28話「アリスのルー」

 いきなりの剣戟と共に目に飛び込んできたのは動く鎧の魔物。

 よくあるお金持ちの屋敷に飾ってある西洋の甲冑がそのまま動き出したかのようだ。


「くっ、全く効いてないぞ!」

「コイツ堅過ぎるにゃー!」


「ダメ、魔法も効いてないみたい!」


 先に入った者達で相手をしているが、こちらの攻撃は殆ど効いていない感じである。

 しかし、動きはそれほど早くもないので相手の剣を避けるのは難しくはない。

 俺も刀を抜いて構えるが、これでは精々鎧に傷を付ける程度が関の山だろう。


 ラビが叫んで魔物の情報を伝える。


「そいつは魔鎧騎士だと思う!鎧の中にある珠を砕けば倒せるはずだよ!」


「・・・・・・たま、見えた!」

「けど、あの場所じゃ剣が届かないよ!」


 魔力視を発動させると、鎧のちょうど真ん中に魔力が集中している場所がある。

 そこに珠があるのだろう。

 確かに鎧の隙間から剣を通して破壊するには難しい位置だ。


「こちらでも見えたが、あの位置だと鎧ごと貫くしかないぞ!」

「そんなこと出来るにゃ!?」


「フフッ、無理だな!」


 そんなやりとりをしながらも攻撃の手を休めないが、鎧の表面が削れる程度だ。


「”氷矢リズロウ”!」


 リーフの放った氷の矢が小気味の良い音を立てて命中するが、バランスを崩し、たたらを踏ませた程度だ。

 ダメージは鎧が少し凹んだくらいか。


「フ、”火弾フォムバル”・・・!」


 続けてフラムが灼熱の玉を鎧に向かって飛ばす。

 危険だと判断したのか、鎧の魔物は盾を構えてそれを受け止めた。

 爆風が巻き起こり、部屋の中を火傷しそうな程の熱風が吹き荒れる。


「ひぃー!あ、熱いにゃー!」


 思わず爆心地から距離を取るヒノカ達。


「ぁぅ・・・・・・ご、ごめん・・・・・・なさい。」

「油断するな!まだ終わってないぞ!」


 煙が晴れると、鎧の魔物は変わらず健在していた。

 流石に盾は熱でひしゃげて使い物にならなくなってしまったようだが。

 鎧の魔物は狙いをフラムに変えて剣を構える。


「ぁ・・・・・・あぁ・・・・・・。」


 剣の切っ先を向けられたフラムはペタンと地に崩れてしまう。

 その隙を逃さず剣を振り下ろす鎧の魔物。


 ギィィィ―――ン!!!


 一際甲高い音が部屋中に木霊した。

 フィーが鎧の魔物の剣を斬り払った音だ。

 速度の乗った重い一撃に思わず後ずさる鎧の魔物に、ニーナの蹴りが追い打ちをかける。


「いったーーーーい!堅過ぎー!”暴風(デウィード)”!」

「リーフ、フラムを頼んだぞ!」


 ニーナの魔法を受けた鎧の魔物に更にヒノカが斬りかかり、フラムとの距離を離す。


「分かったわ!ほら、立てる?」

「ぁ・・・・・・ごめん、なさい・・・・・・・・・ごめんなさい。」


 ポロポロと涙を零すフラムをリーフがそっと抱きとめる。


「もう、泣かないの。仕方のない子ね。」


 こんな状況でなければ眺めていたいところだが、そうもいかない。


「アリス!何か手はあるか?」

「うん、もうちょっと待って。」


 俺は自分の手を魔力視で確認する。

 掌から一本の触手が伸び、その先端には指が五本。

 そう、そこには文字通り【手】がある。

 自分の手を握ったり開いたりするとその【手】も同じように動く。


 まぁ、要するに触手の先に手を付けたのだ。

 【魔手】とでも呼ぼうか。


「少しだけそいつを引きつけておいて!」

「任せろ!」


 俺はその隙に鎧の背後へと回り込み、鎧の中が見える位置へ陣取った。

 ちょうど肩と兜の隙間から弱点と思われる珠が見える。

 そこ目がけて魔手を伸ばす。

 スルリと鎧の隙間から触手を挿し入れ、五本の指でガッチリと珠を掴んだ。


 オオオオオォォォォ――――・・・・・・!!!


