第39話 電話の相手は

 昼間で太陽が出ているとはいえ、十二月の空気は冷たい。

 寒空の元、何時間も続けていたアンケート調査で僕の体はクタクタだった。

 いや、アンケート調査だけのせいじゃない。昨日、旅行から戻ったばかりで酔った西森の面倒を夜な夜な見続けたことの方が体にきている気がする。

 漸くアンケート調査を終えて夕方頃に編集社へ戻ると、会議室の後片付けや資料の整理なんかもやらされて。結局バイトから解放されたのは、シフト時間を大幅に過ぎた頃だった。

「こき使われた……」

 疲れの混じる溜息とともに零すと、いまだ酒臭い息を吐き出している西森が、俺もと言って死にそうな顔色をしている。

 さすがの西森も、二日酔いと疲れでかなりまいっているみたいだ。しばらくは自粛して、酒を飲むのをやめてくれればいいのだけれど。というよりも、僕を誘うのをやめてくれるだけでもいい。

 今朝、フミにはバイトへ入る前に携帯へメッセージをいれておいた。陽香ちゃんとのことが心配だったからだ。けれど、“大丈夫。ありがとう。”という返信が届いただけで、そのあとは何もない。

 バイト先からそのままフミのマンションへ行こうかとも思ったけれど、着いた頃には終電がなくなってしまう時間だった。フミのマンションに泊まってしまってもいいかな、なんて付き合ったのをいいことに勝手なことを思ったけれど、陽香ちゃんがいるとなるとそうもいかない。

 そもそも陽香ちゃんという問題がなければ、こんなグッタリした状態でフミのマンションを訪ねる必要もないのだけれど。

 結局、疲れに負けた僕は、自宅アパートへと真っ直ぐ帰ってきた。

 静まり返った暗い部屋に入り灯りを点け、ふうっと溜息をつくのと同時にベッドに倒れこむ。

 この布団の柔らかさは、天国だ。フミと一緒なら、もっと天国なんだろうな。

 モゾモゾと動いて自室を目だけで見回してから、ペットボトルの空やカップ麺の空。ゴミの日に出し損ねた膨れているゴミ袋。脱ぎ散らかされたままの洋服に、溢れている洗濯物に溜息がこぼれた。乱雑になっているこの室内を片付けない限り、フミを招き入れられないことに愕然とする。

 こんなに散らかしてたっけ?

 他の誰かが散らかすはずもないので、自身の仕業だろう。

 うーん。

 室内の乱雑さに目を瞑り、現実逃避で思考をほかへと移す。

 あ、そうだ。フミにもう一度、メッセージしておこうかな? 陽香ちゃんのあの調子からすれば、きっとあのあともフミは妹に振り回されていたに違いない。いつもはのんびりと構えているフミが仕事どころじゃなく、慌てたり焦ったりしながら妹の相手をしている場面を想像すると、疲れていたはずなのに急にいてもたってもいられなくなる。

 携帯を取り出してメッセージをチェックしてみた。

 フミからのメッセージは、大丈夫。ありがとう。以降、やっぱり何も届いておらず、自分が心配に思うほどのことではないのかもしれないとも思える。

 だいたい、いくらテンション高めの陽香ちゃんだとはいえ、幼かった頃とはきっと違うはず。フミが他人のようだと感じていた家族だった昔とは、随分と時が過ぎている。色んなことを経験してきた今なら、あの二人だって昔よりはちゃんと向き合えるているんじゃないだろうか。

 だけど、やっぱり陽香ちゃんのあの自己中心的な態度だけは気になるんだよな。

 仰向けになって天上の柄をぼんやり眺めていたら、突然携帯が鳴り出した。

 手に持ったままぼうっと考えていたものだから、僕の肩がびくりと跳ねてしまった。人に見られていたら、ちょっとばかり恥ずかしい姿だろう。

 携帯のディスプレイには、知らない番号が表示されている。

 ん? こんな真夜中に、いったい誰だろう?

 深夜の間違い電話は迷惑この上ないぞと、見知らぬ番号を少しの間睨みつけていたけれど、一向に鳴り止む気配がない。そのうち留守電に切り替わったけれど、相手がメッセージを入れることなく切れてしまった。

 すると又、間髪いれずに同じ番号と思われる電話からの呼び出し音が鳴った。

 もしかしたら、誰かが携帯番号を変更して、しかもその変更した相手が急な用事でどうしても直接僕と話したいと思っているのかもしれないと考えて、寝転がったまま渋々通話ボタンを押してみる。

「もしもし」

 探るようにして言い、念の為に名前は名乗らないでいた。すると。

「橘? ねぇ、橘淳平でしょ?」

 携帯からは、深夜の静けさにはかなり不釣合いでハイテンションな女の子の声が僕の耳へと飛び込んできた。

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