131話「やわらかくて、あったかくて」

 ボフッ。

 軋むことなく俺の渾身のダイブを受け止めるベッド。

 やべぇ、ふかふか過ぎるぞ・・・・・・。


 もう一度立ち上がり・・・・・・ダイブ!

 ボフッ。


 今度はそのままゴロゴロと転がってみる。

 ・・・・・・うむ、広いな。


「さて・・・・・・馬鹿やってないで、そろそろ寝るか。」


 他の皆もそれぞれの部屋で眠っている頃だろう。

 ベッドから起き上がり、部屋に備え付けられているクローゼットを開く。

 中にはいくつか寝間着が用意されていたので、一番小さいサイズの物を取り出した。


「これでもまだデカいな・・・・・・まぁ、仕方ないか。」


 手にした寝間着をベッドの上に放り投げ、着ている服に手を掛ける。


「あ・・・・・・そういえばマルジーヌさんはどうしてるんだろ。」


 俺達が部屋で駄弁っている間もずっと廊下で待機していたようだが・・・・・・、流石にまだ居ないよな?

 部屋の扉を音を立てないようにそっと開き、外の廊下を確認する。


「あら、如何なされましたか、アリューシャ様?」


 ・・・・・・居たよ。

 廊下に置かれていた椅子からマルジーヌが立ち上がる。


「いえ、あの・・・・・・マルジーヌさんは休まれないんですか?」

「この状態でも休息を頂く術は心得ておりますので、私の事はお気になさりませぬよう。」


 他の宿泊客の部屋の前にもマルジーヌと同じ様に椅子に座って待機している執事や侍女がおり、みな一様にじっと目を閉じている。

 ・・・・・・あれで休めているのだろうか。

 だがそれにしたって廊下で待機は辛いだろう。

 ましてや今は真冬なのだ。外ではない程にしろ、廊下だって冷え込む。


「あの・・・・・・でしたら、せめて部屋の中で・・・・・・。」

「いえ、そういう訳には参りません。」


 やっぱそうだよなぁ・・・・・・。

 流石良い所のメイドさんと言うべきか。


「えーっと・・・・・・それなら、私と一緒に寝て欲しいというお願いはダメでしょうか?」

「いいえ、アリューシャ様がお望みでしたら、全力で努めさせて頂きます。」


「じゃ、じゃあそれで・・・・・・お願いします。」


 全力で寝るとかどういう状況だと頭の中でツッコミつつ、彼女を部屋へ招き入れる。


「アリューシャ様の御慈悲を頂戴いたします。」

「い、いや・・・・・・そう大層なもんじゃないですから。」


 暖かい場所に移って気が緩んだのか、部屋の扉を閉めた途端、彼女のお腹が小さく鳴き声を上げた。


「も、申し訳ございません・・・・・・! お耳汚しを・・・・・・。」

「えっと・・・・・・食事は取られてないんですか?」


「は、はい・・・・・・屋敷に戻ってから頂く予定ですので。」


 つまり、今日一日食べてないという事だ。

 彼女の手に触れてみると、手先まで冷え切っている。無理も無い。

 屋敷に戻ってから食べると言っているが、それだと早くても朝一になる。


 とりあえず彼女をベッド近くの椅子に座らせ、小さなテーブルにポケットから出した携帯食を並べた。

 更に腰の袋から土団子を取り出し、カップの形に変えて中を茶葉を潜らせたお湯で満たして携帯食の横に置く。


「携帯食しかありませんが・・・・・・どうぞ。」

「で、ですが・・・・・・御客人であるアリューシャ様にここまでして頂く訳には・・・・・・。」


「空腹だと辛いでしょうし・・・・・・それに、またお腹が鳴っちゃいますよ?」

「はぅぅ・・・・・・も、申し訳ありませんでした・・・・・・。」


「そう思うのでしたら、ちゃんと食べて下さいね。」

「はい、頂きます。アリューシャ様の御慈悲に感謝致します。」


 サーニャの様にバリボリと食べるのではなく、サク・・・・・・サク・・・・・・と小さく口に含んで咀嚼するマルジーヌ。

 それだけで、ただの携帯食が上品で高級なお菓子に見える不思議。


