87話「男児たるもの」

 春休みが終わって最初の休日。

 俺は泊っていたアンナ先生の工房から外に出て、頂点まで上った陽の光を浴びて身体を伸ばした。


「ん~~~っ・・・・・・。さて、とりあえず外を探してみるか。流石に今の時期だとセロー草は生えて無いかなぁ。」


 セロー草。胃腸薬に欠かせない材料の一つ。

 何故そんな物が必要かというと、絶賛お腹壊し中のアンナ先生のためである。


「あの歳で食べ過ぎとか何とも言えんな・・・・・・。まぁ、そこが可愛いところなんだけど。」


 街外れの工房から路地を抜け、賑わう街の通りをぶらぶらと門の方へと歩く。

 ついでに薬屋を覗く事も忘れない。


「一応薬は置いてあるみたいだけど・・・・・・節約できるところはしないとな。」


 程なくして門へと辿り着き、門兵にギルド証を見せて街の外へと踏み出した。

 たまに旅人や馬車とすれ違いながら、てくてくと街道を進んでいく。

 暫く歩くと、依頼を受けた学生や冒険者達が使う獣道への入口へ到着したのだが、その傍に見た事のある四人組を見つけた。


「ローウェル君のところのパーティか・・・・・・何でこんな所に?」


 彼女ら・・・・・・いや、彼らは俺にとっては苦手なタイプだ。

 悪い子たちでないのは分かるが、そもそも金銭的価値観やらが違い過ぎるのである。

 泣いて謝られながら金貨を渡された時はマジでどうしようかと思った。

 リーフには怒られそうになるし、ていうか怒られたし・・・・・・。


 原因は俺の宿題代行料が安過ぎる事だった。

 料金が安い→儲かっていない→生活が困窮している、という考えに至ったらしい。

 安過ぎると言われても、俺としては十分ボッタクっていたつもりだったのだが・・・・・・。

 キチンと相場を調べなかった俺も悪かったな。

 とにかく、何とか誤解は解いて事なきを得ることができた。勿論、金貨は返したが。


 ともあれ、彼らは何か困っている様子である。

 いくら苦手な相手と言っても放ってはおけないだろう。

 まぁ、入口に居座られてちゃ、どうせ鉢合わせるしな。


「えーっと、ローウェル君。どうかした?」

「ア、アリューシャちゃ~ん・・・・・・ぐすっ・・・・・・ど、どおしよぉ~。」


 半ベソをかきながら縋りついてくるローウェル。

 これが本物の男なら相手が貴族でも張り倒しているところだが、流石にそうもいかないか・・・・・・。


「とりあえず落ち着いて、何があったか話してくれるかな?」


 レント・・・・・・だったか、よく分からん武士言葉を話す子は完全に泣いており、他の三人はそれに釣られるように半ベソ状態のようだ。


「あ、あの・・・・・・私・・・・・・僕たち、依頼を受けてここに来たんだけど・・・・・・。」

「依頼? 何でまた?」


 それこそ金に困っている訳でもないだろうに。

 妙に尊大な口調で話すマルコがローウェルに代わって答える。


「レント君のお祖父様が”男児たるもの、仕事の一つもこなせなければならない”と手紙にしたためておられてな。吾輩も無謀だと止めたのだが・・・・・・。」


 いや女の子だろ。

 あんまり無茶させるなよ爺さん。


「はぁ・・・・・・それで、どんな依頼を受けたの?」

「あ、あの・・・・・・コレであります。」


 軍人調で話すキースに依頼内容の書かれた紙を手渡された。

 ギルドで使われている物とは書式が異なっている。


「えーっと・・・・・・、フイカク草一株、無期限で報酬は金貨一枚・・・・・・金貨一枚!?」


 何度読み直しても内容は変わらない。

 見間違いではないようだ。


「この依頼どうしたの?」

「レント君のお祖父様が手紙と一緒に送ってこられたであります。」


 金銭感覚がおかしいのか孫に甘いのかは分からんが、とんでもない依頼である。


「それで、何でレント君は泣いてるの?」

「そ、その・・・・・・いざ森に入ろうと思ったら皆怖くなっちゃって・・・・・・。」


 ここで立ち往生って訳か。


「わ、笑うなら拙者だけを笑うでござるのじゃ! 皆は妾の事を心配して来てくれただけなのじゃ!」


 いきり立つレントの頭を撫で、努めて優しく語りかける。

 口調が素に戻ったのは気付かなかった事にしよう。


「笑ったりなんてしないよ。護衛も無しにここまで来たんだよね?それだけでも凄いよ。」


 そう、ここに居たのは四人だけ。護衛無しでは危険過ぎる。

 森の浅い場所とはいえ、魔物が出ない訳ではないのだ。

 実戦経験のないこの四人が運悪く魔物に出くわせば命は無いだろう。

 あればこんなところで泣いてない筈だし。


「それじゃあ、一旦街に戻ろうか。」

「で、でも折角ここまで・・・・・・。」


「そもそも、フイカク草ってどんなのか分かる?」

「えっ・・・・・・。」


 互いの顔を見合わせる四人。

 何を探すのかも知らずに来てしまったのだろう。

 だって・・・・・・森に入ってすぐの所に小さいのが生えてるのが見えるし。

 ギルドに持って行けば渋られるが、ゴネれば通るような代物ではあるけれど。

 レントのお祖父様とやらなら十分いける筈だ。

 ただ、ここでそれを教えてしまっては意味が無い。


「ど、どうしよう・・・・・・分かんないよ・・・・・・ぐすっ。」

「でしょ? だから、少しだけ手伝うよ。」


「い、良いの? アリューシャちゃんも用事があるんじゃ・・・・・・。」

「見つかるかも怪しい物だし、別に構わないよ。それに、乗りかかった船だしね。」


 次の授業で彼らの席が空席にでもなっていたりすれば、それこそ寝覚めが悪いしな。

 アンナ先生には後で薬を買うとしよう。


*****


 四人を連れて踵を返すように街へと戻って来た。

 そこまで距離は無い筈なのだが・・・・・・。


「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・ア、アリューシャちゃん・・・・・・す、少し・・・・・・休憩しよう?」


