89話「トレイン」

 森の奥から、金属が重なって擦れる音がカチャカチャとこちらへ近づいて来る。

 慌てているのか、その足音は乱れており、それを追い立てる複数の犬の様な鳴き声。

 ・・・・・・ヴォルフか。

 何処にでもいる狼のような魔物である。

 見た目通りに鼻が効くので、これだけ近ければこちらの存在も気付かれている可能性が高いだろう。

 鳴き声の数は多くない。


「四人とも、私の後ろでじっとしてて。」

「な、何!? アリスちゃん、何なのこの声!?」


「ちょっと魔物が来たみたい。」

「ま、魔物!? ど、どうしよう、どうしたら良いの!?」


「落ち着いて。こういう時のために私が護衛で付いて来てるんだし。」

「で、でもアリスちゃん一人じゃ・・・・・・。」


「その辺も大丈夫だよ。」


 地面に手を添えて魔力を流し込み、六体の犬型ゴーレムを作り出した。

 四体は四人の護衛用として配置し、二体は戦闘のサポート用として両脇に従える。

 急造なので造形は適当だが、性能はヴォルフ程度が相手なら問題無い。

 先端を鋭利に尖らせた触手も数本作り、戦闘態勢を整える。


「見た目はちょっと悪いけど、これで私一人じゃないでしょ?」

「そう、だけど・・・・・・。」


 木々の間からチラチラと森を駆ける金属の軽鎧を着た若い男が確認出来るようになった。

 向こうも気付いたようで、こちらへと方向を定めて向かってくる。

 枝を踏み折り、草木を掻き分け現れた男の鎧には、引っ掻き傷や噛み痕が無数に付いておりボロボロだ。

 だが、そのお陰か身体の方に致命的な傷は無さそうである。

 ぜぃぜぃと息を切らしながら俺達の姿を見た男は絶望的な声を上げた。


「こ、子供だけ・・・・・・!? なんで、こんなとこに・・・・・・っ!」

「あのー、どうしましたか?」


 声をかけてみるが、こちらの声は耳い届いていない様子。


「あ、いや・・・・・・はは・・・・・・つ、ツイてる・・・・・・。お、お前らが・・・・・・護衛も付けてないお前らが悪いんだからな!!」


 そう叫ぶと、男は一目散に森の出口の方へと走って行った。

 魔物を残して。


「トレインにMPK・・・・・・とんだ悪質プレイヤーだな。向こうじゃ晒されてもおかしくないぞ、全く。」


 残されたヴォルフ達は狙いを移し、俺達をゆっくりと囲い始めた。

 俺の正面に位置するヴォルフは鼻を鳴らして確かめるように臭いを嗅ぎ、ウロウロとその場で行ったり来たりを繰り返している。


「あああああアリスさん、まままま魔物がワタクシ達を・・・・・・!」

「わ、妾はここで・・・・・・こんな所で・・・・・・い、や・・・・・・いやなのじゃぁぁ!!」


「お兄様・・・・・・助けてですの・・・・・・おにいさまぁ!」

「あ、アリスちゃん・・・・・・やらよぉ・・・・・・こわいよぉ・・・・・・。」


「大丈夫。四人とも落ち着いて、そこから動かないでね。その方が守りやすいから。」


 腰を抜かしてて誰も満足に動けそうにはないが。

 そうこうしている内に包囲網が完成する。

 しかし、十も超えないような数では脅威にならない。


 正面のヴォルフが俺に向かって吠えると、左右から同時に一頭ずつ飛び掛かってくる。

 二頭とも口から触手で貫き、絶命したのを確認して使った触手を破棄すると、ドサリと二頭の死骸が転がった。

 その死骸を見て後ろの誰かが小さな悲鳴を上げる。

 俺は次の攻勢に備えるが、それは一向にやって来ない。


「あれ・・・・・・もう来ないのか?」


 正面に構えるヴォルフはグルルと唸った後、天に向かって一鳴きし、くるりと踵を返して他のヴォルフと共に仲間の死体を咥え、森の奥へと消えて行った。

 尻尾を巻いて逃げるというより、余裕の撤退という感じだ。

 どことなく腑に落ちない感覚を抱きながらも、魔物達の気配が消えてから触手だけ解除し、戦闘態勢を解く。


「皆、怪我は無いね?」

「ぐすっ・・・・・・アリスちゃぁあん!」


「もう大丈夫だからね。」


 腰に縋りついてくるロールの頭を撫でながら、嗚咽を溢す四人の様子を確認するが特に問題は無さそうだ。

 ・・・・・・一点を除いて。


「えーっと・・・・・・とりあえず綺麗にするから・・・・・・ズボンと下着、脱いでくれる?」


 理由?

