第6話 僕のアルバイト

 フミの描いた絵が散らばる部屋で、僕はまどろむように時間を費やしていた。

 僕の仕事は、フミの原画をアルバイト先の編集社へ届けること。フミが描き上げるのを根気よく待って、描き上がったら大切に汚さないように会社へと持ち帰る。それが、今僕が任されている主なバイト内容だ。

 もちろんそれだけじゃなく、ほかの雑用も色々とやらされる。けど、僕がこの仕事を始めて一番好きな時間が、このフミとの時間なんだ。

 時々思いついたように絵を描き始めるフミを、ぼんやり眺めるのが好きだった。

 美味しいお茶やコーヒーに凝っているフミは、こっちが心配になるくらい何もしない時がある。自分で淹れたお茶をたっぷりと時間をかけて味わい、ほうっなんて息をついて幸せそうにしているんだ。

 その姿は本当に幸せそうなものだから、僕はつい見惚れそうになってしまうのだけれど、それと同時に一刻も早くフミの絵の完成を待っている会社の上司を思えば焦りも滲んだ。

 年末に向けて仕事はかなり忙しかったけれど、僕はここでこうしている時間を何より大切にしている。

 ここには僕の好きなフミの絵があるし、眩しいくらいのオレンジのカーテンが、住宅街に建ち並ぶマンションを撫でるように揺れる様を見るのも好きだった。

 締め切りが近づいてくる頃、足しげくフミのマンションへ通い進行状況を確認して報告。筆の進まないフミのご機嫌を取るために、経費で許されている茶菓子を土産にし。フミに何かしらいいインスピレーションが浮ぶためならと、大学での面白話も披露した。

 別の日に至っては、図書館へ行きたいといえばお供し。自然と触れ合いたいといえば、少し遠くても自然豊かで広い公園までお供した。

 クラシック音楽のコンサートだって一緒に観にいったし。なんなら、落語だって一緒に観にいった。

 そういえば、気に入った落語家さんのCDも買って、日がな一日その落語を聴いていたなんてこともあったな。

 猫カフェにだって付き合った。服が毛だらけになって、二人でコロコロをしあったのは結構楽しかった。

 僕的にはそれってかなり嬉しいことだけれど、フミはどうなのだろう?

 絵を描くために付き合ってくれるアルバイト君、としてしか見てくれていないのだろうか?

 僕って、どんな存在? そう訊ねてみたいけれど、時期尚早。

 何を言っているの? 勘違いしないでね。

 なんて言われてしまったら、立ち直れそうにない。考えただけで、ぞっとする。

 もう少し地盤を固めなければいけない。もっと僕のことを知ってもらい、もっともっとフミのことを知って。いつか、ただそばにいるアルバイトではなく、そばにいて欲しい人になるために。

 なんて日々意気込んではいるものの、ほぼ空回りに終わっている。

 何故なら。僕はフミのことだけを見て、フミのことだけを考えていると思っていたけれど。実際には、自分のことしか考えていなかったことに、この後イヤと言うほど気づかされてしまうからだ。

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