第138話 明かされた真実

……周翼、気づいているか?……

「……?」

……周翼、お前は、この世で唯一無二、あの娘に愛された存在なのだぞ。あの娘を幸せにする事が出来るのは、この世でお前ただ一人しかいないのだと……

「しかし、私は……」


……一度冥府に行ったお前が、禁忌を犯してまで、この世に戻る事を許された理由は何だと思う?冥王が本気になれば、いくら私だとて、お前を連れ戻す事は出来なかった。 白星王にしろ、蒼星王にしろ、その行動の理由は全て同じだ。全ては、華梨という存在を守る為。その心が傷つかない様に守る為だ……

 そう告げられて、周藍の中に当然ともいえる疑問が湧き上がる。

「それは……何故それ程に、多くの星王が、そこまで華梨という存在を気に掛けるのです」

 その答えは、あっけなく、いとも容易く与えられた。


……華梨は、その前世で、鴉紗あしゃと呼ばれた八卦師だったのだ……


 華梨があの鴉紗の生まれ変わり。

 藍星王は今、そう言ったのか。あまりにも唐突なその言葉に、周藍は呆然とする。



 鴉紗とは、始皇帝李燎牙に軍師として仕えた八卦師である。八卦の始祖として知られ、八卦師には神にも等しい存在だ。だが、高い功績を上げながら、その名は正史には記されず、その死に関しても謎が多い。巷に流布する伝説の類においても、その死因は諸説様々ある。巫族の伝承では、八卦の儀式の最中に、雷に打たれて命を落としたと伝えられている。それについては、その抜きん出た能力が、神の不興を買い、天罰を受けたのだとする説もある。


 藍星王が一体、自分に何を告げようとしているのか分からないまま、今の周藍には、ただその話に耳を傾ける事しか出来ない。


……鴉紗はその類まれなる才によって、中天界の奏となる事が決まっていた……


「……奏」

 華梨が現在、奏の名で呼ばれるのは、その事と関係があるのか。そんな風に思いながら、その言葉を聞いていた周藍は、それに続く藍星王の台詞に、言葉を失った。鴉紗は、中天界に招聘される直前に、身を投げて自らの命を絶った。そして、その魂は浄化しようもない程の怨念に包まれて冥府に落ちたのだ、と。


……華煌という国にとっては、その死は忌むべきものであり、隠さなければならないものだったのだろう……だから、鴉紗は歴史からその名を消された……


 それは、その死から華煌が少しずつ傾国の道を歩み出したと言う意味なのか。そう考えると、鴉紗の怨念が向けられたのは、間違いなく華煌という国であり、李燎牙という男であったという事になる。


……冥王は、その魂の浄化にそれは力を尽くしたのだ。だが、その深い怨念を消し去る事は出来なかった……


 やがてそれは、天界の四天皇帝へも、負の影響をもたらし始めた。四天皇帝は月白つきしろの宮へ引き篭もる様になり、次第に職務は滞り、譲位の話までも出る様になる。

 そんな状況を憂いた白星王が、そこに一つの提案をした。その魂を地上に転生させてみてはどうか、と。

 人の心は、人により傷を負う。その一方で、人により又癒されもする。鴉紗が転生して、現世で再び人として生きる中で、様々な人々と行き合う事で、 その心に抱え込んだ怨念が癒される可能性はあるのではないかと。


……手詰まりになっていた私たちはそれに期待して、鴉紗の魂を地上に転生させる事にした……


 丁度、天界では四天皇帝譲位の話が進められており、次代の覇王候補を定めるべく、四方将軍青龍が地上に降りていた。それで、彼女をその青龍……即ち、蒼羽の娘として転生させる事にした。そうして華梨はこの世に生を受けたのだという。


……華梨がお前と出会ってから、その怨念が次第に薄れて行った。これで、蒼羽が使命を果たし、新たな覇王を擁立する事が出来れば、世は平穏を取り戻す筈だった……


 だが、そこに九星王剣の事件が起こる。結果、七星王の降臨によって、世は再び混迷へと引き戻された。その混乱の中で、周翼という存在が、華梨を傷つけ、鴉紗の恨みを増幅させる可能性があると考えた黒星王はこれを冥府に召喚した。


 一方で、華梨を中天界の奏にする事を望んでいた白星王は、それを果たす為には、鴉紗の怨念を完全に浄化する必要があるのだと考えていた。そしてその為には、華梨が周翼と幸せに結ばれる事が不可欠であると、そう考えた。だから、二人の運命を結びつけようと画策したのだという。


 だが、白星王が華梨から引き離されて冥府に赴いている間に、華梨は自らの意志で、周翼との別離を選んでしまった。それは、深い絶望を伴う選択だった。そんな華梨の心を絶望から救い守る為に、蒼星王は、華梨から周翼の記憶を全て消し去ったのだ。


……全ての混乱の元を遡れば、鴉紗……つまり、華梨に辿り着く。私は、その根本的な部分を解決しなければ、例え赤星王に詔を渡しても、この世界に平穏は訪れないという気がしている……


「では私は……どうすればいいのですか」

 ようやく辿り着いた答えには、不備がある。そう指摘されて、周藍は絶望感に苛まれながら呟いた。


……華梨が奏となれる様に導いてやれ……それこそが、お前がこの世で果たすべき、本来の役割だったのだから……


「私が……」

 周藍の表情に戸惑いの色が広がっていく。


 今更。

 自分が華梨の為にしてやれる事などあるのか。


 そんな思いが心を掠める。遣る瀬ない思いに、ぎゅっと閉じた瞼。そこに懐かしい少女の面影が浮かんだ。


……すき……周翼、あなたが好き……


 そう囁かれた声に、涙が溢れ出た。

……そうだ。その思いを……きちんと受け止める事。……それが私の、最後の使命なのですね……


 問うた声に、それ以上の応えはなかった気がする。それは別離が定められた再会。それでも、残り少ない時を、華梨の傍に居る事を許された事を、自分は神に感謝すべきなのだろう。

 傍にいる。許されたのは、多分、だたそれだけだ。……ただそれだけで、それ以上の事は望むべきではないのだ。……分かってはいる。


 デモ、モシ許サレルノナラバ……

 その声で、

 私の名前を、

 呼んで欲しい。

 昔の様に。

 そう……願わずにはいられない……。


……私は欲深い……罪深い人間だ……

 喜びと悲しみと、代わる代わる押し寄せる感情の波に、成す術もなく翻弄される心に疲れ果てて、やがて周藍の意識は暗闇に飲み込まれていった。



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