第40話 勝手な約束
この声はっ。忘れもしない、つい昨日、僕のことをフルネームで呼び捨てた朝顔観察の陽香ちゃんだ。
「陽香ちゃん?」
一応、問いかけるようにして訊ねると、ピンポーンと笑い混じりの大きい声が返ってきた。
「どうして……」
この番号を知っているのか? なんて愚問を口にしそうになったところで、陽香ちゃんが話し出す。
「お姉の携帯、ちょっと拝借したんだけど――――」
少しも悪気などない口調で、番号を知った経緯をあっけらかんと彼女が話す。
それって、勝手に盗み見したってことだよね? 手癖が悪いなぁ。
僕が呆れていることなど知ってか知らずか、彼女は自分の用件を早口で話し始めた。
「橘、明日用事ある? ううん、明日じゃなくてもいいや。来週でもいいから、うちに来てよ。そん時ちょっと付き合ってもらいたいんだ。橘じゃないと、できない頼み事なの。だからよろしくね。あと、いつ頃来られるかわかったら、この番号に連絡頂戴ね。じゃっ」
自分の用件を言うだけ言うと、さっきまでハイテンションで僕の耳に届いていた声はぷっつりと途切れ、残ったのは機械の規則正しい連続音だけだった。
呆気にとられたまま、切れた携帯電話を数秒見つめてしまう。
数秒後、うちにって言ってたけど君の家じゃないじゃんと、既に切れている通話相手に向かって言ってみた。
そもそも、行くとも、頼みごとをきくとも返事をしていないのに、すでに交渉は成立したと言わんばかりの彼女の態度はなんなんだ。
やっぱり、フミとは似ても似つかない。本当に姉妹なんだろうか。
フミが言うように、実は他人なんじゃないだろうか。というところまで思ってから、その考えは不適切だよな、なんて少し反省した。
言葉もないまま溜息を吐いて項垂れたあとに、僕がアパートの汚れた低い天井を仰ぎ見ると、そこにフミの困ったように眉根を下げた顔が見えた気がした。
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