33話「課外授業」

 夏休みが終わり、授業が再開された。

 とは言ってもまだまだ暑い日が続いている。

 空調も止まっているのでは、と思うほどだ。

 教室内の空気も緩みきっている。

 まぁ、その最たる原因は教鞭を取っているアンナ先生だったりするのだが。


「え~~っとぉ、とりあえずぅ~この問題を~~解いて~くださ~い。」


 黒板にふにゃふにゃの文字で問題を書き、ふらふらと自分の席へ戻るアンナ先生。


「ふぃ~~~~~~~。」


 机に置いてあった俺作の【手乗り扇風機】で涼み始める。

 その名の通りに手に乗せると回り出し、氷と風の魔法を組み合わせた涼しい風を送ってくれる代物だ。

 まぁ、その分魔力は使うが・・・・・・。


 隣にいるサーニャが制服の袖を引く。


「あるー、分かんないにゃー・・・・・・。」

「うん、ちょっと待ってね。フラムは大丈夫?」

「ぁぅ・・・・・・、お、ぉ願い。」


「リーフとお姉ちゃんは?」


「問題無いわ。」

「だいじょうぶ。」


「分かった。そっちはお願いね。」


 俺はさっさと問題を終わらせ、二人の面倒を見る事にする。

 周りのグループでも同じように教えあったりしているため、教室内が少し騒がしい。

 アンナ先生はそんな事は気にも留めずに涼んでいる。


 そんな中、暑さで苛ついている所為か小競り合いが発生した。


「なんだとコラァ!俺の計算のどこが間違ってるって!?」

「全部だよ全部!ハッ!これだから田舎出の冒険者は!」


 とある冒険者グループの二人が胸倉を掴み睨み合っている。

 このクソ暑いのにお熱いことで。二人の周りに薔薇のフレームでも飾ってやろうか。

 いつの間に近づいたのか、その二人の側にアンナ先生の姿があった。


「はいはい、喧嘩はダメだよ、二人とも。」


 そう言って二人の腕を捻り上げる。


「「いてててててっ!!!ま、参った、参ったよセンセー!!」」


 大人しくなった二人を離すと、アンナ先生がその二人の解答を一瞥。


「ふむ・・・、二人とも不正解。やり直しだね。」

「なっ・・・そんな!」


「ギャハハ!やっぱり間違ってるじゃねーか!」

「てめえもだろ!やんのかコラ!?」


「んだとコラ!」

「はいはい、さっさと頭を動かした方が良いんじゃないかな、二人とも?」


「「ひ、ひゃい!センセー!!」」


 二人が大人しくなると、席に戻って再び扇風機を使い始めた。


「ふぃ~~~。」


 フラムとサーニャに勉強を教えていると鐘が鳴り響き、授業の終わりを告げた。

 サーニャは最後まで問題を解けなかったが、そもそも基礎が出来ていないので仕方ないだろう。

 まずはそこからだ。


 というか・・・・・・生徒じゃないんだけど。

 アンナ先生はどうしても魔道具科の生徒として数えたいらしい。

 教室を出ようとしたアンナ先生が何かを思い出したように足を止めた。


「あー、皆すまないね。一つ連絡事項を忘れていた。知っている者もいると思うが、もうすぐ課外授業という名の奉仕活動の時間がある。」


 待ってましたとばかりに教室内がざわめく。

 腕に覚えがある者にとっては、自分の力を誇示出来るチャンスなのだ。


「内容は北の森の魔物討伐。戦闘系の学科を取っている者は張り切ってくれたまえ。日頃の成果を存分に発揮して活躍してくれる事を期待しているよ。」


 オオオォーーー!!と教室内から歓声が上がる。


「そうでない子たちも、魔物への対処法をしっかりと学んでくるんだよ。まぁ、そんなに怖がる必要はないさ。希望者には上級生の子達がついてくれるからね。」


 特に女子グループからホッと安堵した空気が流れる。

 戦術科にいる女子もいるし、魔術科には比較的女子が多いが、魔物との戦闘を経験しているのはその中でも一握りなので当然だろう。

 俺達のパーティが些かやり過ぎなだけなのだ。


「それでは解散だ。貴重な昼休みの時間を使ってしまってすまなかったね。」


 空気が弛緩し、喧騒を取り戻す。

 リーフは緊張した面持ちを隠せずにいた。


「課外授業・・・・・・いよいよね。」


 ヒノカはいつもと変わらぬ表情。


「私達であれば特に問題も無いとは思うが、北の方へは行った事が無いな。」

「・・・・・・そうね、そこだけは少し不安だけれど。引率の先生や先輩方も居られるし、北の方を探索する良い機会だと思いましょう。」


