四 王の決断

 翌朝、日の出まえに白と黒の旗を立てた荷馬車がコウエキケ山を下りてきた。おなじく白と黒の布を腕に巻いたキョウ国の使者が乗っている。荷台には白布をまいたジョウ国軍兵士の遺体が積まれ、護衛兵が二人ついている。ふもとのコウエキケ基地に到着すると、昨夜イサオに書類を書いた兵士が敬礼で迎え、遺体を確認後、作法にしたがって受取った。

 使者は、交渉のため、そのままジョウ国本城にむかいたいと要望した。基地から早馬が出て城に確認した後、使者一行は夕方に基地をでた。ジョウ国軍からは、先導の馬と、護衛兵がついて休みなく移動し、翌昼過ぎに城に到着した。使者の通された謁見の間から見える空は青く透きとおっていた。

「面をあげよ。挨拶はよい。本題を申せ」

「キョウ国王アケノリ・カミヅカより、ジョウ国王アケノリ・ヨリフサ殿に申し上げます。近頃、ジョウ国民による密猟はなはだしく、取り締まりを厳に要望しておりましたが一向やむ気配なし。わが王はこれをジョウ国による挑発とみなし、侵略の意図ありと推断しております。そこで、国境のコウエキケ山において、そのような侵略には断固とした対応をとる意思を示しました。しかしながら、わが王は全面戦争の回避を切望しており、以下の条件が満たされるならば、国境を越えた軍はひきあげ、挑発は不問とし、今後も変わらぬ平穏な関係が続くであろうとのことです」

 ひかえている大臣や貴族たちはヨリフサ王を見た。皆、なにか言いたそうだが、王よりさきに口は開けない。

「その条件を申してみよ」

「はい。三つございます。一つ、挑発的行為の即時停止と謝罪および賠償をおこなうこと。一つ、アケノリ家計量単位を主単位とし、帝国計量単位はあくまで補助単位として用いること。一つ、キョウ国、ジョウ国は将来統一することを国家目標とし、おたがいを尊重した交渉をおこなうこと。以上であります。即答は求めませぬが、当方としては七日以内にご返事をいただきたい」

「使者殿をキョウ国王カミヅカ殿の名代と考えてよいか」

「おそれおおいことであり、法的には異なりますが、今回の交渉においてはそうお考えいただいてもさしつかえありません」

「よろしい。では、条件を満たせない場合はカミヅカ王はどうされるのか」

「両国の平和に重大な問題が生じます。わが王は平穏を望みますが、同時に不当な圧力に抗しうる力をお持ちです」

「要領を得んな。宣戦布告か」

「滅相もない。されど、世を乱す者あらばそれを誅するのは王の務めです」

「カミヅカ王の要求はよく分かった。条件を記した書類は大臣に渡し、使者殿は下がってお休みくだされ。七日後に返答いたす。ご苦労であった」

 使者は一礼して退出し、饗応をうけて帰国した。

「堂々としたものだな。マトリ公よ」

「ええ、あのような条件をつきつけるとは。わが王でなければ首がつながっていない」

 室内の者たちは笑ってよいものかみょうな顔をしている。

「密猟の捜査結果はどうであったか」

「は、おい、ご報告せよ」

 マトリ公が担当の貴族に手をふる。すでに新王の好む報告のしかたをわかっているのですぐに結論を言う。

「はい、最近急増した密猟はすべて仕組まれたものであり、裏はキョウ国でした。報酬や脅迫による強要です。関係者は逮捕済み、または監視がつけてあります。詳細な報告書は今月中に大臣に提出します」

「なんと、おどろきであるな」

 ヨリフサ王が平板な声で言うと、さすがに一同吹きだした。

「しかし、叔父上はなにをあせっておられるのか。わたしをたよりない王と印象づけるのであれば、ほかにも何件か内政や治安維持に失敗しているかのような事件を起こしてからのほうが説得力があるだろうに」

