27話「聖域」

 視界が開けた瞬間、濃い木と土の匂いに鼻腔を刺激された。


「森・・・・・・なのか?」


 少し湿った柔らかい地面に生い茂る木々や絡み合う蔦が壁の役割を果たし、部屋と通路を作りだしている。

 この部屋からは三方向に通路が伸びているようだ。

 帰還の扉もちゃんと確認出来る。


「驚いたわね、これも迷宮・・・・・・なの?」

「そうですよ。他にもお城みたいな場所や海底神殿なんかもあると聞いた事があります。」


「へぇ、見てみたいわね。」

「今度はどっちに進むにゃ?」


 向かって左、真ん中、右の方向へ通路が伸びている。


「じゃあ・・・・・・とりあえず左で。」

「了解にゃ!」


 通路を進んでいくと地面に魔法陣が書かれた小さな部屋に突当たった。

 細かく描かれた魔法陣の中心には、大きく『せいいき』と日本語で書かれている。


「何だ、この部屋は?」

「この魔法陣は・・・・・・聖域の部屋、だと思います。」


「聖域の部屋?」

「魔法陣の効果で部屋の中に魔物が入って来られない場所があるんですよ。ですから野営をする時はこの部屋を見つけてからになります。先程の階層では見つけられませんでしたが、一つの階層に必ず一部屋あるみたいです。」


「確かに、こういう場所でもなければ野営どころか休憩もままならないものね。」

「ちょうど良い、少し早いが昼食にしないか?」


 食いしん坊の二人が目を輝かせる。


「ご飯にゃ!?」

「うん!」


「そうね、次が何時になるか分からないし、そうしましょう。」


 リーフとヒノカが鞄から大き目の土で作ったバスケットを取り出した。

 中にはサンドイッチがぎっしりと詰まっている。


「何をしているの?ラビリスもこっちへいらっしゃいな。」

「あ、あの・・・・・・でも。」


「同じパーティでしょう?それともサンドイッチは嫌いだったかしら?」

「いえ、その・・・・・・い、頂きます。」


 俺はサンドイッチを3つ胃の中に納めてから立ち上がった。


「確かめたい事があるからちょっと出てくるよ。皆はここで待ってて。」


「気を付けるんだぞ。」

「もう・・・・・・あまり時間を掛けないようにね。」


「運が良ければすぐに戻ってくるよ。」

「ちょっと待って、飲み水だけお願いできるかしら。」


 リーフが空の水筒を差し出してくる。


「了解。」


 俺はその水筒に触れ、魔法で中に水と氷を発生させた。

 氷が水筒の中でぶつかり合い、カランと音が鳴る。


「それじゃあ行って来るよ。」


 俺が通路の方へ向かうとラビリスに呼び止められた。


「ちょ、ちょっと待ってよ。」

「どうしたんですか?」


「そっち行くと部屋から出ちゃうよ。」

「そうですけど、それが?」


「い、いや危ないよ!?」

「危なくなったら逃げるので大丈夫ですよ。ラビリスさんも少し皆と待っていて下さい。」


「で、でも・・・・・・!ヒノカさんもリーフさんも止めなくていいんですか!?」


「まぁ、止めても聞かぬだろうしな。」

「確かめたい事って何なのかしら?」


 リーフの問いに答える。


「この聖域の事だよ。どれだけ役に立つか知っておいた方が良いでしょ?」

「どうやって調べるつもりだ?」


「魔物を連れてくる。」


 聖域の部屋が目の前にあった場合、魔物がどういう反応を取るのか、本当に安全なのか。

 その辺りは知っておきたい。


「そんなの危ないじゃない!」

「だから、今の内に調べておきたいんだよ。何かあってからだと遅いからね。」


「でも・・・・・・、だからって。」

「本当に危なければすぐに逃げて来るよ。約束するから。」


「・・・・・・もう、知らないんだから。」


 ギュッと袖が引かれた。フラムだ。


「ぁ・・・・・・あの・・・・・・。」


 恐る恐るこちらを見るフラムの頭を撫でる。


「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう。行ってくるね。」


 俺は魔力で身体強化し、通路を駆ける。

 歩調を合わせたりする必要がないので、それほど時間も掛からず最初の部屋に着いた。


 来た道とは別の通路を進んで行くと、新たな部屋の入口が見えてくる。

 部屋の中ではオークが二体争っている最中だ。

 縄張り争いでもしているのだろうか?


 まぁ、丁度良い。

 俺は適当な大きさの石を二つ拾い、二匹に投げ付ける。


 ガッ!ガッ!


