世界の外殻へ
朝食後、バルボラさんがお弁当をバックパックに詰めてくれていた。内容を聞くと「開けてみてのお楽しみ」とのこと。期待が高まる。
リルルは朝食後から姿を見かけない。遊びに行ってしまったのだろうか。
「お嬢様ったらもう、お見送りもせずに!」
「いえいえ、気にしないでください」
そういうこともあるだろう。
お弁当や水袋が入って結構な重さになったバックパックを背負う。足がフラつくのは、疲れが残っているせいだろう。
「大丈夫?」
心配されてしまう始末だ。
「あはは、あんまり美味しかったので、少し食べ過ぎたかもしれません」
誤魔化した。美味しかったのは本当だけど。
「うむ、それじゃ、行ってくる」
「いってらっしゃいましー」
そんなやりとりをかわし、ルーフェス邸を後にする。
今日は坑道へと向かう。この世界の外殻にあるというヒビ割れを、フォトン結晶に収めるためだ。
向うのはルーフェス村長と僕だけではなく、村の
待ち合わせ場所は、今朝顔を洗いに行った井戸のある広場のようだ。
広場への道すがら、気になっていたことをルーフェス村長に訊くことにする。
「僕が昨日口笛で吹いた旋律、あれって何なんですか?」
「なんじゃ、そんなことも知らんで吹いとったのか」
苦笑気味にそう言われてしまった。
「すみません」
「アルフヘイムはわかるな?」
アルフヘイムとは、いわゆる妖精界だ。
「はい」
「わしらも一応妖精の端くれということでな、随分昔にあの歌を貰ったのじゃよ。妖精王からな」
妖精界では、ひとつの歌を魔法として行使する。
ただし、歌い切らなければならない都合上、戦闘のように即効性が求められる場面では使用しにくいと言われている。
ドワーフが武器を鍛えるハンマーを振るいながら歌う歌なども、旋律を伴う詠唱魔術、「
「なるほど。それで、この曲はどんな術の曲なんですか?」
先のドワーフの例のように、当然呪歌には目的というか効果があるはずだ。
「それがな」
「はい」
「わしらの先祖がな、さんざん替え歌を作った挙句、元の歌を忘れてしまったのじゃよ」
「えー!」
「じゃからの、何のための歌なのか、正しい歌詞はどんなものなのか、誰にもわからん」
笑いながらそう答えられる。
らしいと言えばらしい話ではある。
ただ、妖精王はノーム達に、どんな
「でも、なんでうちのドクトルがその曲を?」
「
なるほど、それで鼻歌を。
まぁ確かに、ドクトル・ロドミーが好きそうな話だ。
一つ謎が解けた。
そんなやりとりをしている間に広場に着いてしまう。
そこには、六人の
「おはようございます。よろしくお願いします」
こちらから挨拶すると、「おう! おはよう! ノッポの兄ちゃん」といった声が返ってきた。今度の呼称はノッポの兄ちゃんか。これまでで一番マシかもしれない。
見ると、ティポップもメンバーに入っていた。意図的にこちらを避けている様子は変わらない。無理に接近すれば、
「では、出発じゃ!」
ルーフェス村長の号令で、一列になって歩き出す。
行進のように足並みを揃え、誰からともなくスコップやピッケルをガチャッ、ガチャッとリズミカルに打ち鳴らすと、そのテンポに合わせて歌が始まる。
『掘り進めシャベルが喋る方へ
弾けるピッケル穴を開ける
手にできたマメは食べれないけど
マメに働こうお腹空くまで~♪』
なんとも、らしい歌だ。
リズムを乱すのも躊躇われ、僕もリズムを乱さないようにその行進に加わる。
村に訪れたとき見た光景のように、森からどこからともなく鳥や獣達が現れ、隊列に加わるように一緒に歩いていく。鳥たちは、ノームの帽子にとまったり、バックパックにとまったりしては、リズムに合わせて鳴き声をあげていた。ノーム達にとって、彼らは友人なのかもしれない。よそ者の僕に対しては、動物達も若干距離をとっているようだ。ちょっと寂しい。
向かう坑道は当然鉱山にある。
価値のある鉱物は、かつて火山活動があった山に埋まっているものらしいけれど、この世界ではどうなんだろう。
しばらく踏み固められた山道を進んで行くと、山の中腹に木で補強されている洞窟が見える。坑道だ。ちなみに補強を施すのは落盤を防ぐためだ。
それにしても、上り坂でもよく息を切らさず、歌いながら進めるなぁ。
僕の息があがりそうになったところで、やっと坑道の入り口に到着した。
「ぜんたーい、休憩!」
ルーフェス村長が声をかけると、皆クテっとその場に座り込み、水を飲みだした。やっぱり疲れるよね。
僕もバックパックのサイドポケットに入れた水袋を取り出して飲む。
「ぷはー」
美味い。
見たところ坑道は僕の頭スレスレくらいの高さ。並んで歩くだけならば、人二人が並べるくらいの幅がある。
「中に入ったらどれくらいですか?」
「なぁに、すぐじゃよ」
すぐって、この世界の外殻ですよ?