 谷間に吹く風のような唸り声を上げ、暴れ出す鎧の魔物。

 それを無視して力一杯魔手を引き寄せる。


 ――プチ。―――プチチッ。――――ブチブチブチブチチィッ!!!


 何かが千切れる感触と共に鎧の隙間から珠が引きずり出された。


「貰ったにゃ!!」


 サーニャの拳が珠に突き刺さり、そこからピキピキと罅が入って―――砕けた。

 鎧の魔物は断末魔を上げ、ガラン、ガランと中身のない鎧が地面へと落ちていく。

 断末魔が鎮まる頃には地面に落ちた鎧も跡形もなく消え去っていた。


「ふぅ・・・・・・終わった、か。」

「ふふん、あちしがやっつけてやったにゃ!」


「うん、もう大丈夫みたい。・・・・・・おわっ!」


 フラムが肩を震わせながら抱きついてくる。


「大丈夫?怪我はない?」


 落ち着かせるように頭を撫でると、コクコクと首を縦に振る。


「それで、サーニャ。一体何があったのかしら?」

「・・・・・・にゃ?」


 問われた意味が分からず首を傾げるサーニャ。


「貴女が一番最初に門に入ったのよ。」

「・・・・・・ハッ!そうだにゃ!アイツがいきなり襲ってきたんだにゃ!酷いやつにゃ!」


「ラビ。門を通った時に魔物がいるというのはよくある事なのかしら?」

「う、うん。ごめんね、私も聞いた事があっただけだから、すっかり忘れてて・・・・・・。」


「それなら入る順番を決めておいた方が良さそうね。」


 一番にヒノカが手を上げる。


「なら、私が先陣を切ろう。」

「そうね、お願いするわ。」


「あちしはー?」

「サーニャは・・・・・・フィー、ニーナ、サーニャの順かしらね。」


「えぇ~、一番がいいにゃー!」

「まずはフィーとニーナにテストの点で勝てたら考えてあげるわ。」


「ょ、四番で良いにゃ・・・・・・。」

「あははー・・・・・・。ボ、ボクも三番で良いかなー。」


「五番目は私ね。続いてラビ、フラム。」


「はーい!」

「ぅ、うん。」


「殿は任せて構わないわよね、アリス?」

「うん、大丈夫。」


「全員決まったわね。基本はこの順番で行きましょう。」

「今までとほとんど変わらない気がするが・・・・・・。」


「確かにそうだけれど、きちんと決めておく事が大事なのよ。」

「ふむ、確かに心構えは大事だな。」


*****


 一息入れる暇もなく探索を開始する。

 今度の迷宮はザ・古代遺跡と言った感じの様相だ。

 壁には所々人間だか動物だかよく分からない、如何にもな像が彫り込まれている。


「不気味な像ね・・・・・・一体いつの時代の物かしら。」

「偉い学者の人達が調べても、この迷宮に出てくる遺跡とかの謎は全く分かってないんだよ。全く別の世界の文明なんじゃないかって言われているぐらい。」


 どうせ神様が適当に作った迷宮用のパーツだろう。

 どの迷宮も同じパーツを使いまわしているようだしな。

 通路なんかは特に顕著だ。一定間隔に同じ傷のついた壁が並んだりしている。

 まぁ、ゲームみたいなものだから仕方ないと思うが。


 変わらぬ景色を眺めながら歩を進める。


 鎧の魔物を倒してから数時間は過ぎただろうか。

 初めはワイワイと騒いでいた者達も今は静かだ。

 どうにか聖域の部屋を見つける事は出来たが、次の迷宮への門がまだ見つかっていない。

 重くなった身体を引き摺りながら、リーフが口を開いた。


「ねぇ、随分と・・・・・・広い気が・・・・・・するのだけれど。」

「そうだね、これだけ広いとマッピングしながら進まないと不味いかも。」


「まっぴんぐ・・・・・・?」

「地図を描く事ね。」


 ちなみにフラムとラビは既にダウンしており、俺とヒノカが背負っている。

 リーフとの会話を聞いていたヒノカが会話に混ざる。


「地図・・・・・・か、しかし書き留める物がないぞ?」

「そうなんだよねぇ・・・・・・、次来る時は何か持って来ないと。」


 様子見ということで、持ちこんだ物なんて食料くらいなのだ。

 そんな話をしながら、また新たな部屋に到着する。


