26話「突入」

 ―――翌日。

 俺達は迷宮のある遺跡に来て探索者達に混じり、順番待ちをしている。

 キョロキョロと辺りを見回しながらリーフが呟いた。


「ここも人が多いわね。」

「この街の最大の名所だからな。」


 フードをすっぽりと被ったサーニャが唸る。


「う~、あづいにゃ~。」


 ずっと並びっぱなしでニーナとフィーも退屈そうだ。


「ねー、まだかかりそう?」

「うん、まだいっぱい並んでる。」


 迷宮への入り口のある部屋へと通されたが、俺達の順番はまだ先。

 まるでどこかの遊園地のアトラクションに並んでいる感覚だ。

 身長制限は無いようだが。


「それにしても・・・・・・軽装の人ばかりなのね。」


 殆どの人は俺達と同じ様に安物の服を着ている。

 高価そうな装備を付けている者はほんの一握り。

 所謂ガチ勢というやつだろう。


「実利を求めるとそうなるんだろうね。」


 鍵を使わずに戻れば赤字確定なのだ。

 装備にお金を掛けたくないのも分かる。


 そんなことを話している間にも少しずつ列が進む。

 ボーっと並んでいると、列の外から声を掛けられた。


「こんにちは。」


 昨日の少女とその母親だ。


「本当に行くんだねぇ。お嬢ちゃん。」

「はい。昨日はありがとうございました。」


「アリス、こちらの方は?」

「昨日、この服を買ったお店の人だよ。それで、今日はどうしたんですか?」


「いやぁ、保険がいると思ってね。どうだい、お嬢さん方?もう決まっちまったかい?」

「いえ、ちょうど良かったです。これでお願いできますか?」


 銀貨を一枚手渡す。これで手持ちはゼロだ。


「はいよ。お釣りは戻ってからで良いね?」

「はい、よろしくお願いします。」


 列の前後では俺達と同じ様に保険の契約を行っている。

 そして遂に、案内員が俺達の順番が回ってきた事を間延びした声で告げた。


「次の方、どうぞ~。」

「それじゃあね、無事に帰ってくるんだよ。」


 迷宮の入り口の光の門の上にある時計がちょうど真上を指している。


「同じパーティの方は針が一周するまでに入って下さいね。」

「一番にゃー!」


 案内員の説明も待たずにサーニャが光の門へ飛び込んでいく。


「くっ、遅れたか!」


 続いてヒノカ。


「行こっ、フィー!」

「ぁ、ちょっと。」


 ニーナがフィーの腕を掴んで引きずり込む。


「もう・・・・・・元気ね、あの子達は。」


 リーフがスタスタと門の中へ入っていく。


「大丈夫だよ、行こう?」

「ぅ・・・・・・うん。」


 躊躇するフラムの手を取って門をくぐる。

 その先には石造りの迷宮が広がっていた。


「思ったよりも広いわね。」


 がらんとした四角い部屋から一本の道が伸びており、その反対側の壁には扉が設置されている。

 あれが帰還の扉だろう。


「全員揃ったな、早速進もうではないか。」


 張り切って先頭をとるヒノカ。

 だが、背後から聞こえた少女の小さな悲鳴に、踏み出そうとした足を引っこめた。


「きゃっ!」


 ドサッ―――。

 物音に振り返ると少女が何もない所で転んでいた。


「どうしたのだ?」

「・・・・・・さっきの服屋の娘ね。」


「えへへ、来ちゃった。」


 少女は俺の顔を見て下をペロリと出す。

 俺は持っていた帰還の鍵を取り出した。


「待って待って待ってー!少しだけでいいから、お願い!」


 その手を掴んで食い下がる少女。


「えーっと・・・・・・、どういうことなのかしら?」


 リーフに昨日の経緯を説明すると溜息を一つ。


「はぁ・・・・・・帰って貰いましょう。」

「そ、そんな・・・・・・!お願いします!足手まといにならならいよう頑張りますから!」


「とは言っても・・・・・・。」

