88話「暴露」

 学校で授業の日々を過ごし、新たな休日の朝。

 寮の外に出ると、穏やかな風が朝露の香りを運んで来る。

 集まっていたローウェル達もバッチリ準備は整えており、いつでも出発できそう・・・・・・ではなかった。


「どうしたの・・・・・・その荷物。」


 準備が整い過ぎているのである。

 例えるなら、ピクニックへ行くのにエベレストでも登るかのような装備を用意しているのだ。


「僕達で色々調べて、必要な物を揃えたんだ。」

「・・・・・・その姿勢は良いと思うよ、うん。」


「本当!?」

「けど、今からやる事に対しては過剰だね。荷物を減らそうか。」


「あ・・・・・・その、ごめんなさい。」

「構わないよ。何も準備しないよりは良いしね。」


 山のように用意された物から、少し小さめの鞄で足りるくらいまで選別していく。

 大体二食分ほどの携帯食と水に薬品類、それと以前に買った薬草図鑑と土を掘るための小さなスコップ。

 日帰りになるので寝袋やらの装備は全て除外する。


「こ、これだけで良いの?」

「うん。森の奥まで行かなくても見つかるだろうしね。これだけあれば十分な筈だよ。」


「そっか、ありがとう! でも・・・・・・アリューシャちゃんの荷物は?」

「私はポケットに携帯食を入れてあるだけだよ。水は魔法で出せばいいし、多少の傷なら魔法で治せるし、主要な薬草は大体覚えてるから。」


 本来の冒険者であれば武器や防具も必要になってくるが、俺は地面から調達出来るしな。

 腰には土団子を入れた袋を吊るしているので、土が無い場所でも咄嗟の対応は可能だ。

 イヌ・サル・キジは仲間に出来ないが。


「さて、それより余った荷物を部屋に戻さないとね。」


 こいつは・・・・・・骨が折れそうだな。


*****


 街から出て街道を進み、以前ローウェル達と鉢合わせた森の入口へと辿り着いた。

 陽はまだ昇りきっておらず、この分だと陽が高い内に戻れるだろう。


「それじゃあ、まずは浅い所から順番に探していこうか。・・・・・・の前に少し休憩した方が良さそうだね。」


 街から此処までの距離ですっかり四人ともバテてしまっている。


「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・か、かたじけないで、ござるのじゃ・・・・・・。」

「自分・・・・・・私も、もう無理ですの。」


「ワタクシ・・・・・・吾輩も、もう歩けないわ。」

「マ、マリーちゃ・・・・・・マルコ君、そんな所で座ったら服が汚れちゃうよ?」


 疲れのせいか、言葉遣いがよく分からないことになっているようだ。

 周りに人が居ないのを確認し、休憩がてら気になっていた事を聞いてみる。


「一つ聞きたいんだけど・・・・・・ローウェル君たちってさ、ずっと”それ”してないと駄目なの?」

「えっと、”それ”って・・・・・・?」


「男の振り。」


 ローウェルが一瞬固まる。


「え・・・・・・? ど、どうして!? 何で分かったの!?」

「何でって・・・・・・男の娘と女の子の見分けくらいはつくよ。」


 そもそもボロを出しまくってるし。

 ローウェルの瞳から涙がこぼれ、しくしくと泣き始める。

 ・・・・・・思ったより地雷だったか、これ?


