バルボラのごちそう

 先程僕の腹の音を笑っていた女性はバルボラさんというらしい。

 夕食ができるまで手持無沙汰になった僕が厨房の様子を見ようとドアを開けると、「恥ずかしいですわ。テーブルで待っててくださいまし」とやんわりたしなめられた。

「何を見てるんですか?」

「っ!!」

 突然の声に驚いて振り返ると、リルルが立っていた。

 いたずらっぽい笑みを浮かべているところを見ると、足音を忍ばせて急に声をかけ、驚かせようとしていたのだろう。いたずらっ子め。先程の軟膏のおかげか、幾分警戒は解いてくれているようだ。

「いや、この村ではどんなものを食べてるのかなって思ってね」

 『この村では』でなく『ノームは』と言いそうになったけれど、なんだか失礼な気がして言葉を変えた。僕ら人間でさえ、場所が変われば調理法も変わるんだから、種族による好みの傾向こそあれ、一様だと考えるべきではないと思う。

 僕の言葉を聞いても、いまひとつピンときてない表情のリルル。

「もしかして、村を出たことがないのかな?」

 問いかけると、さささささっとルーフェス翁の背後に隠れてしまった。

 あれ、何か変なこと聞いたかなぁ。

「そちらへお邪魔するのは、ワシだけですからのぉ。村の者たちの多くは、この村以外を知らんのですじゃ」

 なるほど。となると、もしこの場所から村人全員が避難しなければならないという話になったときに揉める気がする。いきなり異世界(しかも人間だらけ)の新天地で暮らせと言われたら、戸惑って当然だろう。

 理由は何だろう。好奇心が強いが故に、ここを離れてしまう? いや逆か。こうして余所者がここに来ることを、避けるためと考えるのが妥当か。

 あれ? だとしたら例の「黒サンタ」とは?

「テーブルでお待ちくださいな」

「すみません」

 キッチンのドアの前でぼーっとしていたからだろう、再びたしなめられてしまった。

 元々途中まで作っていたからか、すぐに食事ができあがるようだ。多分、僕の分を考慮して量を増やしていたのだろう。申し訳ないやら、ありがたいやら。

 テーブルにはチェック柄のクロスが敷かれ、花が飾られ、暖炉とランプに火が灯されていた。ランプは明かりをとる用のものと、色ガラスを組み合わせた装飾用のものとがある。その装飾用のランプの光が、色とりどりの光を部屋の中に飛ばしていて綺麗だ。こういうところがノームらしさなのだろう。

 気付けば外はもう暗くなっている。

 テーブルには、ルーフェス村長とリルル、そして僕。

 そこに湯気を立てた皿を持ったバルボラさんが現れた。

「さあさ、お口に合うかわからないですけれども、どうぞ召し上がれ」

 お皿の大きさとして、ノームとしては主菜メインディッシュなのだろうけれども、僕からすると副菜サイドディッシュくらいに感じてしまう。

「身体の大きな方は、おかわりしてくださいまし」

「はーい」

 と返事したのは僕ではなくリルルだ。

「お嬢様は、食べ過ぎにご注意くださいね」

「えー」

 微笑ましいやりとりだった。

 肝心の料理は、様々なキノコを焼いてソースで合えたもの。

「いただきます」

 ノームが栽培したからといってキノコのサイズが小さくなるわけではないけれど、やはり切り分けたりする際には、やや細かくなるようだ。

 香り高い湯気を放つそれを小さなスプーンに乗せ、口に運ぶ。どれどれ。

 口に含むと、酸味の効いた野菜ソースの爽やかな風味の後に、ぎゅっとしたキノコの食感、そして炭火で焼いたのだろう香ばしさが口に広がる。とても美味しい。恐らくそれぞれのキノコは、火加減やら焼き時間をそれそれのキノコに合うよう分けて調理し、最後に全体で温まるように火を通されている。