「ふむ、まぁ仕方ないだろう。連れて行こう。」


 ヒノカの言葉にリーフが抗議の声を上げる。


「ちょっと、ヒノカ!?」

「鍵は一つしかないのだろう、アリス?」


 その問いに鍵を摘んで見せて答える。


「うん、これだけだね。」

「それなら起動語で戻って貰えば・・・・・・。」


「いや、あれはパーティ全員強制帰還だから・・・・・・裸で。」

「はぁ・・・・・・、そうだったわね。・・・・・・仕方ないわ。」


「あ、ありがとうございます!」


*****


 少女の名はラビリス。11歳。

 この迷宮都市で生まれ育ったが、まだ一度も迷宮に入った事がなかったらしい。

 子供たちがやっている度胸試し等ではなく、きちんとしたパーティで挑みたかったのだが、どのパーティにも入れて貰えなかったようだ。

 まぁ、当たり前だと思うが。


 俺のような子供がいるパーティならと思ったが断られてしまい、それならと意を決して飛び込んで来たそうだ。

 その話に苦笑しつつも、ヒノカが迷宮へと視線を戻す。


「さて、気を取り直して進もうか。」


「その前に、これ脱いでもいいにゃ?あついにゃー。」

「そうね、もう周りには誰も居ないし、脱いで仕舞っておきましょう。」


「確かに、このままだと刀が扱い辛いな。」


 身体を覆い隠していた外套を脱いで各々の鞄に仕舞う。

 ちなみに俺とニーナは元々着ていない。

 鞄には仕舞ってあるが。


 ラビリスがサーニャの耳と尻尾を見て息を飲む。


「ひっ!じゅ、獣人・・・・・・!?」

「あー、私の使い魔だから大丈夫ですよ。」


「ぇ・・・・・・?つ、使い魔?」


 皆、そんな反応は慣れっこなので気にも留めない。


「よし、もう大丈夫だな。今度こそ出発だ。」

「おー!にゃ!」


 これで8人パーティ・・・・・・馬車でも欲しいな。


 最初の部屋から伸びている通路を進む。

 人が三人ほど並ぶのがギリギリの幅で、戦うには少し狭い。


「ね、ねぇ。」


 俺の後ろを歩くラビリスが裾を引く。


「どうしました?」

「皆の持ってる武器って・・・・・・何?見た事が無い素材なんだけど。」


「土で作った武器ですよ。」

「なるほど土・・・・・・土!?だ、大丈夫・・・・・・なの?」


 疑問を口にするラビリスの顔はどう見ても大丈夫じゃない、という顔だ。


「見ててもらえば分かりますよ。」


 少し進むとL字の曲がり角が見えてくる。


「あ、あの・・・、曲がり角には気を付けて下さい。この迷宮の魔物達も通路を移動しているので。」

「ふむ、分かった。少し注意しておこう。」


 魔物の気配は感じないが、念の為確認しながら進んでいく。

 先頭を歩くヒノカがピタリと足を止める。

 通路の先には部屋が見え、ゴブリン2体が何やら会話しているようだ。


「い、いきなり魔物がいるなんて・・・・・・そんなぁ。」


 ラビリスは青い顔になりガタガタと震えている。


「2体・・・・・・死角にもう1体いるな。」

「うん、3体で合ってると思う。」


「左のをリーフの魔法で、右のをニーナ、死角のは私が片付ける。」


「分かったわ。」

「りょーかい。」


「フィーは私の後に飛び込んで援護出来るようにしてくれ。」

「うん。」


「あちしはー?」

「アリス達と後ろを守っていてくれ。」


「むー、つまんないにゃー。」

「まぁまぁ、また後で活躍できるよ。」


 むくれるサーニャを宥める。


「それじゃあ頼む。」

「いくわよ・・・・・・”氷矢(リズロウ)”!」


 リーフの放った氷の矢はヒノカが指定したゴブリンへ真っすぐ飛んでいき、狙いを外すことなくゴブリンの頭部を破壊する。

 次の瞬間にはニーナの剣が翻り、もう一体のゴブリンを切り捨てていた。

 ヒノカが消えた死角の位置から断末魔が聞こえ、一瞬の静寂が訪れる。


