74話「雪の子」

 ギュッ、ギュッと足元から雪を踏みしめる音が響いてくる。

 灰色の空からハラハラと舞い降りてくる雪は俺のつけた足跡も白く塗り潰していく。

 雪解けの季節は近いが、その足音はまだ聴こえていない。


「やっぱ凄いな、この毛皮。暖かくはないけど、寒くもならない・・・・・・どういう構造してんだろ?」


 フラムから贈られた黒い毛皮の外套。

 トコナツでもそうだったが、これだけ寒い環境でも適温を保っている。

 肩に積もった雪が溶けて浸みてくる事もない。

 流石に顔など、剥き出しの部分は冷えるが。


 俺はこの外套の性能試験も兼ね、雪が積もった森へと一人でやって来ていた。

 冬の間は雪が積もりっぱなしで、こうして外へ出ようという人は少ない。

 街中や街道であれば整備もされているが、道を外れてしまえば話は別。

 膝まで届く程に雪が積み上がり、一歩歩くだけでも労力を要する。

 そんな状態で魔物を相手には出来ないので、冒険者も少ない。

 そもそも魔物も活動が少なくなるので、目当ての魔物を探し出すだけでも一苦労なのだ。

 俺もこの外套が無ければ三歩で部屋に戻っていただろう。


 とは言え、こんな時期でしか手に入らない物もある。

 俺が森に来た目的も、そう言った物の一つ。


 雪茸ユキダケと呼ばれる茸。

 見た目は真っ白な茸で、大きな木の根元に生える毒キノコとして有名だ。

 生えるのは基本的に冬から春にかけて。

 積もった雪の下に生えたものには毒性が無く、非常に美味で珍味として重宝されており、”雪の子”と呼ばれ高値で取引されているのだ。

 雪が溶けてしまう頃には毒性を持ってしまうため、採取できる期間は限られており、雪解け前に一番大きく育った頃に採取するのが最良とされている。

 つまり今。現在。なう。


 採取に技術や道具は必要ない。

 手で雪を掘って、手で摘むだけのお手軽さだ。

 唯一必要なものは”根性”である。


 極寒の中、雪を踏み固めながら歩き回る必要があるのだ。

 魔物の活動も少なくなると言っても、全く無くなる訳ではない。

 特にヴォルフなんかは他に比べると活発だ。

 いぬはよろこび、と言う訳である。

 ともかく、足場の悪い状況で囲まれようものなら逃げる術は無いのだ。


 ”雪の子”を採りに行って戻らない者は多い。

 一番多い死因は魔物によるものではなく凍死。

 碌に防寒対策の出来ない貧しい人間が一攫千金を目指して雪の中へと繰り出して行くのだ。

 そりゃ凍死もするだろう。


 それでも挑戦者は絶えない。

 というのも、相場は最低でも1本につき銀貨1枚以上で、茸1本にしては破格の値段。

 選り好みしなければ一ヵ月以上食いつなげる金が茸一本で稼げるのである。

 貧しい者にとっては命を賭けるに値する機会なのだ。


 一本の木に当たりをつけ、その根元を魔手で掘っていく。

 半分ほど掘ると、白い傘が顔を出した。


「お、いきなりきたー!・・・・・・・・・・・・と思ったらハズレか。」


 掘り出してみると胴部分が長い。

 ”雪の子”は傘の部分が先に育ち、雪解け後に胴が伸びていく。

 つまりコイツは毒キノコである。

 まぁ、これはこれで下剤の材料として使われているが。

 ちなみに、そのまま食べると七日七晩トイレから出られなくなるらしい。


 ともあれ、ハズレを引いたが幸先は悪くない。

 こいつの胞子が周りの木に付着し、新しく生えてきている可能性がある。

 俺は見つけた雪茸を基点に、周囲を探索し始めた。


*****


「やっと五本か・・・・・・、なかなか集まらないなぁ。」


 朝から探索を始め、気付けば昼を過ぎていた。

 携帯食の最後の欠片を口に放り込み、咀嚼する。


「それにしても、アイツら邪魔だな。五月蠅いし。」


 腰を落ち着けている木の枝から眼下を見下ろすと、木の下にヴォルフが群がっていた。

 バリバリと幹を引っ掻き、狂ったように吠えまくっている。

 数は20を超えているだろう。

 休憩中ずっと放っておいたが、これ以上集まってくる様子はない。


「とりあえず片付けて茸探すか。」


 木の上から傘の骨のようにドーム状に触手を広げ、ヴォルフ達を取り囲んだ。