 相手は貴族のお嬢様である。体力が無いのも仕方ないだろう。


「んー、少し寄りたいお店があるから、それからお茶にしようか。それまで頑張れそう?」

「う、うん・・・・・・。が・・・・・・頑張る・・・・・・。」


 少しペースを落として人通りの少ない路地を進み、ボロい看板の掛かったボロ家の前で足を止める。


「ここは一体何でありますか?」

「一応雑貨屋・・・・・・かな。駆け出しの冒険者なんかが良く来るんだよ。」


 軋む扉を開いて中に入ると、埃っぽい臭いが鼻についた。

 客はおらず、カウンターに居るお婆さんがこちらをジロリとこちらを睨む。

 口を開きかけたお婆さんにギルド証をちらり見せると、何かを言わんとした言葉をそのまま飲み込み、「いらっしゃい」としわがれた声を発した。

 まぁ、ガキの来る所じゃないと言いたいのは分かるけど。


 すっかり怯えた様子でローウェルが耳打ちしてくる。


「こ、こんな所で何を探すの?」

「あぁ、あった。これだよ。」


 ローウェルに答えようと思った矢先に目当ての物を見つけ、棚に適当に積まれた本の一冊を手に取った。


「随分と可愛らしい本でござるな。」


 文庫サイズよりも小さな古ぼけた本で、中身は主要な薬草の絵と、特徴や効能が簡単に描かれた薬草図鑑だ。

 図鑑とは言っても、持ち歩く事が前提でページを減らしている為、十種類も載っていれば良い方であるが。


「お婆さん、これは?」

「・・・・・・銀貨一枚だよ。」


「ローウェル君、お金あるよね?」

「う、うん・・・・・・どうぞ。」


 お婆さんにローウェルから受け取った銀貨を払い、雑貨屋を出る。

 お茶をするには丁度良い時間だろう。

 そのまま路地を進み、今度は小さな喫茶店の扉をくぐった。

 大きな窓で外の光を取り込んでいるため暗い雰囲気はなく、金の掛かっていそうな硝子のショーケースの中には色彩豊かなケーキが並んでいる。

 店員は小さな女の子が一人。


 案内された席に着くもソワソワして落ち着かない様子のローウェルたちに、おしぼりで顔を拭きながら尋ねてみる。


「落ち着かないみたいだけど、どうかしたの?」

「わ、吾輩らは、こういう所は初めてでな・・・・・・。その、お恥ずかしながら作法を身に付けておりませんの。」


 緊張のせいか素が出てるぞ・・・・・・。


「作法なんて特に無いし、騒がしくしたりしなければ大丈夫だよ。注文は私が適当に済ませようか?」

「お、お願いするでござる。」


 ケーキを五種類と紅茶を注文し、品が届く前にテーブルの上に先程の図鑑を広げて見せた。


「ほら、これがフイカク草だよ。」


 開いたページの絵を指し示すと、四人とも興味深げに覗き込んでくる。


「これを探せば良いでありますか?」

「そう言う事。でも、今日はお終いにして次の休みにした方が良いね。」


「え・・・・・・どうして?」

「もう陽が傾いてきてるし、暗くなったら探し辛いでしょ?」


「あ、そっか・・・・・・。」

「じゃあ、この本はローウェル君に返しておくね。」


 本を閉じてローウェルに手渡した。


「良いの?」

「良いもなにも、ローウェル君のお金で買ったんだからローウェル君の物だよ。」


「うん・・・・・・ありがとう!」


 ローウェルは大事そうに古ぼけた本を胸に抱える。


「それより、次の休みは朝に寮の前に集合で構わない?」

「また、アリューシャ氏の手を煩わせてしまって良いのであるか?」


「私は護衛だけするから、探すのはローウェル君たちだよ。」

「護衛・・・・・・でござるか?」


「魔物が出るかも知れないからね。ローウェル君たちが戦えるなら別だけど。」


 慌ててローウェルが首を横に振る。


「む、無理無理無理! 無理だよ!」

「なら、今度から街の外に出る時はちゃんと護衛を付けてね。」


「う、うん・・・・・・。」


 そんな話をしている内に注文していた品が届き、テーブルに並べられた。

 どのケーキも綺麗に盛りつけられていて美味しそうだ。


「まぁ、あとはゆっくりケーキを食べてから帰ろうか。」

「あ、あの! アリューシャ殿!」


「えっと・・・・・・どうかした、キース君?」

「自分もあの本が欲しいのであります。」


「パーティに一冊あれば十分だと思うけど・・・・・・。」

「そ、それでも欲しいであります!」


「拙者もお願いするでござる。」

「吾輩からも頼みたい。」


 何の変哲もない図鑑なのだが、彼らにとってはこういう物の方が珍しいのかもしれない。


「分かったよ、お茶が終わったら少し街を回ってみようか。」


 結局、この日は陽が暮れるまで街を回る事になったのだった。

 ・・・・・・すまん、先生。

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