第70話 会ってほしい人
翌朝、会社へ行く前に始発で自宅へ一度戻るため、僕は早々に起きだした。フミも僕に負けないほど早起きをして、朝食の準備をしてくれる。
個展がやっと終わって疲れているはずなのに、なんだか酷く申し訳ない。
リビングのテーブルで向き合い、炊き立てのご飯に箸をつけていると、フミが躊躇いがちに口を開いた。
「……あのね、淳平。昨日、話せなかったんだけど、会って欲しい人がいるの……」
恐々というように、フミは僕へと告げる。
フミを萎縮させてしまっている自分がとても嫌だと思っているのに、どうしたらいいのかわからない。
いや、謝ればいいだけなのだろうけれど、昨夜は結局あんな状態で、またも僕は何もいえずじまいだった。なんとも、情けない。まさに、小さい男って奴だ。
西森がいたら、何かしらガツンと叱られてしまいそうな気がする。想像しただけで、気分が滅入るな。
それにしても、会って欲しい人がいる、なんて。まるでデジャヴュのようなその言葉に、僕の箸が止まった。
頭に浮ぶのは、榊さんの顔しかない。だけど、既に榊さんと対面している僕に、わざわざまた彼に会って欲しいというのもおかしな話だ。
戸惑ったまま動きを止めている僕へ、フミが言葉を続ける。
「実は、携帯のメールと、関係があることなの……」
途端に、昨夜感じた心の寒さが甦る。
「プライベートなことなのに、僕に話してくれるんだ?」
躊躇いながら訊ねたけれど、とても嫌味臭い感じになってしまった気がする。感じの悪い言い方をしようと思ったわけじゃなかったけれど、朝の冷め切らぬ脳内はつい油断していて、気遣う余裕が全くなかった。
僕の嫌な感じの物言いに、一度目を伏せたフミがコクリと頷いた。
「それで、その携帯のことを話す前に、会って欲しい人がいて……」
いい? そう問うように、フミの目が不安そうに揺れる。
「うん」
これ以上小さい男に成り下がるわけにはいかないと、僕は物分りのいい男を頑張って演じて見せ、笑顔を貼り付けた。
僕の表情を見て、フミが安堵する。
会わせたい人がいるといったフミとの約束は、一ヵ月後の、僕の仕事が休みの週末となった。
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