第31話 焼きもち
「フロントで待っていてくれる。私も何か買いたいから」
大浴場へ向かうフミと途中で別れて、僕はひとりフロント傍の売店に向かった。土産物がたくさん並ぶのをのんびりと見て歩きながら、つまみのコーナーで何を買うか吟味していると、しばらくしてブラシを手にしたフミがやってきた。
「お待たせ」
やっぱり忘れてたとブラシを小さく振って見せてから、フミもつまみになるものを見てまわる。何がいいかと色々みて回り、乾き物を見ている途中でフミがいつの間にかふらふらとその場を離れ、スナック菓子の方へ足を向けていった。
ちょっと高級なチーズ鱈を手に取って声をかけようとした僕は、傍にいないフミの姿をキョロキョロと探す。
すると、少し離れた商品棚の傍で、いつの間にか知らない男が親しそうにフミへ話しかけているのを見て僕は眉根を寄せた。
男はとても愛想のいい笑顔をフミに向け、久しぶりだね。なんて明るく話しかけているのだけれど、当のフミは若干戸惑ったような笑顔をしている。
誰?
思わず眉間にしわを寄せて見てみても、間に割って入ることがなんだか無粋に思えて二人に近づくことができない。
いや、二人の雰囲気に入り込むのが難しいっていうか。要するに、ちょっと様子見と慌てず大人の振る舞いをしながらも、若干腰が引け気味なんだ。
フミのそばに立って話し込んでいる男は恥ずかしげもなく、綺麗になったとか、大人の色気が出ているとか、かわらず綺麗な指してるよな、なんてフミの手を取ろうとしたのだけれど、フミがやんわりとそれを拒んだ。なのに男は、フミの拒絶にめげることなく話しかけ続ける。
なかなかにしつこい。
「今、一人?」
その問いに、フミが首を横に振っている。
声をかけてきた男は、もしかしたら元彼だろうか?
落ち着かなくなっていく心を抑えきれずに、僕は近くの棚に隠れるようにして二人の様子を窺い、つい前のめりになって耳を欹ててしまう。
「俺、友達と来ててさ。どう? 今から一緒に」
なんとも軽い誘い文句。軽すぎて、ヘリウムかと思うくらいだ。なんなら空高く上っていって、二度と降りてきて欲しくない。
だいたい、一緒になんだっていうんだ。
はっきり言わないところがいやらしく感じるのは、僕の嫉妬心がむき出しになっているせいだろうか。
いけ好かない野郎だ。
心の中で毒づきながら僕が男の行動を窺い続けていると、軽い乗りで誘い続けている男にフミがごめんねと謝った。
「もしかして、男?」
若干の戸惑いを見せつつも、訊ねる男の言葉にフミがもう一度頷いた。
なんなら彼氏って言っちゃえよと遠巻きから思う僕。
「残念。史佳、すごく綺麗になってたから、俺内心ドキドキしてたんだけどな」
軽口を叩く男の、まさに軽口に対して、フミの耳が少し赤くなっていくのが見て取れた。
そんなちゃらい男の言葉にドキッとしちゃ駄目だよフミ。僕っていうナイスな男がいるだろう。
なんて思うわけだけど、僕も傍から見たら充分なちゃら男に見えるかもしれないなと第三者的な感想を持ってもみた。
「もしさ、気が向いたら連絡してよ。俺、携帯の番号もアドレスも変わってないから」
食い下がる男の言葉に、フミが半歩退いた。そろそろ限界かもな。
なるべく刺々しくならないように、タオルでカチッと巻いていたぬれた髪の毛を出したあとワシャワシャッとヘアスタイルを爆発的に崩してからちょっとだけ整え、タオルを首に巻いて僕はススッとフミの傍に行き彼女の手をとった。
「行くよ」
それ以上の言葉はなしに、ちょっと強引な感じで手を引き男の前からフミを連れ去ってみる。
突然手を引かれたフミは一瞬驚いた顔をしたけれど、僕だって気がつくと何も言わず、すぐに従うようにしてついてきた。
残された男は、何が起きたのか僅かながらに判断を遅らせたものの、苦笑い浮かべてこっちを見ているのがわかった。その笑い方に少しバカにされた気分になる。
髪の毛を無理に整えたのは、ちょっとやり過ぎただろうか。だけど、かっちりタオルを巻いて、僕フミの彼氏ですってあからさまな顔を晒すのも、なんだか一人空気も読めずに先走っている気がして嫌だったんだ。
それとも普段通りの僕で、この男とおんなじくらいちゃら男のままの方がよかっただろうか。
そう懸念したけれど、そんなことどうでもいいやと段々気持ちが投げやりになっていく。
だいたい、あんな男にフミを取られたくない。フミには僕が居るんだって事がアピールできるなら、もうなんだっていいや。
こんな風に思うのは、きっと敵対心とか対抗心とか、もしくは闘争心みたいなものが僕の中にじわじわと湧き上がっている証拠だろう。
何故って。
今の男、チャライけど僕が見てもイケメンだったから。そんで少しばかり筋肉質な腕や胸筋なんかが着崩した浴衣から見えていて、頼りになりそうな雰囲気の体つきだったんだ。
しかも、しかもっ。
悔しいのは、僕よりも身長が高かったことだ!
僕だって男だから、それなりに体は鍛えてるから筋肉で負ける気はしないし、顔だって敢えて言ったりしてこなかったけれど、大学じゃあ結構もてているほうなんだ。だから負けていない! と言い切れる。
だけど、身長だけはどうしようもない。こればっかりは今後の成長も全く期待できないし、シークレットブーツなんてダサいもん履くわけにもいかない。
そもそも湯上りの浴衣姿の足元がブーツって、突っ込んでくれといっているようなものだ。
ああ、もうっ。とにかく、僕は悔しくて仕方なかったんだ。
その悔しさを床に八つ当たりするようにしてパタパタとスリッパを鳴らし、僕はフミを連れて急いで部屋へと戻った。
せめて、あと五センチ高かったらな……。
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