 地面に触手が触れると、そこから魔力を流し込み土壁を作っていく。

 ある程度の高さまで出来上がると、今度は壁伝いに天井を作り始める。

 いくらもしない内に天井が木の幹まで到達し、木を中心にした円柱状の檻が完成した。

 ガリガリと壁を引っ掻く音が響いてくるが、生半可な事では壊れないよう作ってある。


「よし、これで大丈夫かな。恨むなら俺を追いかけた自分達を恨んでね。まぁ、一日くらいで崩れるようにしてあるから餓死はしないよ。」


 上から魔法で狙撃して倒しても良かったのだが、散開されると時間が掛かるのだ。

 ずっと閉じ込めておかないのは、中で餓死されれば色々と大変な事になるからである。匂いとか。

 要は茸探しの邪魔をされなければ良いのだ。


 強化した脚で跳躍し、別の木へ移る。

 長距離はこうして移動すれば雪の影響も少ない。

 一人で来たのもこのためである。

 フィーなら同じ芸当も可能だろうが、触手を命綱に出来る俺とは安全性が違うのだ。


 ヴォルフ達の鳴き声を背に、茸探索を再開したのだった。


*****


「ただいまー。」


 すっかり陽は落ちてしまったが、晩御飯には少し早い時間に戻ってくる事が出来た。

 部屋の中には皆揃っている。


「お帰りなさい。随分遅かったわね。」


 パッパッとリーフが背中の雪を払う。

 思わず「お前を食べたい」と言いそうになってしまった。


「美味しいって聞いてたからコレを採って来たんだよ。」


 ”雪の子”を詰めた籠をリーフに手渡す。

 ”美味しい”と聞いたフィー達も群がり、籠の中を覗き込んだ。


「これ・・・・・・”雪の子”?また貴女は一人で危ない事をして・・・・・・!」

「ま、まぁヴォルフが出たくらいでそこまで危険はなかったよ。」


「十分危ないわよ!怪我はしてないの?」

「うん、戦わずに逃げたしね。」


「逃げたって・・・・・・追いつかれるでしょう?」

「檻を作ってその中に閉じ込めておいたから。」


「はぁ・・・・・・呆れたわ。それにしても、随分沢山採ってきたのね。」

「そうかな?一日かけてこれだけだったよ。」


「普通なら一日かけて三本でも良い方なのだけれど・・・・・・。」


 採取できたのは全部で15本。

 その中から小さめの5本をギルドの依頼で納品し、銀貨20枚をゲットした。

 貴族からの緊急の依頼だったため、相場より高めである。


 そもそも、”雪の子”が市場に出回る事は殆ど無い。

 出たところで貴族が買い占めるし、どこかの店に売るより貴族に直接売った方が高いため、持ち込む先は貴族の館である事が多いのだ。

 それもこれも、来客に”雪の子”を振る舞う事が出来るか否かが貴族のステータスの一つとされているからである。


「とりあえず、今日の晩御飯はこれで何か作ってみようよ。」

「”雪の子”を使った料理なんて・・・・・・シチューくらいしか分からないわよ。」


「シチュー・・・・・・だけ?」

「ええ、多く採れるものではないからね。出汁を取るのに使うのよ。出汁を取った後は細かく刻んでシチューの具にするの。」


「ヒノカは何か知らない?」

「ふむ、鍋か味噌汁か・・・・・・どちらにせよ、リーフと同じ様に出汁を取るのに使うな。」


「うーん、流石に全部同時は無理だね。三日間はそれらで良いとして、後は・・・・・・図書館で調べてみようかな。」

「確かに、あそこの本なら何か載っているかもしれないわね。」


 図書館には料理コーナーも設けられていた筈だ。

 ”虎穴”の方を覗いてみても良いかもしれない。


「そんなのいいから、早く食べたいにゃ!」

「そうだよー、ボクもうお腹空いちゃった!」


「はいはい、分かったわよ。今日は私の番だし、これでシチューを作るわ。一つだけ頂いていくわね。」


 そう言ってリーフは籠の中から小さいものを一つ選んで取り出した。


「それだけでいいの?」

「七人ならこれだけあれば十分よ。」


 厨房を借りに行くリーフを見送る。

 今日の晩御飯は楽しみだ。

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