*****


 残暑も弱まり、課外授業当日。太陽が大地を照らし始めた頃。

 俺達はレンシアの街にある、普段は使われていない北門に集まっていた。


 一年生全員に引率の先生が十数名、上級生が50名ほど。

 それに荷物を載せた馬車数台を加え、200名を超える大所帯だ。

 注意事項の説明も終わり、いよいよ出発。

 先生を先頭と殿に据えて上級生達から北門を順番に抜けていく。

 北門を出ればすぐに森になっており、馬車一台がやっと通れる程の道が奥へと続いていた。

 この道を進んで行くと、森の中に広場が作られていて、そこを拠点として課外授業を行うらしい。


「1番のパーティ出発して!」


 一年生は全員自分のパーティの番号が書かれたゼッケンを着けている。

 そして、俺達が1番だ。

 低年齢層のパーティ程順番が若くなっている。

 俺達を傍から見ると小学校の行事にしか見えないだろう。


「私達ね、行きましょう。」


 リーフの号令に従い、俺達のパーティも北門を抜けた。

 早朝でまだ薄暗い森の中へ足を踏み入れていく。

 道は一本道で迷う心配はないが、所々に先に出発した上級生が二人一組で配置されていた。

 魔物が現れた時の事を想定しての事だろう。

 後ろに続く他のパーティは、上級生の居る場所で休憩を取ったりしているようだ。


 歩幅が違うので高年齢組には追い抜かされたりもしているが、俺達のパーティに疲れの色を見せる者はいない。

 ヒノカとリーフは余裕の表情で会話している。


「思ったよりも歩きやすいな。」

「そうね、森の中にしては道も広いし。」


 二人の会話に混じっていく。


「学校の行事で使うから、ある程度は整備してあるんだろうね。」


 後ろに続くニーナ、フィー、サーニャもまだまだ余力を残しているようだ。


「でもまだずーっと先みたいだねー。」

「人が道になっているみたい。」

「ほんとにゃ!蛇みたいだにゃ!」


 彼女らを横目に、一番後ろのフラムに並んで声を掛ける。


「フラム、まだ休憩取らなくて大丈夫?」

「ぅ、うん・・・・・・まだ、平・・・・・・気?」


「・・・・・・何で疑問形?」

「ぁぅ・・・・・・ご、ごめん。」


 フラムを挟んでリーフが横に並んだ。


「いつも貴女達に引っ張られているんだもの。そりゃあ体力も付くわよ。自分では気付いていないだけでね。」

「そ、そうなの・・・・・・かな?」


「ええ、そうよ。とは言え、無理は禁物。疲れたらちゃんと言うのよ?」

「ぅ、うん・・・・・・ありがとう。」


「他の皆は・・・・・・聞くまでも無いわね。」


*****


 漸く辿り着いた広場は参加者全員が腰を落ちつけられる程の広さがあり、中心には石造りの建物が構えられていた。

 立派な造りで、小さな砦と言っても遜色は無い。

 その砦には先生や救護要員が詰めることになっている。

 全員が揃ったところで砦の前に集合し、先生から説明を受けた。


 慣れていない者は広場周辺の森で魔物との戦闘訓練、夜は広場での野営訓練。

 慣れている者は自由行動で、四日後の正午までに広場に集合。

 当然、俺達は後者を選択した。


 ヒノカが腕を組み、周囲に広がる森を見渡す。


「さて、此処からどこへ向かう?」


 その言葉に、俺とリーフが答える。


「うーん、やっぱり北?行く機会あんまり無いだろうし。」

「そうね・・・・・・、真っすぐ北へ進んで、二泊したら折り返して戻ってくるのはどうかしら?」


 異を唱える者はいないようだ。


「行きの速度を落として、戻りの速度を上げればちょうど良さそうだね。」

「ふむ、それで決まりだな。もう少し休憩を取ったら出発しよう。」


 方針が決まった所で二人の上級生から声をかけられた。

 どちらも騎士の鎧を纏っており、イケメンである。


「やぁ、キミたちが1番の子達だね?」

「幼子が多いな。もう一人か二人回して貰った方が良いかもしれん。」


 上級生、ということは支援要員の人だろうか。


「えーと、支援要員の先輩・・・・・・で宜しいでしょうか?」

「あぁ、すまない。僕はレイソール、こっちの無愛想なのがバルド。キミ達の支援要員として選ばれたのが僕等二人だ。」


「申し訳ありません、私達は要請を出していないのですが・・・・・・。」

「えっ!?そうなのかい?確かに1番と聞いたのだが。」


 何か手違いがあったのかも知れない。