 と両方の頭部にヒットし、二匹のオークは悲鳴を上げてもんどりうって倒れた。

 死にはしないが結構痛いだろう。

 二匹のオークが同時に起き上がるとこちらをギロリと睨み、激昂の声を上げる。


「よし、戻るか。」


 俺は二匹を引き離し過ぎないように注意しながら聖域の部屋への道を取った。


*****


「ただいまー。」


 俺の姿を確認し、ヒノカが刀を抜く。


「上手く連れて来れたようだな。」


 フィー達もヒノカに倣って武器を構えた。


 やって来たオーク達は部屋の手前で止まり、グルルと唸ってこちらの様子を窺っている。

 どうやら入ってくる気配はないようだ。


「本当に入って来ないのね。」

「でもずっとこっち見てるにゃー。」


「そうね、でもこれでは落ち着かないわね。」

「ごめんね、もう少し待ってて。」


 俺は魔力の触手を這わせ、オークを一匹がっちりと絡め取る。

 何が起こったか理解出来ていないオークがもがいて暴れるが意味をなさない。

 絡め取ったオークを聖域の部屋の方へと引きずり込む。

 オークが聖域の領域に触れた瞬間、バチッと火花が光り、同時に触れた箇所からオークの身体が崩れていき、断末魔を上げながら消滅した。


 呆気にとられたリーフが小さく呟いた。


「こんなに強力な結界だったのね・・・・・・。」


 残るは一匹。

 入り口近くでこちらを窺っているオークに近づき、聖域の中から攻撃を繰り出してみる。

 リーチが足りずに浅く傷を付けただけだったが、中からの攻撃も通るようだ。


「リーフ、魔法での攻撃を試してみて。」

「何だか卑怯な気もするけど・・・・・・仕方ないわね。”氷矢リズロウ”!」


 リーフの放った氷の矢は聖域の結界を通り抜け、狙ったオークを貫いた。


「これで良かったのかしら?」

「うん、ありがとう。」


「魔除けの結界くらいに思っていたけれど、予想以上に強力ね。」

「それでも野営時に見張りは必要だと思うが、幾分か気が楽になるな。」


「油断は禁物だけどね。皆が大丈夫なら、そろそろ探索に戻ろうか。」

「あるーは休憩しなくていいにゃ?」


「私はまだ全然平気だよ。」


 私の返答を確認すると、各々が腰を上げて出発の準備を整える。

 そして聖域の結界から抜けだし、迷宮の探索を再開した。


*****


 先の部屋に数体の魔物の姿を確認し、皆が武器を構えたところでラビリスが制止する。


「ま、待って下さい!」

「どうしたのだ?」


「部屋の中心にある大きな花、マーダーフラワーという魔物です。移動はしませんが、炎以外で攻撃すると毒性の花粉をまき散らします。あれは青い花なので、風邪毒と呼ばれる毒の花粉を飛ばします。」