 みなまで言うな。


*****


 結論から言おう。女の子だった。

 実は男の娘という、どんでん返しもなく。

 四人が四人、全員女の子だった。

 こんな所で確認することになるとは思わなかったが。


「皆、もう落ち着いた?」

「うん・・・・・・ごめんね、アリスちゃん。」


「良いよ、気にしなくて。」


 マリーが頬を膨らませながら口を開く。


「で、でもこの様な場所で裸になれだなんて、酷いですわ!」

「い、いや・・・・・・裸にとは言ってないよね。」


「同じですわ!」


 脱がせずに済ませられるなら俺だってそうしたいものだが、見えない場所を綺麗にするのは難しいのだ。

 フィーの使う魔法であれば可能なのだが、俺はそれを魔力操作で表面上だけを再現しているだけに過ぎない。

 普段はフィーが魔法を使ってくれているし、自分で使う分には問題無いしな。

 まぁ、その点ではトレイン男が逃げて去ってくれたのは助かった。

 流石に見ず知らずの男の前で脱げとは言えないし・・・・・・。


「なら、あのまま街に戻った方が良かった?」

「ぅ・・・・・・それは、その・・・・・・ごめんなさい。」


「素直でよろしい。」


 マリーの頭を撫でる。


「こ、子供扱いしないで下さいまし!」


 顔を背けるが手を払ったりはせず、されるがままだ。

 うむ、こうしてみると中々可愛い。


「キーリとカレンも大丈夫?」

「あ、あの・・・・・・アリスさん。この事は黙っていて欲しい、ですの・・・・・・。」


「大丈夫。言いふらしたりしないよ。」

「わ、妾のお祖父様にも・・・・・・。」


「言わないよ、約束するから。」


 そもそも会った事も無いぞ。


「まぁ、色々あったけど皆無事だし、そろそろ戻ろうか。」


*****


 ロール達を部屋へ送り届けた俺は部屋へと通され、お茶をご馳走になっている。


「アリスちゃん、お茶のおかわりが必要だったら言ってね。」

「ううん、大丈夫。少しギルドに用事があるし、そろそろお暇させてもらうよ。」


 カップを置いて、席を立った俺にロール縋ってくる。


「え・・・・・・ま、待って! もう少しだけ一緒に居て! ね?」

「いや、これ以上居たら帰るのも遅くなっちゃうし・・・・・・。」


「お、お金なら払うから! お願い、アリスちゃん!」

「・・・・・・えっと、ロールのそういう所は、あまり好きじゃない、かな。」


「ぇ・・・・・・?」

「そうやって何でもお金で――」


 ロールが力無く床に崩れて涙を流し始めた。


「や、やらよぉ・・・・・・えぐっ・・・・・・アリス、ちゃんに・・・・・・きらわれ・・・・・・ひっく・・・・・・。」


 マリーが支える様にロールの肩を抱き、こちらをキッと睨む。


「どうしてそんな酷い事を仰るのですか、アリスさん!」

「べ、別に嫌ってなんかないって! えっと・・・・・・聞いてくれる?」


 ロールからの返答はないが、そのまま言葉を続ける。


「私がロールと一緒に居たいって思ったら、ロールにお金を払わないとダメなのかな?」


 ロールがふるふると首を横に振る。


「私だってそうだよ。ロール達のこと、友達だと思ってるから。」

「ともだち・・・・・・?」


「うん。お金を払うって事は、ロールはそう思ってくれていないのかなって。」

「アリスちゃんと・・・・・・ともだちに、なって・・・・・・良いの?」


「私はその方が嬉しいな。」

「ともだち・・・・・・なりたい。・・・・・・アリスちゃんと。」


「もうなってるよ。」


 これまでのやりとりを見ていたカレンとキーリが口を開く。


「わ、妾も・・・・・・構わぬのか?」

「私の事も、ですの?」


「勿論二人も、マリーもね。」

「ワ、ワタクシは別に・・・・・・アリスさんがお願いするのなら・・・・・・。」


「うん、お願い出来るかな?」

