第7話 四つ年上の愛しい人
フミは、仕事をあまりしていない。いや、しているのだろうけど、僕にはそう見えない。
いつも描きたいときに描きたい物を好きな色に染め上げ、出来上がったそのイラストを自分の子供を見るように大切に、愛しそうに眺めている姿は、仕事をしているというようには見えないんだ。
そして、そんなフミを見ていると、僕はとてつもなく幸せな気持ちになれた。
まるで自分がその絵の様に、フミから大切に愛されているような錯覚を覚えるほどだ。
「お腹、空かない?」
僕が訊ねると、フミがのんびりと応える。
「すいた」
オレンジ色はとうに過ぎ去り、窓の端から月が覗き込むような光を発している。
「オッケー。じゃあ、僕が何か作るよ」
これも、僕の仕事のうちの一つ。所謂、担当先生の望む事は、なんでもします。やらせていただきます的な感じ。と言っても、そのほとんどは、僕がしたくてしているわけなのだけれど。
フミの冷蔵庫は、一人暮らしにしては大きいのに中身はいつもシンプルだった。必要最低限の物しか納めちゃいけないみたいに、余計な物は入っていない。
余計な物っていうのは、賞味期限が切れている物だとか、僕の嫌いな梅干やトマトの事だったりもする。
いつだったかフミに、トマトが嫌いだ、と話してからフミの冷蔵庫からトマトが消えた。そのことに気がついた時の僕の気持ちは、嬉しいのひと言だ。なんなら、愛されてるじゃん。と勘違いしそうになるほどだけれど、フミの気遣いだと言う事は充分理解してもいる。
冷蔵庫からトマトは消えてしまったけれど、フミはトマトが好きだから、きっと僕の居ない時にこっそりと食べているんじゃないかな。内緒で食べているフミを想像すると申し訳なく感じるけれど、トマトが好きだと胸を張って言えない自分は情けない。
いつか克服しなくてはっ。
「野菜炒めにする?」
野菜室を覗くと、珍しくたくさんの野菜が詰め込まれていた。
キャベツ、人参、ピーマン、ほうれん草、ジャガイモ、エリンギ、他にも色々。実家から送られてくるわけはないので、多分仕事関係で貰ったものだろう。
「最近、企画を頼まれた雑誌の編集さんがくれたの」
フミがキッチンを振り返り、教えてくれた。
「そっか」
フミは見た目細っこくて色白だから、栄養が足りていないように見える。きっとその編集社の人は、フミを見て栄養を摂らなきゃダメなんじゃないかって思ったのだろう。倒れて、原稿を落とされても困るなんてね。
冷蔵庫から豚バラを取り出し、適当に選んだ数種類の野菜を刻んだ。そして、これまた適当に塩コショウで味付けして、缶ビールと一緒にテーブルへ運ぶ。まずまずの出来。
「いただきます」
キャベツを食べるフミの小さな口が、ムシャムシャと一生懸命に動く。
本当に、頑張って咀嚼しています! っていう感じの動きが子供みたいで、可愛くてしょうがない。
度々可愛いなんて言っているけど、フミは僕より四つも年上だ。
あ、“も”なんてつけたら怒られるかな。今のは秘密で。
だからフミは、僕の事を弟みたいに可愛がったり、母親みたいに諭したりする。
たった四つ上というだけなのに、時々そんな風な扱いに納得がいかない、と微妙に感じることはあるけれど、大方ではそれでいいと納得している自分がいた。
何故だろう? と考えれば、やっぱりそういう関係が今の僕には心地いいからなのだろう。
僕はきっと、甘えたいんだ。
自己診断してみてから、なんだか気恥ずかしくなってしまった。
頼られる男になろう。うん。
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