「風邪毒・・・・・・?聞いた事ないわね。」


「一週間以上くしゃみと鼻水が止まらず、酷い時はそれに加えて高熱、最悪の場合はその高熱が元で亡くなってしまう方もいます。」


 強烈な花粉症と言った感じか。

 なんか鼻がムズムズしてきた。


「青い花は、ということは他にも種類がいるのかしら。」

「黄色が麻痺毒、紫色が遅行性の猛毒、赤色が即効性の猛毒。これらが確認されています。」


「治療法はあるのか?」

「迷宮内で拾える解毒薬なら全ての毒に効くそうです。治癒魔法でも一応効果はあるみたいですよ。」


「・・・・・・厄介ね。」

「だが、要は遠くから炎で燃やしてしまえば良いのだろう?」


「そうですが・・・・・・。爆炎玉を拾えていれば良かったのですけど。」

「どういう物なのだ、それは?」


「使うと部屋の中を炎で焼き尽くす魔法が発動する道具です。」

「確かにそれがあれば問題なさそうだが・・・・・・。」


 ヒノカがちらりとフラムに視線を向ける。

 リーフも同様の考えのようだ。


「フラム、いけるかしら?」

「ぇ・・・・・・、えぇっ!?」


「今のフラムなら大丈夫だよ。ずっと練習頑張ってるんだから。」

「そうよ、もっと自信を持ちなさい。炎の魔法なら私より強力なのだし。でないと私の立つ瀬がないわ。」


「で、でも・・・・・・ううん、が、頑張、る。」


 そう言ってフラムが部屋の方へ構えた。


「”火嵐フォムデウィード”!」


 フラムの構えた掌から現れた炎の大蛇が通路を通り、部屋の中でとぐろを巻くように暴れる。

 巻き込まれた魔物たちは断末魔をあげる暇もなくその姿を灰へと換えられていく。

 部屋の中央に鎮座していた青い花の魔物も、炎の大蛇に飲まれ跡形もなく消え去った。


 サウナのように熱が残っている部屋へ足を踏み入れる。


「凄いわね・・・・・・余熱で肌が焼けてしまいそうだわ。」

「魔物の気配はもう感じないな。」


「頑張ったね、フラム。」

「ぅ、うん・・・・・・ありが、とう。」


「あ、またお金が落ちてたよー。」

「パンは?」


「ないにゃー・・・・・・。」


*****


 以降の探索も順調に進み、5階の聖域の部屋まで到達した。

 このフロアは洞窟のような迷宮になっている。

 とは言っても、背景がそうなだけで四角い部屋が通路で繋がれているだけなのは同じだ。

 ラビリスの提案で探索を終わらせた後、野営を行う事になった。

 テントも持って来ていないので火を熾すだけなのだが。


 薪になるような物が調達出来なかったため、哀れこん棒は解体されることとなった。

 本日の成果は鉄のナイフに雷光玉、迷宮内のお金らしいコインが数枚。

 あとは解体したこん棒と食べてしまったパンである。


 4階分にしては引きが悪い気がするが、ラビリス曰く、これで少し良い位らしい。

 まぁ、一人用のゲームと違ってプレイヤー数がごまんといるのだから、当然といえば当然か。


 ナイフはこん棒の代わりにラビリスに渡してある。

 迷宮内の土からラビリス用の武器を作ろうと思ったのだが、どうやら迷宮内の土や石は俺の魔法では加工出来ないようだ。

 拾ったナイフにも試してみたが、こちらも俺の魔力を受け付けない。

 迷宮産のアイテムは少し勝手が違うようだ。


 雷光玉は部屋内の敵に雷攻撃できるアイテムらしい。


「貴女は迷宮の事に詳しいのね、ラビリス。」

「そうだな、凄く助かっている。」


「い、いえ・・・・・・。いつも迷宮に関する本ばかり読んでいますので。」


 出会った時に抱えていた電話帳のような本もそうなのだろう。


「魔物の特徴もスラスラと答えていたわよね、全部覚えているのかしら?」

「そうですね・・・・・・。図鑑などで読んだものは覚えています。」


「わー、凄いね!ボクなんか教科書の内容も全然覚えられないのに!」

「あちしは読めないにゃ!」


 ニーナとサーニャのセリフに、リーフが深いため息を吐いた。


「はぁ・・・・・・貴女達、学院に戻ったら勉強よ。」


「え゙っ!?」

「に゙ゃっ!?」


 小さく笑ってからヒノカとリーフがラビリスに話しかける。


「藪を突いたか・・・・・・。それより、そろそろ敬語は止めたらどうだ、ラビリス。」

「そうね、同じパーティなのだし。」


「あの、でも私・・・・・・。」

「貴女もね、アリス。そうでしょう?」


「うん、そうだね。」

「ぁぅ・・・・・・、えっと、親しい人は私の事をラビって呼ぶ・・・・・・の。」


 口々によろしく、とラビに笑いかける。


「ぅ、うん・・・・・・こちらこそ!」


 その後は眠くなるまで雑談し、見張りを決めてから休息を取る事にしたのだった。


*****


 身体を揺すられる感覚に目を覚ます。


「起きなさい、アリス。朝・・・・・・かもしれないわ。」


 寝ぼけ眼を擦りながら起き上ると、寝る前と変わらない景色が目に映った。

 迷宮内では夜の闇も朝の光も分からないため、頼りは腹時計だけだ。


「・・・・・・眠った気が、せんな。」

「ホントに・・・・・・、ふぁ・・・・・・。」


 いつもはシャキっとしているリーフとヒノカも、流石に眠そうだ。


「あるー、お腹空いたにゃー。」

「ちょっと待ってね。・・・・・・はい、サーニャの分。」


「ありがとにゃー!」


 鞄から携帯食を取り出してサーニャに手渡すと早速がっつき始めた。

 地べたに外套に包まって寝ていただけなので身体の節々が痛む。


「ぅー、身体が痛い・・・・・・。」


 自分の携帯食を取り出し、代わりに鞄の中に外套を押し込んだ。

 携帯食を口に頬張り、水で流し込む。

 朝食を終えた頃には、すっかり目も冴えてしまっていた。


「それでは出発するとしよう。皆、準備はいいな?」


 ヒノカの問いに頷いて答える。


「今日はこのまま次の迷宮だったわね。門の場所は覚えているかしら?」

「ああ、問題無い。」


 探索を再開し、次の迷宮への門へ辿り着く。

 昨日の時点で見つけていたので、そんなに時間は掛かっていない。


「次の迷宮からが本番、だったな。」

「うん、6階から迷宮が広く複雑になって、お宝も増えるって聞いてるよ。更に11階以降はもっと複雑になるんだって。」


 ラビの説明を聞く限り、5階までは初級コース、10階までは中級コースといった感じか。


「ふむ、それなら次の目的は10階だな。」

「そうね、あと二日くらいは掛かるかしら?」


「じっくり探索しながらだともう少しかかるかもね。」


 そんな話をしている内に真っ先にサーニャが光の門へ飛び込んだ。


「よーし、行くにゃー!」


 次いでヒノカ。


「また先を越されたか!」


 ニーナ、フィーがそれに続く。


「行こっ、フィー!」

「うん!」


 残っている仲間達の方へ向き、声を掛ける。


「私は最後に入るから、次はリーフとラビね。」


「分かったわ。行きましょう、ラビ。」

「はい!」


 二人が進んだのを確認し、最後に残ったフラムに手を差し出した。


「それじゃ、行こう。」

「ぅ、うん。」


 フラムの手を取って門をくぐり、次の迷宮へと辿り着いた。

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