去年10月
第71話 約束の日
フミと約束をしていた、一ヶ月経ったあとの週末がやってきた。
何処へ向かっているのかわからないけれど、僕は今フミの車の助手席に座っていた。助手席に座る僕の気持ちは、不安と緊張で自分でもよく解らない感じに落ち着きがない。
誰に会わせるの?
何処へ向かっているの?
たったそれだけの事が訊けずに、黙って流れゆく景色を見ている。
流れる町の景色をしばらく眺めていると、フミが花屋のそばで車を停めた。
「淳平。少し待っててもらっていい?」
「うん」
フミはバッグを手にすると、小走りに花屋へと入っていった。僕は、助手席の窓からそんなフミの姿を眺める。
午後の秋空は、快晴で。さっき車に乗り込む前に仰いだ空には、うろこ雲があった。最近、肌寒い日も随分と増えていて、きっとあっという間に寒い冬がやってきて。寒い寒い、なんていってる間に、暖かな春と焼けるような夏がやってくるんだろうな、なんてぼんやり思う。
「お待たせ」
さっきと同じように小走りで戻ってきたフミの手には、綺麗な花束が握られていた。買った花束が滑り落ちないように後部座席に優しく置くと、静かに車を始動させる。
誰かの誕生日だろうか?
背後にある花束を気にしつつ、そんなことを思う。
もしかして、今日これから行くところでは、誰かのバースデイパーティーがあったりするのだろうか?
僕はプレゼントなんて、何も用意していないけれど、大丈夫なのかな?
僅かな不安を抱えながらいると、しばらくして車が止まる。走り続けてたどり着いた建物の、大きな駐車場にフミが車を停めた。
「ここ?」
「……うん」
なんとなく悲しげなフミの表情は、この建物としっくりきすぎていて、後の言葉が続かなかった。
フミの横に並び、僕は黙って建物に入っていく。すると見慣れた人が、こちらに向かって小さく頭を下げているのが見えた。
「こんにちは、橘君」
相変わらずの物腰の柔らかさと話し方で、榊さんが微笑みながら僕たちのそばにやって来た。
会わせたい人って、やっぱり榊さんのことだったんだ。
僕は、確認するように横にいるフミを見た。すると、その答をフミが口にする前に榊さんが話し始めた。
「こんなところまでご足労いただき、本当にすみませんでした」
榊さんは、そういって僕に頭を下げる。
「木嶋君も、度々ありがとうございます」
僕はここに来た理由がまだよく解らなくて、頭を下げる榊さんに、いえ、そんな。なんて曖昧な態度をとってしまった。
「部屋へ行く前に、少し僕からお話をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
窺うようにして僕を見た後、榊さんがフミを見る。
フミは、もちろんです、と深く頷いた。
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