〝彼女がそれを目にしたのは、ベンチに誰かが置き忘れた(或いは置き去りにした)新聞を何気なく手に取った、その紙面の隅っこだった。
『世界の名言 ― 今日の言葉 ―』――見出しにはそう書かれてある。
一見非常に前向きで、確かに勇気を与えてくれそうな言葉ではある。〟
かのポール・オースターを思わせる書き出しで、この群像劇は幕を開ける。
読み進んでいくうち、自分も物語のなかに入りこんでしまう、これはそういう物語だ。本を読むには最適な静かな環境よりも、大勢の人が往き交うバス停のベンチ、カフェのテラス席、電車の中――そんな場所で雑踏を感じながら読みたい、そういう小説なのである。
ボンベイ・サファイアにマノロ・ブラニクのハイヒール――そして、一部で効果的に使われる英語の台詞が、まるで海外ドラマを視ているような気分にさせてくれる。細部までこだわって描かれているマンハッタンという街で、自分も暮らしているかのような錯覚を起こさせてくれるのだ。
残念なことに、この物語は未完である。けれど、奇妙に絡まる人間模様の辿り着く先を見たいと思いつつも、すっかり自分のなかで息衝いているキャラクターたちとの別れは名残惜しく、いつまでもマンハッタンの排気ガスだらけの空気を感じていたいと望んでしまう。
大都会に暮らす、様々なルーツを持つキャラクターたちの織り成す人間模様を、クレバーな文章と軽妙な台詞で綴った、なかなか他では読めない傑作である。