モルメ村の村長
「お邪魔します」
頭を少し低くして木製の小さな扉を
家の中は、夕食時ということもあって、美味しそうな香りが漂っている。
ぐーぅ。
腹の虫が鳴いた。
それを聞いてだろう、先に居間にいたエプロン姿のノームの婦人が、おかしそうに笑った。ちょっと恥ずかしい。多分このいい匂いの正体は、彼女が作っている料理なのだろう。
幸い、居間は少し広くなっているため、息苦しさはそれほど感じないで済みそうだ。イスやテーブル、様々な家財道具が一回り小さいので、急に
そのなかでひと際目を惹くのが、凝った装飾の大きな柱時計だ。この村の家を
「ささ、どうぞ」
背もたれをキノコ型に意匠された木製のイスに座るよう
「大丈夫です」
そう言いながら、バックパックを尻に敷いて座る。
学院が推奨するこのバックパックは、やたら重いものを入れたり、あるいは放り投げたりといったことを想定されているため、見た目よりもかなり丈夫に出来ている。おそらく
先程のノームの女性は、キッチンの方へと行ってしまうようだ。
窓からは、好奇心
落ち着かない。とても落ち着かない。
「初めまして。ご挨拶が遅れました。ルマリエと申します」
名乗って一礼した。いくら自分の名前が好きでないとはいえ、さすがに「海賊くんと申します」とは名乗らない。いやそもそも「海賊くん」という呼称も納得しているわけではないし。
「わしのことは既にご存知のようですなぁ。このモルメ村の村長、ルーフェスじゃ。あー、楽器を持っている方がピアノン、こっちのがデュオローネじゃ」
ピアノンは挨拶代わりにフィドルを弾いてみせた。音楽に詳しいわけではないけれど、上手いと思う。拍手すると満足気に微笑んだ。
デュオローネは低く渋い声で、「よろしく」とだけ言ったので、こちらも「よろしく」と返す。
早速本題を切り出す。
「世界が崩壊しそうだと伺って来ました。僕が見た範囲ではそのような兆候は見えないのですが?」
皆の表情が一様に曇る。
そりゃ慣れ親しんだ土地が崩壊しそうだということになれば、心を痛めない者の方が
「すみません。ぶしつけな言い方で」
「いやいや、いいんじゃ。みんなそのことについては、何度も話をしたし、よぉーくわかっておる」
「このザード崩壊の兆候はですな、地表ではなく外郭、つまり地底で発生しているのですよ」
デュオネーロ氏が、こちらを
「このザードは、言ってみれば卵の殻の内側にあるようなものでな、わしらが地面を掘るということは、その卵の殻を掘るようなことというわけなんじゃが、掘り進めていった坑道でな、それがあったのじゃよ」
なるほど、そういうことであれば理解はできる。地底のことならば、地上からはうかがい知れない。
「何が、あったのでしょう?」
「それはな……」
「それは?」
「うーむ、見る前から憶測を聞いて真実から遠ざかる可能性を考えれば、まずは実物を見てもらった方がいいじゃろうなぁ」
確かに、最初の情報からの思い込みみたいなものは、物事をきちんと理解するうえで、ときに邪魔になってしまうことがある。
「ということは、僕もそこに入れますか?」
「ちと狭いがのぉ」
周囲と僕を交互に見て、ルーフェス翁が言った。この通り、ノームサイズだからということなのだろう。狭い道で身体がつかえて動けなくなるとかになったらやだなー。
実際に見て、数日中に被害が出そうという様子でなければ、まずは現場をフォトン結晶にして、持ち帰って対策を検討するということになりそうだ。おそらくは僕一人の手に負える話ではない。
明日、僕が見に行くということで、話は終わりとなり、ピアノン氏とデュオネーロ氏は、「それでは我々はこれで」「くれぐれもよろしく頼みましたぞ」と言葉を残して、退出していった。僕が信に足る人物かを見極める役、といったところだったのかもしれない。
気づくと、窓から覗いていたノーム達もいなくなっていた。
「今日はもう遅い。腹も空いているじゃろう。口に合うかはわからんが、よければ夕食をご一緒せんかね」
「はい、是非!」
正直なところ、ノームの食生活は興味があった。僕らと大きく変わるとは思わないけれど、全く同じでもないはずだからだ。
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