32話「迷宮師のたまご」
【千の迷宮】のある遺跡へと戻ってきた。
起動語での脱出とは出てくる場所が違うようで、この一角はあまり賑わっていない。
それだけ、こうして帰還できるパーティが少ないと言う事だ。
先に帰還していた仲間達と合流し、ラビの案内で遺跡の中を歩く。
外に出ると、眩しい太陽の光が突き刺さった。
目を細め、約一月ぶりの青い空を眺める。
まだまだ暑い日が続いているようだ。
遺跡の入り口で通り掛かった小さな男の子が、幽霊でも見たような声を上げた。
「あぁーーーーっ!!ら、ラビねぇちゃん!!?」
「あ、カスター。またお兄ちゃんを待ってるの?」
「た、たいへんだぁーーーーっ!!!」
カスターと呼ばれた小さな男の子は、持っていた兄の物であろう服を放り投げて走り去ってしまった。
それを首を傾げながら見送ったラビ。
しょうがないなぁと、小さく呟きながら男の子が落とした服を拾い集める。
服を拾い終えたのを見計らってラビに声を掛けた。
「とりあえず帰ろうか、家まで送るよ。」
「ぅ~・・・・・・うん・・・・・・。」
ラビの足取りは重い。
まぁ、黙って飛び出して来たのだから当然か。
きっと、ラビのお母さんも心配している筈だ。
ラビの背を押しながら、ゆっくり彼女の家へと向かう。
漸く辿り着くと、店の前で子供たちが人だかりを作っていた。
その中心では先程の小さな男の子が騒ぎ立てている。
何やら揉めているようだ。
「ホントだって!さっき会ったんだもん!!」
「ウソつくなよ、もう一ヵ月以上もたってるんだぞ!」
「うそじゃな・・・・・・あぁ~っ!!!ほ、ホラ!!」
男の子がラビを指差し、他の子供たちの視線がそれを辿る。
「「「うわあぁぁーーーっ!!!お、オバケだぁ~~~っ!!!!」」」
子供たちが口々に叫び、散り散りに走り去っていった。
そして、一人残ったその店の主。
随分とやつれて・・・・・・はないが、ラビのお母さんだ。
「・・・・・・本当に、ラビ・・・・・・なのかい?」
「ぉ、おかあさん・・・・・・た、ただいま。・・・・・・うっ・・・・・・ひっく・・・・・・ご、ごめんなざい゛ぃ~っ。」
声を上げて泣きだしたラビを、しっかりと抱き留めるお母さん。
ええ話や。
まぁ、この後こってりと絞られていたが。
*****
―――夜。
星明かりの下、ラビの店の前でささやかな宴が催されている。
ご近所さんも巻き込み、帰還と称号獲得のお祝いを兼ねてだ。
ラビのお母さんを筆頭に、近所の奥様方が次々と出来あがった料理を運んで来る。
荷車に積んであった食材を全て提供したので、中々に豪勢だ。
「アンタ達が主役なんだから、遠慮しないでもっと食べなよ!」
でん、と料理が盛られたお皿をラビのお母さんに手渡される。
「あ、ありがとうございます・・・・・・。」
・・・・・・もうお腹いっぱいなんですけど。
重い皿を片手に、料理に舌鼓を打つ仲間達を見回す。
フィー、ニーナ、サーニャの三人は競い合う様に料理の皿と格闘している。
三人ともまだまだ余裕なようだ。
ヒノカとリーフは大人達に囲まれ、迷宮での話を根掘り葉掘りと聞き出されている。
頑張ってくれ、年長組。
対して、まるで英雄の如く子供達に囲まれているのがラビだ。
ラビに縋るような視線を向けられ、目を逸らした。
だって、面倒そうだし。
そっちも頑張ってくれ。
俺は巻き込まれないよう目立たない位置に座り、料理を摘まむ。
隣にはフラムが一緒だ。
折角だし、この皿の片付けを手伝って貰おう。
「フラム、あーんして。」
「ぁー・・・ん。」
小さな宴は夜遅くまで続き、宿に戻る頃には街がすっかり寝静まっていた。
*****
目を覚まし、固い床から節々が痛む身体を起こす。
皆も窓から差し込む光で目覚め始めているようだ。
ベッドすら無い部屋をじっくりと見回し、成程と一人納得する。
探索者は基本的に迷宮内で寝泊まりする事になるので、宿としての機能は殆ど必要ないのだ。
一番必要なのが、安心して荷物を置いておける場所。
探索から戻ったら全部盗まれてました、なんて目も当てられないからな。
セキュリティも無駄に凝っている訳では無かったのだ。
迷宮から戻って初めて実感できた。