「もう大丈夫だぞ。」


 ヒノカの合図で通路に残っていた俺達も部屋に足を踏み入れる。

 倒れたゴブリンの死体がボロボロと崩れ出し、最後には跡形もなくなってしまった。


「なんだ、死体が消えたぞ?」

「え、えと・・・・・・原因は分かっていませんが、一説では迷宮に食べられているのでは、とされています。」


「死体を喰らう迷宮、ね。不気味だわ・・・・・・。」


 単に死体が残っていたら邪魔だからだと思うが。

 ヒノカが何かを見つけて声を上げた。


「あれは・・・・・・入り口で見たのと同じだな。」


 視線を向けている部屋の隅には光の門。


「次の迷宮への入り口ですね。あれをくぐるとこちらへは戻って来られません。」


 時計は付いていないので時間で別々の迷宮へ飛ばされる、ということは無いのようだ。


「ふむ、案外あっけなかったな。」

「でもまだ探索していない場所があるようだけれど・・・・・・。」


 この部屋に入ってきた通路とは別に、二本の通路がこの部屋から伸びている。

 どうする?と二人がこちらに視線を向ける。


「んー、まだ皆慣れていないだろうし、とりあえずこの迷宮の探索を続けよう。」

「分かった。」


「そうね、じっくり行きましょう。」


 片方の通路を選び、進んでいく。


「ねぇ、キミのパーティの人達、凄いのね。ビックリしちゃった。」

「えぇ、そうですよ。でないと迷宮になんて来ません。」


「それもそうね!私俄然やる気が出てきちゃった!」


 次に辿り着いた部屋には魔物はおらず、コインが少し入った袋と何かが入った紙袋を拾った。

 コインを摘まんで調べるリーフ。


「これは金貨・・・・・・ではないわね。」

「はい、迷宮の中で使えるお金ですよ。」


 ラビリスの言葉にヒノカが首を傾げる。


「そんなものが使える場所があるのか?」

「お店を構えている魔物がいて、そこで使えるお金みたいです。」


「いや、しかし・・・・・・魔物なのだろう?」

「きちんと取引をすれば大丈夫だと聞いています。買った人の話では商品はちゃんとした物が売られているみたいですよ?」


 リーフが驚きの声を上げた。


「魔物がお店!?俄かには信じられない話ね。」

「私も実際に見た訳ではないので何とも・・・・・・。」


 言葉を失って頭を捻るヒノカ達に声を掛ける。


「とりあえず拾っておいて、その時に考えればいいんじゃない?」

「ふむ・・・・・・確かに、そうだな。」


 一応納得したヒノカが、もう一つの収穫物を手に取った。

 紙袋に入れられていたそれを取り出す。


「こっちは・・・・・・・・・・・・パン、か?」

「・・・・・・・・・パン、よね?」


 どうみてもパンです。


「そうですよ。あの食べるパンです。」

「食べる?食べても大丈夫なのか・・・・・・?」


「大丈夫ですよ。街の子にはパンだけ食べて脱出するような子もいますし・・・・・・。」


 食費は浮きそうだな。

 しかし何というか、逞しい子供たちである。


「ほら、大丈夫ですよ。」


 ラビリスがパンをちぎって口の中に放り込んだ。

 それを見たフィーが後に続く。


「はむ。」


 ・・・・・・ちょっと取り過ぎじゃないですかね。


「ボクもー!」

「あちしも欲しいにゃー!」


 皆に一口ずつ行き渡る頃にはすっかり姿を消してしまった。


「味も・・・・・・良いな。」

「そうね、驚くくらい。」


「不思議な事に迷宮産のパンは腐ったりしないんですよ。」

「えっと・・・・・・どういう事かしら?」


「迷宮から持ち帰ったパンは何年放置していてもカビが生えたり腐ったりしないんです。5年くらい放置していたのを食べた事があるんですけど、味も全く変わらなかったですよ。あ、でも迷宮の罠に掛かると腐ってしまう事があるらしいです。」

