第37章 九星王紀
第158話 異なる星に生まれて
かつて天には九つの星あり。
それぞれに異なる人の種が住む。
それぞれに聡明な王ありて、
それぞれに異なる文明を築く。
やがて、それぞれは、
天の先に異なる人のあるを知り、
それらと友人となることを願う。
だが、それぞれにその異なるを解せず、
それぞれ、その異なるを滅せんと欲す。
その願いはやがて、
星の輝きを数多消し去りぬ。
「新しく来た黄星王を見たか?」
橙星王が興味全開という様子で、天宮にある智司の執務室に顔を見せたのは、まだ天界が重苦しい空気に押し包まれていた頃だった。
「ああ、着任の挨拶にこちらに寄ってくれたからな。まだ若いが、礼節を弁えた好青年だったよ」
「若いというか、若すぎやしないか、あれは。青年というよりは、まだ少年といってもいいぐらいだ」
彼がどこか嬉しそうなのは、新参者が現れたことによって、これまで一番下っ端だった自分の立場が、多少なりとも上がると思っているからなのだろう。
先の橙星王は、地上に一国を成し、四天皇帝としての務めを全うした後、その役を退き、星王の肩書きを息子に譲った。
今、藍星王の目の前にいる彼は、つまり橙星王としては二代目ということになる。同じ星王同士、対等とはいいつつも、やはり、その年齢や能力によって、そこには漠然と序列のようなものが存在していた。
橙星王は九人の星王の中で、最も年若く、経験も浅い。だから、黄星王がまだ少年だと言ってもいい年の頃だと知って、殊更に嬉しいのだろう。そんな彼の単純なところは、嫌いではない。 だが、その素直さは、藍星王のような少し複雑な思考の持ち主からすると、あまりに真っすぐ過ぎて、少し意地悪をしてやりたくもなるところでもある。
「若い、といっても、見かけどおりの年とは限らぬぞ。緑星王とて、あの可憐な少女のような容姿で我々の中では、最年長なのだからな」
「あれは別格だろう。あれは、精霊の類に近いものだと、お前も言っていたではないか」
「まあ、何にせよ、我々はそれぞれ異なる星に生まれて、それぞれ異なる進化をしてきたのだ。互いの生態について、全てを把握しているという訳でもないしな」
「日がな、書庫に詰めて本を読み漁っている書痴のお前にも、分からぬことがあるのか」
「……この世など、分からぬことだらけだ」
本当に。
分からぬことばかりだ。
つくづくそんな風に思って嫌気を覚え、藍星王は軽く溜息を漏らす。
この智の司には、世界の理について、余すことなく記録されているという書物が溢れている。だが、好んでこの場所に入り浸っている自分でさえ、その全てに目を通すことは出来ない。
……それに、と思う。
例え、その全てを知っていたとしても、理解することが叶わないこともある。
……そう、例えば人の心の内など、その最たるものではないのか……
それが、異なる環境に生まれ育ったものであれば、尚の事だ。
かつて、自分たちは、互いの差異を認め合う事ができず、互いに相手の存在を排除すべく、苛烈極まる戦いを繰り広げた。
理解できないものにたいする恐怖は、その対象を殲滅しない限り消えることはなく、戦乱の狂気の果てに、天の七つの星から人の営みが消えることになった。事そこに至りようやく、彼らはその過ちに気付いた。自分たちが、今この天界と呼ばれる場所にいるのは、そんな暗黒の歴史に対する贖罪の為なのだ。
かつて天にあった、九つの星。
その王であった九人の星王たちは、元々人類が存在していなかったが故に、唯一、人が生存しうる環境を残していた緑の星に、僅かに生き残った者たちを移住させて、その再生を図ることにした。
それが、この天界のはじまりである。
地上にこれを統べる覇王という存在を誕生させ、国を興し、それをこの場所から見守りながら、人々が平穏に生きられる世界を構築する。それこそが、かつて人類を滅ぼしかけた彼らの使命ともいうべきものであった。
そうして、幾人かの覇王をして、幾つかの国が興り、人類はゆっくりと少しずつではあるが、再び繁栄への道を歩み始めた。
その矢先の事である。
戦など起きよう筈もない、覇王の統べる地上で、戦火が上がった。
黒星王が作った国、
黒真月の覇王は異能のものであり、自らを闇の一族と称し、殺戮と恐怖によって大陸を浸食し始めた。
その様な国を作ってしまった責任を取り、黒星王は四天皇帝の座を退いた。
四天皇帝の守護を失った国は、いずれ衰退していく。だが、それもすぐにという訳にはいかず、現状、地上に吹き荒れる戦火を放っていく訳にもいかず……。 それぞれの星王がその対応に追われたせいで、四天皇帝の位はしばらく空位のままになった。
本来、皇帝がいない間は、智の司が皇帝の執務を代行するという取り決めになっている。だが、智司として黒星王を補佐していた黄星王は、黒真月の覇王選定において、黒星王に誤った選択を進言した自分にこそ全ての責任があるとして、あろうことか、自害という最悪の選択をしてしまっていた。
元々、潔癖な人物であったから、自らの過ちが許せなかったのだろうと思う。
それは、分かる。分かるが、だが……。
と、藍星王などは思ってしまうのだ。
だが……の先は、死ぬなら後始末をしてからにしろよ、である。
そんな風に思う自分は、冷血なのだろうと思う。勿論、他の者にそんな心の内を明かすことはないが、言わずとも、心では思ってはいるのだから、自分も大概性格が悪いのだろう。その自覚はある。しかし、有無を言わさず、後始末を押し付けられた身だ。そのぐらいの暴言は許される……そうとでも思わなければ、やってられないというのが、本音であった。
そんな経緯があって、智司をもっとも長く経験している藍星王が、今、仮の智司として、この事態収拾の指揮を執っている。
そして、死んだ黄星王の代わりに、新たにやってきたのが、件の少年だった。
かつての大戦で、比較的被害の少ない方だった黄星は、割に早い時期に人が住める環境が回復した。王族を中心に、一部の黄星人は本星へ帰還し、その復興に努めている。そもそも黄星は女王の統べる星なのだという。そしてその本星には、黄星王と呼ばれる女王が存在する。
つまり、この天界に出向してくるのは、王族には違いないのであろうが、正確にはその代理という立場の者である。他の星の王との兼ね合いから、黄星王という呼称で呼んではいるのだが。
こんな風に、黄星の事例ひとつ取って見ても、複雑な事情というものが存在する。九つの星それぞれに、それぞれの事情があり、その全てを理解することなど、到底出来はしないのだ。かつての諍いを教訓に言えば、理解よりも寛容なのだろうと思う。理解は出来ずとも、そうあるものとして、許容する。 それが不幸な歴史を繰り返さない為の有効な手段なのだと、藍星王は常々そう考えていた。
だから、彼はその新たな黄星王について、殊更深く理解しようとはしなかった。その必要性を感じていなかったといえば、そうなのだが、もう一歩踏み込んで言えば、その人となりが性に合わなかったのだ。
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