第34話 念願のお風呂

「おはよう。早いね」

 少し寝ぼけた顔と声で、フミが笑顔を見せる。

 朝からこの笑顔を見られることについては、とても幸せなことなのだけれど、僕は露天風呂の後悔を拭いきれない表情のまま、おはようを返した。

「気分、悪いの? 二日酔いになっちゃった?」

 後悔のせいで暗い挨拶になってしまったことを勘違いしたフミが心配をしてくれる。

 優しいなぁ、フミ。だけど違うんだ。そうじゃないんだよ。ただ単に、僕はフミと一緒に露天風呂に入りたかったんだ。それができなかったことが、悔しくて仕方ないだけなんだよ。

 なんてことを朝から言えるはずもなく、平気、と暗い気持ちで返すだけ。

「お風呂に入って、さっぱりしてきたら?」

 気遣うフミの言葉に、僕の中に一瞬の閃きが舞い降りてきた。

 お風呂は夜なんて誰が決めた。

 そうだよ。まだ数時間、あるじゃないか。

 俄然、元気が出てきたぞ。

 我ながら、なんて単純な思考回路をしているのだろう。

「じゃあ、フミも一緒に入ろう」

 さっきまでのどんよりした雰囲気などどこへやら、僕がはりきって外の露天風呂を指差すと、一瞬でフミの顔が赤く染まった。


 朝靄に煙る露天の湯気に、単純な僕の心は上気していた。

「先に入ってて」

 ポソポソっと照れくさそうに言うフミに、僕は子供みたいな満面の笑みを返す。

 さっきとは打って変わって明るい表情の僕は、露天風呂に飛び込んで朝の澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

「んーーっ。気持ちいいー!」

 天気のいい朝の空に向かって零すと、タオルで体を隠したフミがやってきた。

「おいで」

 恥ずかしそうに立ち止まっているフミに、僕は手を伸ばす。その手を握って、フミが露天風呂にゆっくりと入ってきた。

 湯船にタオルは入れちゃいけないなんていうモラルは、二人っきりのこの場所では関係ないのに、フミの綺麗な体はお湯の中でゆらゆらと漂う白いタオルで見えたり隠れたり。そんな状態が余計にそそるわけで、頬に手を添えて顔を少し傾ければキスの始まり。湯気の上がる温かなお湯の中で、水音と重ねる唇の音とが交じり合う。

 何度も何度もキスを重ねてから、フミを見つめた。お湯の温かさのせいか、キスのあとのせいか、頬のピンクが可愛い。

「いい忘れてた」

 なに? というようにフミが小首をかしげる。

「好きだよ」

 ずっと言いたくて言えなかった言葉が、澄んだ朝の空気をまとってキラキラする。短い言葉に込められた想いを受け取るように、フミが僕の首に両腕を回し抱きついてくると、誰かに語り聞かせるような静かな口調で話し始めた。

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