「ぅ・・・・・・その・・・・・・きょ、許可して差し上げますわ。」


「ありがとう、マリー。それで、どうしてロールはそんなに私と一緒に居たいの?いつもそんな事は言わないのに。」

「あ、あのね。魔物の事を思い出したら、怖くて・・・・・・でも、アリスちゃんと一緒だったら、怖くなくて・・・・・・それで・・・・・・。」


「・・・・・・そっか、気付かなくてごめんね。それなら、また皆で甘い物でも食べに行こうか。」

「で、でも、アリスちゃんはギルドに・・・・・・。」


「大丈夫、そのギルドに行くんだし。」


*****


 四人を連れてギルドへ移動し、ギルド内にあるカフェスペースの座席を確保する。


「あの、アリスちゃん。勝手に座っちゃって良いの?」

「大丈夫だよ、私も冒険者だし。」


 と言っても、カフェスペース自体は誰でも利用可能なのだ。

 ただ、場所が場所だけに冒険者達がたむろしているので、一般の利用客が寄りつかないだけである。


 俺は四人分のパフェを注文してから、ギルド内をキョロキョロと見渡す。

 ・・・・・・お、居た居た。


 俺達から少しの離れた所にある座席に先程のトレイン男。

 その正面の席には五十代程の眼帯をした男が一人。こちらは何度か顔を見た覚えがある冒険者だ。

 中々渋いおじさまではあるが、その目の前にはデカいパフェが鎮座している。

 あれは女の子の店員が「萌え萌えキュン♪」してくれるやつだ。


「ちょっと用事を済ませてくるから、四人ともパフェ食べて待っててね。」


 男二人は何やら会話をしているようだが、気にせず彼らの席へと足を進めた。


「先程はどうも、トレイン男さん。」

「お、おおお前は・・・・・・さっきの、子供!?」


「【心斬の】・・・・・・か。コイツに何か用か?」

「さっき森でお土産を貰ったからお礼をしに来たんですよ。」


 眼帯の男がギロリとトレイン男を睨む。


「お前・・・・・・何をした?」

「な、何もしてねえよ・・・・・・。」


「そうですね、魔物の素材の元を少々頂きまして。」


 眼帯の男は溜め息を一つ吐き、テーブルの上に銀貨を五枚積み上げた。


「世話を掛けたな。」

「まいど。」


 ちょっとボコろうかと考えていたが、これで手打ちか。

 眼帯の男はもう一度深い溜め息を吐いてからトレイン男の方へ向き直る。


「お前の腕が立つのは認めてやる。だが、冒険者には向いてねえな。」

「で、でもあいつらが大勢で掛かって来て・・・・・・!」


「そいつを何とかするのが冒険者だ。お前は最悪の選択をしちまったみたいだがな。悪い事は言わねえ、村に帰って道場でも開くか、畑でも耕すんだな。」

「お、オレはそれが嫌で冒険者になったんだよ! ちくしょう!!」


 トレイン男はその言葉を残し、ギルドを飛び出して行ってしまった。


「やれやれ、誰に似たんだか・・・・・・。それより【心斬の】、何かおかしな事はなかったか?」

「ヴォルフの数がやけに少なかったのと、仲間を呼ばなかった事かな。」


 ヴォルフは大抵二十頭以上の群れで活動している魔物だ。

 更に敵と相対した時には、近くにいる別の群れを呼び寄せて共に戦うのである。


「やはりそうか。いやなに、若い奴らがおまんまの食い上げだって騒いでてな。・・・・・・ま、お前さんよりは年食ってるが。」


 ヴォルフ自体は弱い魔物なので、数をこなせる腕があればそれなりに稼げる相手なのだ。

 欲を出すと収拾がつかなくなってしまうが。

 数が少ないわ仲間を呼ばないわ逃げるわでは、それを当てにしていた者にとっては死活問題だろう。

 眼帯の男が楽しそうに言葉を続ける。


「こういう時は大抵何かあるんだぜ。稼ぎ時ってやつだ。」

「面倒事の間違いでしょ? 遠慮したいんですけどね、私は。」


 今度は俺が溜め息を一つ吐いた。

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