 魔物は居ないようだが、罠はあるようだ。

 罠のある一画を指差し、皆に注意を促す。


「あの辺りに罠があるから注意して。」

「ええ、分かったわ。」


 普通の人には罠を見分ける事が出来ないが、俺には可能である。

 罠が設置されている場所は魔力を帯びており、魔力視で判別出来るのだ。

 罠も魔道具の一種で、踏まれた瞬間にスイッチが入り、帯びている魔力で発動するように出来ている。

 その為、一度発動してしまえばそれ以降はスイッチを踏んでも発動しない。


 まぁ、魔道具なのでスイッチを入れながら魔力を流し込めば何度でも使えるが。

 とは言え、魔力視だけでは罠の種類が分からないので、攻略に使うには危険過ぎる代物だ。


 罠に気を付けながら部屋に入って中を見渡す。

 アイテムも、次の迷宮への入り口も無いようだ。


「また外れかにゃー・・・・・・。」


 がっくりと肩を落とす俺達。

 まぁ、いつまでも落ち込んではいられない。

 疲れ切った皆を見回し、提案する。


「ここで少し休憩して、一度聖域の部屋まで戻ろうか。」

「そう・・・・・・ね。今日はそれで終わりましょう。」


 反対を唱える者はいなかった。

 部屋の中心で通路を交代で見張りながら休憩を取る。

 フラムとラビが何とか歩けるまで回復したところで、来た道を戻り始める。


 順調に歩みを進めていたかに見えたが、途中で問題が生じた。


「・・・・・・どの道だったかしら。」

「・・・・・・すまん、分からん。アリスはどうだ?」

「・・・・・・ごめん。」


 帰り道を忘れてしまったのだ。

 疲れた身体で歩き回り、戦闘も何度かしている内に、すっかり記憶が抜け落ちてしまっている。


 さてどうするかと相談を始めようとした時、ラビの声がそれを遮った。


「あの道だよ。」


 ラビが一本の道を指差す。

 リーフが驚いた顔でラビに問う。


「ラビ・・・・・・貴女、分かるの?」

「う、うん・・・・・・多分、だけど。今日通った場所は全部分かる・・・・・・と思う。」


「ふむ、それなら問題なさそうだな。案内は任せるぞ、ラビ。」

「え、で・・・・・・でも間違ってるかもしれないよ?」


「まぁ、その時はその時だよ。私達も覚えていない訳だしね。」

「そうだな。今はラビを信じよう。」


「そう言う事よ、お願いするわね、ラビ。」

「が、頑張るよ。」


 ラビの案内通りに迷宮を進み、何とか聖域の部屋へと辿り着く事ができた。

 5階までと同じ様な感じで進んでしまい、手痛いしっぺ返しを貰ってしまったが、皆無事で何よりだ。


 ただ、迷宮が大きく複雑になっただけではなく、収穫も多くなった。

 武器や防具など、お金になりそうなものは相変わらずだが、食料となるものが増えている。


 パンにおにぎり、干し肉、水、果ては生野菜まで。

 量もそうだが、種類も多くなっているのだ。


 これだけのダンジョンを攻略しようと思えば、持ち込まなければならない食料もかなり多くなる。


 例えば俺達の場合、一週間分の携帯食だけ用意しているので、そこまで重くは無い。

 だが、一週間分の水となれば話は別だ。

 考えただけで鞄が重くなる。


 俺達が水を持ってきていないのは、俺の魔法で出せば良いだけだからである。

 他のパーティでは魔力を割くリソースが厳しい筈だ。

 必要な時に魔力切れでは目も当てられないからな。

 まぁ、俺みたいな転生者が居れば話は別だが。


 その辺りをゲーム性との兼ね合いを考慮した結果の粋な計らい、と言ったところだろう。

 ダンジョン内にキャベツやら人参やら胡瓜やらが転がっているのは若干シュールな絵面ではあったが。


 ともあれ、そのお陰で今日の夕食は豪勢になりそうだ。

 土の武器を崩して作った土鍋から湯気が立ち、顔を撫でた。

 人参も肉も、良い感じに仕上がっている。


 俺は土鍋の中に拾ったカレールーを放り込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る