「美味しいですねこれ! 焼き加減もいいですけど、特にソースが!」

 ソースはタマネギ、ニンニク、バジル、ケイパー、グリーンペッパーの実、オリーブの実、オリーブオイル、ワインビネガーといったところだろうか。とても手が込んでいる。

「ラヴィゴットソースっていうの。元気が出るソースって意味ね」

 確かに元気が出そうな味だ。

「バルボラの料理は村一番なんだから」

「まあまあお嬢様ったら!」

 なんかいいなぁ。家庭の味。

 ルーフェス村長は立派な白髭を少し汚しながら目を細めている。

「ほら、旦那様」

 口周りを拭く用に布巾が渡される。

「おお、すまんな」

 団欒だんらん。こういうのはしばらくぶりだった。昨年から実家には帰っていない。マスター・マルーネイが失踪した手前、ドクトル・ロドミーを置いて帰ることが躊躇ためらわれたからだけれど。実家の両親は元気にしているだろうか。

 ぼーっとしている間に、皿にお代わりが盛られた。

 軽く会釈してパンとともにいただく。パンはライ麦パンのようだ。歯ごたえがあり、とても香ばしい。キノコの皿についたソースを染みこませてもいただく。うん、これもアリだ。

 豊富な種類の食材があるようだけれど、このザード内で全て作られているとは考えにくい。トンガリさんが買い付けてくるんだろうか。まぁ確かに、レンズ製造の契約で研究室が支払ったお金なんて、それくらいしか使い道はなさそうだ。

 食後にはお茶が出される。カモミールティーだった。ふぅ。

「ごちそうさまでした」

「お粗末さまでした」

 綺麗に平らげられたお皿を見て、バルボラさんが微笑んだ。

「明日のことじゃが」

 おっと、あまりにも満足だったので、何をしに来たのか忘れるところだった。ルーフェス翁の声に居住まいを正す。

「はい」

「朝から一緒に坑道に来てくだされ」

「わたしもー!」

「ダメじゃ。坑道は危険じゃからな」

 なんで老人は反射的に強い口調で断るんだろうなぁ。これをやられてしまうと、意地になってついてきてしまう確率が跳ね上がると思うんだけれども。職人気質だから仕方がないんだろうか。

「むー」

 リルルは頬を膨らませている。

 一連の流れを見て、思わず笑ってしまう。

「なんで笑ってるんですか!」

 ありゃ、怒りの矛先がこちらに向いてしまった。

「ごめんごめん、この村の女の子は、バルボラさんみたいに美味しい料理が作れるよう家事を学んだりするのかなと思ってたけど、結構活発なんだなって思って」

 適当にお茶を濁す。

「そうなんでございますよ。お嬢様ったら、そういうことにはぜんぜん興味をお示しになられないで」

 計算通りというかなんというか、バルボラさんが乗っかってくれた。「ごめんな」と心の中で謝る。

「みんな嫌い!」

 自室に行くのだろう、居間を飛び出して行ってしまった。

 あー、悪いことしたなぁ。

「ふぅ」

 溜息の長老。

「すみませんなぁ。もう少ししっかりしてくれるといいんじゃが……」

 年齢からして、ルーフェス村長がリルルの父親ということはなさそうだ。距離感からしても、祖父と孫の関係と見ていいだろう。バルボラさんはリルルを「お嬢様」と呼ぶので、こちらも母親ではない。となると……?

 詮索することでもないか。

「いえいえ、ちょっと調子に乗り過ぎました」

「それはそうと明日も早い。他の部屋より、ここの方が広くて落ち着くじゃろう。毛布を持ってくるゆえ、しばし待たれよ」

 食器類が片付けられ、リビングルームに毛布が持ち込まれる。一応、バックパックのなかにも簡易寝具があるので、それと組み合わせて寝床を作った。旅のさなか、こうして家の中で眠れるというだけでもありがたいことだ。

 布団をかぶり目を閉じると、微睡む間もなく眠りへと落ちていった。

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