「ど、どうしよう・・・・・・ぐすっ・・・・・・お父様とお母様に女の子だと知られてはいけないって言われていたのに・・・・・・。」


 マルコがさっとハンカチを取り出し、ローウェルの涙を拭う。


「泣くのはおよしになって、ロールさん。アリューシャ様、貴女様は何という事を・・・・・・。」

「ひっく・・・・・・ごめん、ごめんね。マリーちゃん。」


「妾たち・・・・・・これからどうなってしまうのじゃ?」

「わ、分からないですの・・・・・・。でも、もうお終いですの・・・・・・。」


 悲嘆に暮れる四人に慌てて説明する。


「ちょ、ちょっと待ってよ四人とも! 私は誰かに言ったりするつもりなんて無いから、今まで通りで大丈夫だって!」

「で、でも・・・・・・アリューシャちゃんが私達の事、女の子だって知っちゃった・・・・・・。」


「だから、それも含めて他の人に知られなければ問題無いでしょ?」

「確かにアリューシャ様の仰る通りです。けれど、ワタクシは貴女様を信用できません。」


「マ、マリーちゃん、そんなのアリューシャちゃんに・・・・・・!」

「いいよ、ローウェル君。マルコ君の言う通り、私には共有できる秘密も無いからね。」


 中身が別世界の男だという重大な秘密はあるが・・・・・・それを証明する手立ては無い。

 言ったところで、それこそ中二病の妄言ぐらいにしか取られないだろう。

 彼女らはまぁ・・・・・・ぶっちゃけ脱いだら証明できるしな。


「拙者・・・・・・いえ、妾はアリューシャ様を信じるのじゃ。」

「私も、アリューシャ様を信じるですの。」


「カレンちゃん・・・・・・キーリちゃん・・・・・・。わ、私もアリューシャちゃんの事信じる。」

「皆さん・・・・・・。アリューシャ様がワタクシ達の秘密を漏らさない保証なんてありませんのよ?」


「けれど、先日も今日も妾達はアリューシャ様に助けて貰っておるのじゃ。」

「お、お買い物にも付き合って貰ったですの。」


「そうです、けれど・・・・・・。」


 俺が言うのもなんだが、そんなので信用していいのかよ・・・・・・。

 きっと、純粋な子達なのだろう。元々箱入りっぽいしな。

 てか、このままだと埒があきそうにない。


「ごめん、ちょっと質問なんだけど。そもそも女の子だって知られたらどうなるの? 何かされるの?」


 ローウェル達は互いに顔を見合わせ、キョトンとした顔になる。


「お父様とお母様からは、何も・・・・・・。」

「ワタクシも、知られてはいけないと聞いただけですわ。」


「妾も何も聞かされておらぬのじゃ。」

「私も聞いていないですの。」


「つまり・・・・・・誰も知らないと?」


 沈黙で答えが返ってくる。


「えっと・・・・・・まずそれを聞いた方が良いんじゃないですかね?」

「う、うん・・・・・・お父様とお母様に聞いてみるよ。」


 まぁ、悪くて精々退学くらいだろう。

 命に関わるような問題なら、それこそ生まれた時から男として育ててるだろうし、耳にタコが出来る程に口を酸っぱくして伝えている筈だ。

 彼女らにそんな気配は全くないと言っていい。

 そもそも彼女達は互いの秘密を知っていたようだし、その時点でアウトな筈である。

 とはいえ、そのしきたりの目的とやらは皆目見当もつかないのだが。


「ともかく、申し訳ないけど、こればっかりは私を信用してもらうしかないよ。それとも、口封じで暗殺者でも雇う?」

「そ、そんなことは致しませんわよ。・・・・・・分かりました。ワタクシはロールさんを信じる事に致しますわ。」


「うん、そうしてくれると助かるよ。ごめんね、ローウェル君。ちょっとした世間話のつもりだったんだけど。」

「あの・・・・・・アリューシャちゃん。」


 ローウェルは居住いを正し、見えないスカートの裾を持ち上げて優雅に頭を下げた。

 男子用の制服を着ているにも関わらず、その姿は可憐なドレスを着た少女に見える。

 これこそが、彼女の本来の姿なのだろう。


「私はローエルミル・ウィスターナと申しまひゅっ・・・・・・。」


 ・・・・・・噛んだ。

 どうやら丁寧な口調で話すのは少し苦手らしい。

