを持ってくるにゃ!」
「い、いえ・・・・・・今ので終わりになります。」
「も、もうお終いにゃ・・・・・・?」
サーニャの表情が絶望の色に染まる。
いやいや、そりゃデザートも食ったんだからそうだろ。
こっちはメインもまだだってのに・・・・・・。
サーニャの表情を見て、今まで部屋の隅で待機していたマルジーヌが静かに告げる。
「副料理長、こちらの方々はウィスターナ家の客人です。くれぐれも粗相の無きよう・・・・・・。」
「し、しかしお客様にお出しする料理用の食材はもう・・・・・・。」
高そうな食材だし、ギリギリしか確保していないのだろう。
それに加えてこっちは人数が多いしな。
「あ、あの~、まかない料理みたいなのでも良いんですけど・・・・・・。」
ピクリ、と副料理長の眉が一瞬吊り上がる。
「今、”まかない”と仰られましたか?」
「ぇ・・・・・・あ、ハイ・・・・・・何か、スミマセン。」
「いえ、すぐに御用意させて頂きますので、少々お時間を頂けますか?」
「む、無理なお願いをしているのはこちらですから、お気になさらず・・・・・・。」
深々と礼をし、副料理長は厨房へと下がって行ったのだった。
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