 まぁ、見た目から勝手に出されたのだろう。


「先生に確認を取った方が早いのではないでしょうか。私達も窺いますので。」

「すまないね、そうして貰えると助かるよ。」


 広場の中心にある砦の周囲には日よけのテントが張られ、その下で先生達がお茶をしていた。

 レイソールはそのテントの傍らに悠然と立っている老騎士に声をかける。


「先生。」

「どうしたのだ、レイソール。」


「1番の彼女等なのですが、支援要請を出していないとの事でして・・・・・・。確認をしていただけないでしょうか?」

「少し待っておれ。」


 老騎士は手に持った名簿をパラパラとめくる。


「確かに要請は出しておらんようじゃな。」

「そうでありましたか。すまなかったね、キミ達。どうやらこちらの手違いだったようだ。」


「バカモン!」


 カツン!と音が響く。


「っ~~~~!!!」


 鞘で打たれた頭を抑え、うずくまるレイソール。


「見れば幼子ばかりではないか、このような者らだけで森に入らせる訳にはいかんであろう!」

「し、しかし先生・・・・・・。」


 テント内でお茶を飲んでいた先生が騒ぎを聞きつけ、こちらへやってくる。

 ヒノカ達の戦術科講師であるジロー先生だ。


「どうした、何を揉めてんだ爺さん?」

「ム・・・・・・、ジローか、この子らのパーティに支援要員を付けようと思ってな。」


「なんだ、ヒノカとフィーじゃねぇか。コイツらにはいらねえよ。」

「腕は立つのかもしれんがの、森での野営となれば話は別じゃろうが。」


「あー、爺さんは知らねえんだったな。森で黒いオークを倒したのはコイツらだ。だからそっちも心配いらねえ。」

「フム、こやつらが・・・・・・。」


「あの一番ちっこい奴ですら冒険者だ。ランクもCときてる。そっちのお坊ちゃんの方が足手まといになるんじゃねえか?」


 ジロー先生の言葉に首を捻るヒノカ。


「ジロー先生にそのような話をした覚えはないのですが・・・・・・。何故知っているんです?」


 ヒノカの視線を受けてフィーが首を横に振る。


「わたしも話してないよ。」


 呆れ顔で二人を諭すジロー先生。


「おいおい、情報収集も戦術の要だと教えただろ?あんまりセンセーを見くびっちゃいけねえな。」

「オヌシが言うのであれば事実なのであろうが・・・・・・本当に大丈夫なのか?」


「まぁ、爺さんの言いたい事も分かるがよ。こいつらなら問題ねえだろ。」

「・・・・・・分かった。その言葉を信じるとしよう。時間を取らせてすまなかったな。」


「い、いえ・・・・・・ありがとうございました。」


 彼らに別れを告げ、その場を立ち去る。

 十分に離れた所でヒノカが息を吐いた。


「ジロー先生のおかげで何とかなったな。」

「そうね、気を取り直して課題の方に集中しましょう。」


 広場の北端で足を止める。

 眼前には鬱蒼と茂る森が立ち塞がっていた。


「ここからは道らしき道は無さそうだな。」

「目印を付けながら行った方がいいね。」


 俺はナイフを取り出し、手頃な木に近づく。


「あー・・・・・・、これはダメかも。」

「どうかしたのか?」


 リーフとヒノカが俺の後ろから覗き込んでくる。


「これは・・・・・・別の方法を考えた方が良いかしら。」


 俺が目を付けた木には既に大きく×印が彫られていた。

 去年か、もっと以前に付けられたもののようだ。

 よくよく見渡せば他にも別の柄が彫られた木があったり、白い布が括られた枝などが見受けられる。


「考える事は皆同じみたいだね。」

「もう少し目立つ印が欲しい所だが。」


「まぁ、方角くらいなら大体分かるし、古い目印を上書きしながら進もうか。」


 木に付けられた×印の上からナイフでなぞる。


「そんなので大丈夫なのかしら?」

「方角さえ分かれば、先輩達の残した目印を辿るだけでも良いわけだしね。」


 最悪俺が触手を伸ばして空から見ても良いしな。

 まぁ、それはあくまで緊急手段として使うだけだ。あまりチートに頼るのも良くない。

 いきなり使えなくなってしまう可能性だってあるのだから。


「ふむ、それもそうか。どの道、この場所へ続いているだろうからな。」

「そういうこと。」


 一歩、森の中へと足を踏み出した。

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