「条件の二番目に単位系についてあげられていましたが、帝国単位系への変更をお話になりましたか」

「ああ、先日の宴のときに」

「それかと。ジョウ国が帝国と緊密な同盟をむすぶ、あるいは属国になると考えたのではないでしょうか。そうなれば事実上キョウ国と帝国は直接国境を接することになりますからな。じっくり種をまいて収穫する時間はないと見たのでしょう」

「それでは、条件の三つ目にある統一とは、キョウ国がわが国を吸収しようというのが本音か。やはり叔父上とわたしは血がつながっておるな」

 マトリ公は口を真一文字に結んだ。

「そうこわい顔をするな。わたしも統一が必要という点は叔父上に賛成なのだ。ただし、主体はわが国だがな。力がなければ帝国と交渉もできぬ。これは将来の平和のためのごくわずかな波だ。戦争はごく短期で終わる。新型もほぼ仕上がっておることだし」

「歴史上の戦争はすべてそういわれてきました。なんとか回避できませぬか」

「むろん努力はする。ある程度なら妥協もしよう。しかし、密猟の謀略をしかけ、さきにゴオレムを歩ませたのは叔父上だ。残念極まる。なぜもっと話をしていただけなかったのか」

 マトリ公は目をそらせる。王はそのお口ぶりほど残念がってはいない。まだお若いうえ、幼子のころからずっとおそばにいたせいか、王の心のうごきは父が子を見るようによくわかる。

 王は、むしろお喜びだ。

 マトリ公は書類をかかえ、部下の貴族や学者とともに執務室にこもった。法律上、あるいは文法上の誤りを見つけ、それを種に今回の条件交渉を無効にできないか、すくなくとも時間をかせげないか、そこにかけてみようと考えたのである。

 しかし、三日がたつと、無精ひげのマトリ公は完璧な内容の書類が散らばる机に頬杖をついていた。これまでわかったこととしては、カミヅカ王はよい学者をかかえているという事実だけだった。

「なんだ、中庭がさわがしいが」

 マトリ公は洗面の水と容器を運んできた従者に聞いた。

「はい、これから感状の授与です」

「感状?」

「あの戦闘での重傷者輸送に民間の荷車を徴用したのですが、その御者にです」

「そうか、感心なことだな」

「ご臨席なさいますか」

 マトリ公は、まさか、という感じで首をふると洗面した。つめたい水が心地よい。ふと思いついて従者に命じた。

「サノオを呼べ。急ぎではないが、新型の進捗状況についてちょっと確認したいことがある」

 中庭では授与式がはじまっていた。式といってもかなり事務的なものであるが、いちおう楽隊の演奏があり、軍の担当者の短い演説があった。これから実験室にむかおうと通りがかったサノオは、授与される者が子供のようであり、また、緊張しきっているようすなのをほほえましく思い、助手とともにちかくの柱の陰から見物していた。そのちいさい子は精いっぱいのおめかしをしているが、儀礼用の上着は借り物なのかまったくあっていない。

 式は淡々と進み、感状が授与され、全員解散した。サノオは清々しい気分になり、そこを去ろうとした時だった。

(教官殿、おられたのですか)

(おう、途中から見てた。えらく着飾ったな。そのようすだとあたらしい仕事はうまくいっているようだ)

(はい)

(わたしからも感謝する。民間に行っても軍のために働いてくれたな)

 ふたりはいろいろと話をし、少年の主人とも挨拶をしていたが、立ち聞きしているうちにサノオの清々しい気分は消え、ゴオレム技術者として、新型ゴオレムの担当者としての目でその少年、いや、青年をじっと見ていた。

「サノオ殿、そこにおられましたか。マトリ公がおよびです。新型の進捗について少々おうかがいしたいとのことです」

「すぐ参る」

 サノオはマトリ公の従者に返事し、振りむいて助手に指示する。

「あの青年をわたしの応接室にとどめておいてくれ。公との話が長引くかもしれんから食事をだしてもよい。そのあたりの判断はまかせる。けっして帰してはならんぞ」

 青い空には、乾いた刷毛でなすったような白い雲があらわれていた。

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