もう迷宮を探索する時間が無いので、学院に帰る日までは街の観光などで過ごす事になったのだが、流石に毛布だけだと辛い。
まぁ、その分宿代が安くなっているようだし、文句は言えないか。
さて、ともあれ自由時間を手に入れた俺は一人、街へと繰り出すことにした。
たまには一人の時間、というのも欲しいものだしな。
―――と、思っていたのだが。
つまらん。
それもその筈。この街、迷宮都市というだけあって迷宮以外には何も無いのだ。
迷宮産の食材を使った食堂なんかは存在しているが、正直そんな物は食い飽きている。
こんな事ならフラムとのデートを今日にすれば良かったな。
付いてこようとしたフラムに、今日は一人で見て回りたいから「明日にデート」という条件で矛を収めてもらったのだ。
・・・・・・まぁ、本末転倒な気がするが。
人の多さに辟易しながら街をフラつき、バザーへと辿り着いた。
迷宮に入る前に一度訪れたが、戻った今ならまた別の視点で見ることが出来るだろう。
掘り出し物があれば買っても良いかもしれないな。
例の巻物とか。
次に潜るのは来年の夏休みくらいになるだろうけれど。
俺と同じ事を考えたのかは分からないが、バザー内にラビの姿を見つけて声を掛ける。
「ラビは何か買いに来たの?」
「あ、アリス。次に迷宮へ行く時に役に立ちそうな物が無いかと思って・・・・・・えへへ。」
ペロリと小さな舌を見せるラビ。
昨日あれだけ怒られたのに、もう次の事を考えているとは。
「だ、大丈夫だよ!次に行く時はお母さんに言ってからにするもん!」
是非そうしてもらいたいものだ。
「それより、アリスはどうしたの?学院に戻るまで時間が無いから、迷宮には行かないんじゃなかったっけ?」
「うん、ただこの街、他に見るとこ無くて・・・・・・結局此処に来ちゃったんだよ。」
「あー・・・・・・、確かに何も無いかも。」
ラビと並んでバザーを回る。
一度使った事のある雷光玉などの攻撃系アイテムを筆頭に、便利系アイテムを中心に見ていくことにした。
冒険者達と変わらず、探索者達も耳聡い。
まぁ、大半が兼任だろうし。
俺達が先日、【初級探索者】の称号を手に入れて戻ったパーティの一員だということが既に知れ渡っていた。
行く店行く店で声を掛けられるが、どれも好意的なもので俺達の実力を疑う者は居ない。
彼らもまた、迷宮で同じ苦労を背負った仲間なのである。
迷宮の中で一月以上生き残る事が出来るということがどういう事なのか、それを知っているのだ。
運だけでそれを成すことが出来ない事を知っているのだ。
まぁ・・・・・・もしも運だけで成し遂げたのなら、それはそれで引っ張りダコになるだろうけれど。
冒険者も、探索者も、彼らは験を担ぐのが大好きな生き物なのだ。
ともあれ、俺達は歓迎されてバザーを回ることが出来た。
まだ見たことも無かったアイテムの説明なんかも聞けたし、良い収穫だったのではないだろうか。
ラビの凄さも宣伝しておいたので、彼女の”次”はそう遠くないかも知れない。
*****
ローグライクでの滞在最終日。
ラビが見送りに来てくれている。
「ねぇ、ホントに貰っちゃって良かったの・・・・・・?」
申し訳無さそうにするラビに言葉を返す。
「学院に持って帰っても仕方ないしね。それに、次に行く時もラビと一緒だから。」
「・・・・・・そうだね!」
ラビには今回迷宮で手に入れた物を全て渡してある。
賞状も迷宮の鍵も含めて、だ。
まぁ、正直売るのが面倒だったというのもある。
帰還の鍵くらいなら売っても良かったかも知れないが、ラビなら役立ててくれるだろう。
迷宮のお金も然り。
他の仲間達もそれぞれラビとの別れを交わす。
一ヶ月という短い期間ではあったが、濃密な時間を共に過ごしたのだ。
まるで十年来の友人であるかのようである。
・・・・・・俺はまだ六歳だけれども。
そうこうしている内に・・・・・・時間だ。
学院から受け取っていた帰還用の巻物を広げると、転移陣が展開される。
俺達はラビとの再開を約束し、学院生活へと戻った。
―――これは、【伝説の迷宮師】として名を馳せる少女の、最初の冒険譚である。
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