「へ、へぇー・・・・・・。」


 まぁ、ゲーム的には正しいと言えばそれで正しいのだが。

 お腹壊さないといいな。


*****


 別の通路を進み、次の部屋へ到着する。

 ヒノカが部屋に落ちていた物をひょいと拾い上げた。


「これは?」


 木で出来た鈍器で先端にいくほど太くなっており、トゲが付けられている。


「こん棒だね。」

「ふむ、まぁ・・・・・・薪代わりくらいには使えるか?」


「そうね、必要になったら燃やしてしまいましょう。」

「つ、使わないんですか?」


「武器ならこいつがあるからな。」


 腰に下げた刀をコンと叩く。


「ラビリスが持っていると良いんじゃないかしら。何も持っていないみたいだし。」

「え・・・・・・は、はぁ。」


 おずおずとこん棒を受け取るラビリス。

 丸腰よりはマシだろう。


「さて・・・・・・そろそろ来るな。」


 ヒノカが来た道とは反対の通路に視線を向けた。

 魔物の気配だ。


「一匹にゃ!さっきのゴブリンとかいう奴にゃ!あちしがいっても良いにゃ?」


 キラキラとした目でこちらを見てくるサーニャ。


「怪我しないようにね。」

「分かったにゃー!」


 気配のする通路へサーニャが駆け、通路へと消える。

 ゴブリンの短い悲鳴が聞こえ、その気配が途絶えた。


 サーニャが通路からトテトテと走って戻ってくる。


「終わったにゃー!」

「お疲れさま、怪我は無い?」


「大丈夫にゃ!」


 ―――カチリ。

 サーニャの踏んだ地面が僅かに凹んだ。


「にゃ?」

「後ろだっ!避けろ!」


「に゙ゃあぁぁっ!?」


 サーニャが横に跳躍して後方からの飛来物を避ける。

 そしてサーニャの向かっていた先には―――


「うわっ!ボクらの方に来るよ!」

「避けろ!」


 ヒノカがリーフを、フィーとニーナがフラムを掴んで飛び退く。

 俺は近くに居たラビリスを押し倒して避ける。

 俺達の立っていた場所を「ゴゥッ!!」と丸太が通過していき、どこかへと消えてしまった。


「ごめんなさい、ラビリスさん。頭を打ったりしていませんか?」

「ぅ・・・・・・ううん、平気。あ、ありがとね。」


 押し倒してしまったラビリスを助け起こす。

 皆も無事なようだ。


「しかし・・・・・・今のは何だ?」

「罠の一つですね。・・・・・・沢山の方が吹き飛ばされて壁に激突して亡くなっています。」


 5ダメってレベルじゃねーぞ!


「ご、ごめんなさい・・・・・・にゃ。」

「誰も気付かなかったのだから仕方ないわ。皆無事だったのだし、良しとしましょう、ね?」


 落ち込むサーニャの頭を撫でて慰めるリーフ。


「しかし、何か対策を立てないといかんな。」

「ええ、でもどうすれば良いのかしら。」


 そしてリーフが一歩踏み出した瞬間。

 ―――カチリ。


「・・・・・・え?」


 無数の触手が地面から生えて一瞬でリーフを包み込む。


「くっ、今助けるぞ!」


 ヒノカが刀を抜き、構えた頃には既に触手の姿は無くなっていた。

 その場にはリーフが持っていた短剣と身に付けていた衣類が綺麗に畳まれて置かれ・・・・・・傍らには生まれたままの姿を晒したリーフが茫然と立ち尽くしていた。


「い、イヤアァァァァァーー!!」


 状況を理解したリーフの絶叫が迷宮内に響き渡る。


「な、何!?何なの!?何でわたし・・・・・・!!」


 顔を真っ赤にして慌てふためくリーフに、ヒノカが自分の外套を取り出して被せてやる。


「お、落ち着けリーフ。怪我はないか?」

「ぁ・・・・・・う、うん。大丈夫・・・・・・みたい。」


「い、今のは何だったにゃ?」

「装備を外す罠だったみたいだね。」


 あの一瞬で装備を剥ぎ取って綺麗に畳んでしまうとは・・・・・・恐るべし。

 俺も見習いたいものだ。


「なんて場所なのよ此処は、もぉ~~~っ!!」


*****


 それから二つのハズレ部屋を探索し、最終的にはぐるっと回って次の迷宮への入り口がある部屋に戻ってきた。


「あれ、戻ってきちゃったよ?」

「一周して戻ってきた・・・・・・というところかしらね。」


「まだ探索していない場所が残っているが、どうする?」


 Bダッシュでササッと戻って確認、なんて訳にはいかない。

 進んできた時間を考えると正直面倒だ。


「んー、戻るのも面倒だし、先に進んじゃわない?」


 俺の提案に肯定するヒノカ。


「私はそれでも構わんが・・・・・・皆はどう思う?」


 少し考える素振りを見せてリーフが答えた。


「問題無いんじゃないかしら。戻る時間が勿体無いものね。」


 ニーナとフィーも反対する様子はない。


「いいもの落ちてなかったしねー。」

「うん、パンぐらい。」


 サーニャとフラムはどちらでも良いという感じだ。


「よく分かんないから付いてくにゃー。」

「ゎ、私・・・も、ぉ、お任せ・・・で。」


 皆の視線がラビリスに集まった。


「低い階層にいい物が落ちている確率は低いと聞いたことがありますから、私もそれで良いと思います。」


 答えが出たところで門へと視線を戻す。


「それじゃあ、決まりだね。」


 最後に皆で頷き合い、光の門へと一歩踏み出したのだった。

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