「どうされましたか、アリューシャ様?」

「いえ・・・・・・お口に合いますか?」


「はい・・・・・・携帯食は味がよろしくないと聞き及んでいたのですが、とても甘くて美味しいです。」

「あ~・・・・・・その認識は間違っていませんよ。他のが不味いだけです。」


「まぁ、フフ・・・・・・。」


 俺でも一分で食い終わりそうな携帯食を、五分ほどかけてマルジーヌは食べ切った。

 俺もあんな食べ方をすれば良いとこのお嬢様に見られるだろうか。

 ・・・・・・食い終わる前にサーニャに横取りされるだろうけど。


「御馳走様でした、アリューシャ様。」

「お粗末様でした。それじゃあ、そろそろ寝ましょうか。」


「はい、お着替えを手伝わせて頂きます。」

「い、いや・・・・・・一人で出来ますので・・・・・・。」


 そう答えると、マルジーヌの表情が少し曇る。


「皆さま、私めを使って下さらず哀しいのです・・・・・・。」


 そりゃ、態々呼ばなくても自分で出来るのだから呼ぶ必要無いわな。

 そもそも侍女なんてどう扱っていいか分からないだろうし、唯一分かってそうなフラムは人見知りだし・・・・・・。

 仕事とはいえ、少し不憫に思ってしまう。


「わ、分かりましたよ・・・・・・お願いします。」

「はい! それでは、お召し物を預からせて頂きますね。」


 そう言ってマルジーヌは俺の服を脱がせては丁寧に畳んでいく。

 そして、あろうことか彼女は最後の一枚にまで手を掛けた。


「えっ・・・・・・あ、あの・・・・・・コレも脱ぐんですか?」

「はい、こちらの寝衣は下着を付けないのが正しい着方ですので。」


 いやまぁ、着物とかでそういうのは聞いた事あるけども、いざ自分がやるとなると・・・・・・。


「ぬ、脱がなきゃダメ・・・・・・ですか?」

「ダメです、アリューシャ様。お召し物は正しくお召しになりませんと。」


「うぅ・・・・・・わ、分かりました・・・・・・。」

「はい、それではお預かり致しますね。」


 最後の一枚を抜きとられ、スッパになる。

 いや、もうこれはアレだな・・・・・・むしろ堂々としていよう。


「アリューシャ様、お手をこちらにお通し下さい。」


 ガウンローブの様な寝間着を着せられ、鳩尾とへその辺りで縛られた。

 生地は薄く、肌触りの良いものが使われており、これだけでも結構なお値段だろう。

 そういうデザインなのか、前をきっちりと閉じるには少し面積が少ないため、妙にスースーする。

 サイズが合ってないのとパンツを穿いてない所為もあるだろうが。


「ではアリューシャ様、お先にベッドの方へお入り下さい。私も寝衣に着替えてから御一緒させて頂きます。」


 言われた通りベッドに入り、布団を被って目を閉じると、衣擦れの音だけが部屋の中に響く。

 い、いやいや・・・・・・何を緊張してるんだ俺は。平常心だ平常心。

 衣擦れの音が止むと、気配がベッドの傍へ移動してくる。


「お邪魔致します、アリューシャ様。」

「ど、どうぞ・・・・・・。」


 ベッドが軋み、冷たい空気と共にマルジーヌの身体が入って来た。

 そして、ピタリと俺の背中に着く。


「あ、あの・・・・・・?」


 俺の頬にそっと彼女の手が触れた。


「私の手・・・・・・冷たくはありませんでしょうか?」

「は、はい・・・・・・温かいです。」


「良かった・・・・・・アリューシャ様のお陰ですね。」


 後ろから抱きつかれ、更にマルジーヌの身体と密着する。


「お身体の方、寒くはありませんか?」

「だ、大丈夫・・・・・・です。」


 こうしてマルジーヌの柔らかい身体と体温に包まれた状態は・・・・・・ま、まぁ、悪くはない。

 眠ってしまえば気になる事もないだろう。

 とりあえず俺は強引に目を閉じることにしたのだった。

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