 彼女の行動を受けて、今度はレントが同様に礼をする。


「妾はカレンティア・カナナギと申しますのじゃ。」


 次はキースが。


「アリューシャ様。私はキーネリス・ゼイワンと申しますですの。」


 最後は諦めたようにマルコ。


「ワタクシはマリーノーラ・クルーゼと申します。」


 ウチのパーティにもフラムが居るが、こうして四人も貴族が並ぶと圧巻だな。


「えーっと、ロールにカレンにキーリにマリーね。それじゃあ――」


 俺も立ち上がって彼女らに倣い、礼をする。

 貴族の所作はフラムに教えて貰ったので不格好ではない筈だ。

 冒険者用の服を着ているのでスカートはないが。


「私はアリューシャです。アリスとお呼び下さい。」

「ほ、本当に!? アリスちゃんって呼んで良いの!?」


「う、うん・・・・・・お好きにどうぞ。」

「や、やったよマリーちゃん! アリスちゃんって呼んでも良いって・・・・・・ぐすっ。」


「また涙が零れていますわよ。仕方のない人ですね、ロールさんは。」


 そう言って、マリーがロールの涙を拭う。

 そんなに嬉しいか・・・・・・?


「と、とりあえず、そろそろ本来の目的を果たしに行こうか。」

「妾のお祖父様からの依頼であるな。」


「うん、すぐに見つかると思うから、森の浅いところを少しずつ移動しながら探すよ。皆は私から余り距離を取らないでね。」

「わ、分かりましたですの。」


 カレンとキーリを先頭にし、真ん中にロールとマリー、俺は全員に目を配れるよう殿に付き、後ろから指示を出しながら森の中をゆっくりと進んで行く。

 四人は自分の図鑑と森に生えている植物を見比べ、目当てのフイカク草探しに没頭しているようだ。

 半刻ほど経ったところで、ロールが声を上げた。


「あっ! あったよ! あれじゃない!?」


 ロールが指し示した木の根元にはフイカク草が群生している。


「うん、間違い無いね。折角沢山生えてるし、一人一株ずつ取ってみようか。」

「よ、よし・・・・・・やってみるよ!」


 ロール達は荷物から小さなスコップを取り出し、優しく丁寧に土を掘り返し始めた。

 しかし、自身が汚れないように作業を行っているため時間が掛かっている。


「ちょっと貸してみて。」


 ロールのスコップを奪い、一本のフイカク草の前に膝をつけた。

 スコップをフイカク草の根元付近に一気に突き刺し、梃子の要領で土ごと掘り返す。

 出来るだけ根を傷付けないように引き抜いて土を掃う。

 まぁこんなもんだろう。


「はい、こんな感じでやってみて。」

「そ、そんなの汚れてしまいますわよ!」


「はいはい、男の子は汚れてなんぼだよ。文句言わない。」

「うぅ~、女の子なのに~・・・・・・。」


 それでも渋々と俺の言葉に従い、見様見真似で土を掘り返していく。


「み、見て下さいまし! ちゃんと掘れましたわ!」

「うん、根もあんまり傷付いて無いし、上手く掘れたね、マリー。」


「べ、別に貴女様に褒めて頂いても嬉しくありませんわ!」


 プイと顔を背けるマリー。つれない。


「私も掘れましたですの!」

「妾も掘れたのじゃ!」


「キーリもカレンも上手く掘れたね、あとは・・・・・・。」


 ロールは苦戦しているようだ。

 スコップを垂直に刺し込んだせいで梃子の原理が上手く使えていない。


「ロール、一回スコップを抜いて、もう少し斜めにしてから刺すといいよ。」

「え、えっと・・・・・・こう?」


「うん、それくらいの角度で地面に刺してみて。」

「えいっ!」


「後は上から柄の部分を押さえて・・・・・・うん、いいね。」

「わあっ! できたよ、アリスちゃん!」


 掃った土が服にまで付いてしまっているが、これも勲章だろう。


「これで皆取れたね。」

「あとは街に帰るだけですの。」


「うーん・・・・・・そうだと良いんだけどね。」


 僅かな魔力の流れが、こちらに何かが向かって来ていることを俺に示していた。

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