各々、ランタンを灯し始めたので、それに倣って僕もランタンに火を
やや身を屈めるようにして、列の最後尾から坑道へと入っていく。
アリ塚とはまた違う空気。土の匂いがして、空気がやや湿気を帯びている。
坑道はしばらくゆるやかな上り坂が続いたかと思うと、少し広い空間に出た。
そしてそこに、十台近くのトロッコがある。
なんだか嫌な予感がしてきたゾ……。
「もしかして……」
問いかけようとすると、
「おまえさん、トロッコは初めてか?」
そうなりますよねー。
「ま、まぁ、そうですね」
「これがブレーキ」
「カーブのときは体重をこう内側にだな」
他の鉱夫も口々に説明を始める。
「で、着地のときには、こう膝をクッションにしてだな」
「えっ!?」
聞き捨てならない言葉だった。
トロッコ宙に浮くの? 浮いちゃうの?
そんな僕を遠くから冷ややかに見ているティポップ青年。会話の輪に加わる気はないようだ。
説明もそこそこに、
「それ! いっちばーん!」
「やっふぅ~!」
「へいへ~い!」
「おっさき~!」
楽しそうである。
それなら、まぁ、そんなに怖いことも、ないのかな?
恐る恐るトロッコに乗り込み、ゆっくり下り坂を滑走していく。
なるほど、こんな感じか。これなら大丈夫そうかも。
そう思っていた時期が僕にもありました。
あれ、少し上ったぞ、とおもったら、じわじわと下りに……からの急降下!! 内臓がこうふわっと浮いた感じ。気持ち悪い。
かと思ったら、レールが斜めに傾きだし、どういうことかと思ったら激しく右へ左へのカーブ。
ブレーキを引きたい誘惑にかられるけれど、かえって危険なのではという感覚もあり、前を行っているトロッコのペースを確認しながら、体重移動でしのいでいる。
前方からは相変わらず楽しそうな歓声があがるけれど、僕は悲鳴をあげそうだ。
突然目の前が開けて大空洞へ。下には水があるようで、水の流れる音と匂いがする。手元のランタンでは、前を行くトロッコと、すぐ先の石造りの橋に渡されているのであろうレールくらいしか見えない。
その石橋も徐々に下っていったかと思うと、急に車輪がレールを捉える感覚がなくなる。
落下。
の先に斜面に引かれたレールがあり、レール走行に戻るものの、それが中途半端で脱線しかねないガタつきを見せる。
必死でバランスをとると、今度は前方から盛大な水飛沫が。前のトロッコが着水したのだろう。二台目、三台目と飛沫とともに、「ガツン」という音が。これは他のノーム達よりも質量のある人間の僕はマズいのでは!? 慌ててブレーキを引く。
ガキッ。
折れた!?
「ええぇ!!」
ドーンと前のトロッコに勢いよくぶつかった次の瞬間、僕の身体は宙に投げ出され、先頭のトロッコも跳び越していく。
バチャン。
うつ伏せ状態で着水した。
膝くらいまで水があったおかげで、怪我などはないけれど、服が濡れたし、顔とかがヒリヒリする。
「いつつ」
「ノッポの兄ちゃん、大丈夫か?」
「な、なんとか」
鼻に水が入ったようでツンとする。あーでも生きててよかった。
一緒に投げ出されたランタンも、水のおかげか割れてないようだ。
「あーあ、水位が上がっちゃいましたねー」
ん? ということは、元々は水が来ないところだったんだろうか。これも世界崩壊の影響なのかな。
僕が乗っていたトロッコが、プカプカと浮いてしまっているのを、前後のトロッコの鉱夫が押さえてくれている。
僕が先頭のトロッコに乗り込み、一人ずつ後ろに移動するかたちで再出発するも、元々は速度に任せて上る箇所だったようで、結局トロッコを降りて押し歩くことになった。急な登りの際には、ロープを使ってみんなで一台ずつ引き上げることになる。これはなかなかしんどい。
帰りのトロッコはまた別のルートを辿るというけれど、今後の行きのルートは見直さなければならないだろう。
「でも、今日のが一番凄かったな!」
彼らにとっては、「みんな無事だし、スリルも味わえたしいいか」的な感覚のようだ。ああ、こんな感じだから世界が崩壊しかかってもあまり深刻にならないわけですね……。恐るべし、ノーム思考。
問題のヒビ割れは、もうすぐとのことだ。
果たしてどんな光景が待ち受けているのだろうか。
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