モルメ村の村長

「お邪魔します」

 頭を少し低くして木製の小さな扉をくぐり入る。ノームサイズに合わせて作られているのだから小さいのも仕方が無い。

 家の中は、夕食時ということもあって、美味しそうな香りが漂っている。

 ぐーぅ。

 腹の虫が鳴いた。

 それを聞いてだろう、先に居間にいたエプロン姿のノームの婦人が、おかしそうに笑った。ちょっと恥ずかしい。多分このいい匂いの正体は、彼女が作っている料理なのだろう。

 幸い、居間は少し広くなっているため、息苦しさはそれほど感じないで済みそうだ。イスやテーブル、様々な家財道具が一回り小さいので、急に巨人ジャイアントにでもなったかのような気分だ。

 そのなかでひと際目を惹くのが、凝った装飾の大きな柱時計だ。この村の家をかたどったような装飾で、振り子は見当たらない。おそらくヒゲゼンマイという、渦巻き状にした細長い金属板を使って、反復の回転運動をさせている構造なんだと思われる。ヒゲゼンマイの回ったり、戻ったりを繰り返す反復運動を、車輪のようなものや、T字型のもの、風に吹かれた草のように横倒しになった歯を持つ歯車などを使って、一方向の回転運動にと変換し、全く同じ回転を与え続ける。ブランコが揺れているうち、前に進むときだけの力を使って、何足も靴を飛ばし続ける、みたいな感覚だと思っていいと思う。最初にその回転の力が届くのが一秒に1/60回転する秒針の歯車。そこにも次の歯車がかませられていて、3600秒で一周する長針と、そこから更に43200秒で一周する短針とに動力が伝わっているはずだ。チッチッチッと鳴るのは、振り石と呼ばれるものが、T字のものにぶつかるときの音で、0.5秒に一度鳴っているということになる。機会があれば、ちょっと開けて中を見てみたい。

「ささ、どうぞ」

 背もたれをキノコ型に意匠された木製のイスに座るようすすめられたけれど、座ったら壊しそうで怖い。

「大丈夫です」

 そう言いながら、バックパックを尻に敷いて座る。

 学院が推奨するこのバックパックは、やたら重いものを入れたり、あるいは放り投げたりといったことを想定されているため、見た目よりもかなり丈夫に出来ている。おそらく帆布はんぷのように厚手に織られているのだと思う。背負いひもの縫い付けられている場所など、強い力がかかりやすいあたりは、布を重ねて補強してある。とはいえ、尖ったものを収納すると、布に包んでいてもそれを突き抜けて穴が空いてしまうこともある。そのため、修理用の継ぎ布と裁縫道具は持ち歩くことになっている。ちなみにガラス瓶は、綿など緩衝材の入った袋に入れるため、よっぽどのことがない限りは割れない。

 大木たいぼくを輪切りにしたような円卓ラウンドテーブルには、トンガリさんの他にも、フィドルのような弦楽器を持った白髭のノームと、青い髪をしたダンディーな印象のノームが席についた。

 先程のノームの女性は、キッチンの方へと行ってしまうようだ。

 窓からは、好奇心旺盛おうせいな村のノーム達がこちらをうかがっている。突然の来訪者が気になるのは仕方がない。ましてや、黒サンタから救世主に格上げとなった人物とあっては猶更なおさら。先程のリルルという少女の顔もそこにあった。

 落ち着かない。とても落ち着かない。

「初めまして。ご挨拶が遅れました。ルマリエと申します」

 名乗って一礼した。いくら自分の名前が好きでないとはいえ、さすがに「海賊くんと申します」とは名乗らない。いやそもそも「海賊くん」という呼称も納得しているわけではないし。

「わしのことは既にご存知のようですなぁ。このモルメ村の村長、ルーフェスじゃ。あー、楽器を持っている方がピアノン、こっちのがデュオローネじゃ」

 ピアノンは挨拶代わりにフィドルを弾いてみせた。音楽に詳しいわけではないけれど、上手いと思う。拍手すると満足気に微笑んだ。

 デュオローネは低く渋い声で、「よろしく」とだけ言ったので、こちらも「よろしく」と返す。

 早速本題を切り出す。

「世界が崩壊しそうだと伺って来ました。僕が見た範囲ではそのような兆候は見えないのですが?」

 皆の表情が一様に曇る。

 そりゃ慣れ親しんだ土地が崩壊しそうだということになれば、心を痛めない者の方がまれなのではないかと思う。ややデリカシーに欠ける発言だったかもしれない。

「すみません。ぶしつけな言い方で」

「いやいや、いいんじゃ。みんなそのことについては、何度も話をしたし、よぉーくわかっておる」

「このザード崩壊の兆候はですな、地表ではなく外郭、つまり地底で発生しているのですよ」

 デュオネーロ氏が、こちらをうかがうような鋭い目でそう続けた。

「このザードは、言ってみれば卵の殻の内側にあるようなものでな、わしらが地面を掘るということは、その卵の殻を掘るようなことというわけなんじゃが、掘り進めていった坑道でな、それがあったのじゃよ」

 なるほど、そういうことであれば理解はできる。地底のことならば、地上からはうかがい知れない。

「何が、あったのでしょう?」

「それはな……」

「それは?」

「うーむ、見る前から憶測を聞いて真実から遠ざかる可能性を考えれば、まずは実物を見てもらった方がいいじゃろうなぁ」

 確かに、最初の情報からの思い込みみたいなものは、物事をきちんと理解するうえで、ときに邪魔になってしまうことがある。

「ということは、僕もそこに入れますか?」

「ちと狭いがのぉ」

 周囲と僕を交互に見て、ルーフェス翁が言った。この通り、ノームサイズだからということなのだろう。狭い道で身体がつかえて動けなくなるとかになったらやだなー。

 実際に見て、数日中に被害が出そうという様子でなければ、まずは現場をフォトン結晶にして、持ち帰って対策を検討するということになりそうだ。おそらくは僕一人の手に負える話ではない。

 明日、僕が見に行くということで、話は終わりとなり、ピアノン氏とデュオネーロ氏は、「それでは我々はこれで」「くれぐれもよろしく頼みましたぞ」と言葉を残して、退出していった。僕が信に足る人物かを見極める役、といったところだったのかもしれない。

 気づくと、窓から覗いていたノーム達もいなくなっていた。

「今日はもう遅い。腹も空いているじゃろう。口に合うかはわからんが、よければ夕食をご一緒せんかね」

「はい、是非!」

 正直なところ、ノームの食生活は興味があった。僕らと大きく変わるとは思わないけれど、全く同じでもないはずだからだ。

 

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