リングに架けろ
僕らが入口のあたりで話をしている間にも、水晶玉で遠見をして現状の時空の乱れの調査をしていたり、あるいは過去の資料から今起こっていることと似た事象がないかを探していたり、何かの検知装置で測定をしているような研究員が何人もいた。
そんな研究員達も、今は研究室の中央に
ここで、「リング」の仕組みを簡単に説明しようと思う。
「リング」とは、空間接続装置だ。同一世界で離れた場所へ接続を行えば
では
これらの方法には「その紙を誰が折るのか」あるいは「紙同士をどうやって近づけるのか」という問題がある。その問題に対して、過去の魔術師達は、空間を渡る幻獣を捏造することで解決した。
魔術師たちはそういったルートを自由に作れるようにするために、二点を繋ぐ穴を掘る、「ホールワーム」という幻獣が存在すると世間に発表することにした。これはその当時からすると、ほとんど嘘だった。
つまり、先の聖域のような、それほど多くはない、いくつかの穴の痕跡を、「これは『ホールワーム』という幻獣が食い破って作られた穴だ」ということにしたのだった。もちろん、実際に「ホールワーム」を見た者など、当時は一人もいなかった。
魔術師達はこの「ホールワーム」にまつわる伝説や逸話を捏造し、他の魔術師達や市民へと流布。結果、「ホールワーム」が存在していたことになった。
話は若干逸れてしまうけれど、例えば
話を戻して、その捏造した「ホールワーム」を、魔術師達は飼いならしたことにした。その実体を目にすることはないのだけれども、ホールワームが魔術師の命令で空間に穴を開けてくれるということにした、というわけだ。
このゲート発生装置は、そうした仕組みでできている。
空間を繋げる方法はいいとして、今度は行ったこともない空間を、どう特定するのかということになる。今回の場合、特定に役立つのが先程の「葉書」。つまり、空間の特定条件として、「これが書かれた空間」といった特定のさせ方をすることになる。もちろん、なるべく特定の精度を高めるために、知り得る限りの座標の情報、例えば「ルーフェスというノームが住んでいる」だとかを
ちなみに、リングには水面のような皮膜が張られている。これは、接続した先が例えば水中だったとか、疫病が蔓延するところだったとか、そういった際の事故を防ぐために張られているもの。本当か嘘か、成分はホールワームの分泌物だとかなんとか。聞いた話だけれど、ゼラチンのプールにダイブするような感覚なんだそうな。
僕もリングを利用するのは初めてなので、正直緊張している。
「おまえ、本当は怖いんだろ?」
見透かしたようにトムが揶揄する。
「そ、そんなわけないだろ。リングを使って異世界に行くなんて、ここ光栄だね」
自分でもわかるくらい動揺していた。いやだって、よくわからないところによくわからない方法で跳ぶんだよ?
そんな僕を見て、トムは心底楽しそうに笑っている。
いつか箱に詰めて、何か生存に関わる実験をしてやりたい。
まあそれはいいとして、問題は行ってからだ。
そもそも、世界が壊れるなんてことをどうにかできるのだろうか。調査といっても、何を調査したらいいかは実はノープランだ。
そんな考えを見透かされたように。
「海賊くんなら大丈夫だ」
ドクトル・ロドミーが微笑んだ。
「ありがとうございます。なんかちょっと楽になりました」
アザレアがその様子を見て、何かを思いついたようだ。
「そうだ! わたしが祝福を与えましょう! そうしましょう!」
「おまえのは呪いだろ、半分悪魔」
トムはアザレアが何かするたびに絡んでくる。
「うっさいなぁ! いいからいいから」
何をするかと思えば、そのピンク色の髪を一本抜いて、僕の左手首に結んだのだった。髪を抜いたとき痛かったのだろう、ちょっと涙が出てきている。
「これでよし! で! で! もしよかったら……」
「だから、魔術師は神を信仰しないですよ」
「ケチ!」
やっぱりそういうことが目的だったのね。でもま、打算でも気にかけてくれたことは事実。
「すみませんね。でも、ありがとう」
「生きて戻ってくれないと、祠が建たないし、信者も増えないからねー。人気商売はつらいなー」
人気商売と言われてしまうと、なんだか更に俗っぽく感じる。
そんなやりとりをしているうちに、不思議と楽観的な気持ちになった。
まぁなんとかなるだろう。
「リング」の前に立ち、術式が整うのを待つ。
全ての確認が終わり、ドクトル・エリザベートが一際大きな
「Sesam open u」
リングの内側、水を張ったような透明な膜の中心に光が発生したかと思うと、その光が環となって拡大し、「リング」の内円に納まり留まる。
そしてその光の環の内側には周囲の光を全く反射しない漆黒の闇が現れる。
つい興味本位でリングを裏側から見てしまったけれど、様子は同じだった。
「ん゛ん゛」
ドクトル・エリザベートの咳払いだ。いいから早く行けということだろう。
「あ、そうだ。少々お待ちを」
何気なさを装って、つかつかと歩いて行く。
「ぎにゃー!!!!!」
トムの尻尾を踏んでやった。
「これまでのは今ので不問にしてやる」
「お、おまえ、悪魔にそんなことして許されると思うな! 呪ってやるっ! 何べんもお前の前を通り過ぎてやる!!」
踏まれた尻尾を身体の下に隠して耳を倒し、「しゃあ゛ぁぁぁぁ!」と、猫っぽく威嚇の声をあげている。
「通り過ぎるときは、また尻尾を踏まれないよう気をつけろよ」
ドクトル・ロドミー含め、周囲は割と呆れ気味だけれど、アザレアだけは楽しそうに、「ほらバチがあたった」とはしゃいでいた。
それでは気を取り直して。
「ご協力、感謝します。それでは、行ってきます」
「生きて戻ってね!」
「フン! 帰ってくんな!」
「頼んだぞ」
アザレア、トム、そしてドクトル・ロドミーに向って手を振ってから、少し勢いをつけて「リング」の中へと飛び込んでいった。
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