人質解放
その時、一人の刑事が血相を変えて、合田達の前に姿を見せた。それと同じタイミングで合田の携帯にメールが着信する。
「大変です。大工健一郎衆議院議員が辞任を発表しました。今から記者会見が始まります」
「何だと!」
合田は慌てて携帯に届いたメールを読む。そのメールの差出人は、麻生恵一だった。
『遅れてすみません。大工健一郎衆議院議員との交渉に成功しました』
そのメールを読み、合田は喜びを露わにした。それから合田達は、捜査一課に戻り、テレビの前に集まる刑事達と共に、大工健一郎衆議院議員の辞任会見を見た。
記者会見は淡々と進んだ。会見場では多くのマスコミ関係者が集まっている。その内の新聞記者らしき女が、右手を挙げ質問した。
『なぜこのタイミングで辞任したのですか?』
『私の愛していた秘書が半年前自殺しました。この半年間自殺の原因を考えつつ職務を遂行してまいりました。ある時自殺の原因は私にあると思うようになりました。あの時私は秘書を愛していました。愛する者を自殺に追い込んだ責任を取り辞任します』
フラッシュの音が鳴り響き、別のマスコミ関係者が挙手する。
『それは秘書と不倫関係だったいう解釈でよろしいですか?』
『はい。妻には申し訳ないことをしました。妻とは離婚します』
『それで慰謝料は払いますか?』
『もちろん払う。金額は弁護士に聞いてくれ』
矢継ぎ早に質問が重ねられ、不倫を認めた衆議院議員は会見場から姿を消した。
その記者会見の様子を、テレビで観ている人影があった。その影は、床に転がり唸っている清水美里の姿を見つめてから、机の上に置かれた携帯電話を掴む。そして黒幕は、指紋が付着しないよう手袋を装着してから、清水美里の携帯電話でメールを打ち、監禁場所から姿を消した。
会見が終わった後、合田の携帯が鳴った。その相手は、現在も被害者の自宅マンションにいる西野からだった。
『西野です。誘拐犯から被害者の父親の携帯電話にメールが届きました。人質を解放する。午後四時に東都映画館に来い。監禁部屋の目印として、ドアの前に映画のチラシをばら撒いた。だそうです』
「そうか。人質救出が最優先だ。東都映画館に向かえ」
午後四時。廃墟と化した東都映画館の周りに、武装した警察官達が集結した。
その現場に、喜田参事官が姿を見せ、監禁場所を見上げる。それから参事官は、無線を手にして、機動隊員達に呼びかけた。
「犯人が潜伏しているかもしれないが、人質救出が最優先。一斑は監禁部屋を特定。残りの機動隊員は映画館を制圧しろ。突入!」
機動隊員達は参事官の呼びかけに応じ、静かな映画館に潜入していく。
五分の時間が流れ、喜田参事官の無線に報告が入る。
『こちら。小嶋。投影スペース内で、拘束されている女子中学生を保護しました』
機動隊員に囲まれた清水美里は口に貼られたガムテープを剥がされ、渇ききった喉を鳴らす。それから手足を拘束していたロープが解かれ、彼女は機動隊員に抱えられて、監禁部屋から解放された。
その報告は、すぐに清水良平に伝えられた。
人質解放から五分後に、西野が運転する自動車が、監禁場所に駆け付ける。その助手席から、被害者の父親が飛び出し、椅子に座り温かい牛乳を飲んでいる娘の前に姿を晒す。
「美里」
良平は、中学生の娘の体を抱きしめた。一方で娘は赤面する。
「ちょっと、お父さん。恥ずかしい」
親子の感動の再会を見せられた西野と上条は、一度咳払いして、人質となっていた清水美里に尋ねる。
「清水美里さん。あなたを誘拐した人物は、この写真の中にいますか?」
上条は事件関係者の写真を見せた。美里は一枚ずつ写真を凝視していき、全ての顔写真を見た後で、頷く。
「私を襲ったのは、顎髭を伸ばした眉間に皺が目立つ、この男の人です。でも、残りの人は分かりません。私の様子を度々見に来た人はいたみたいですが」
「見に来た人?」
「はい。一度目を覚ました時に、目出し帽を被った喪服の男の人がやってきました。それから何度か私の様子を見にきましたよ。同じ喪服を着た男の人が」
「後で声を確認してもらうから」
「はい」
清水美里は目の前の刑事に対し、優しく微笑んだ。
その頃、警視庁の廊下を合田と月影は歩いていた。
「中之条と田村が殺された時刻、菅野聖也には鉄壁のアリバイがあるらしい。その時間彼は東京拘置所で被告人と面会していたそうです」
歩きながら月影の報告を聞いた合田は、腕を組む。
「つまり、第二の事件の犯人は、少なくとも菅野ではないということか。だから一連の事件の犯人は高崎一。アイツしか犯行動機のある人間は……」
合田は言葉を詰まらせ、その場で足を止める。その瞬間、合田の脳裏に、違和感が浮かび上がる。
「オーディションのつもりだった」
小澤実の供述が蘇り、刑事の疑念は深まっていく。
その直後、月影の携帯電話が鳴る。その電話から得られたのは、葛城が口にした驚愕の事実だった。
「それは本当ですか?」
『はい。間違いありません。大工健一郎衆議院議員と指名手配犯の中之条透。そして高野健二フリーライターの三人に恨みを抱く人物が、あの二人以外にもいたんです』
葛城から報告を受けた月影は、近くにいる合田に声を掛ける。
「どうやら容疑者を一人見落としていたらしい。高崎以外にも、もう一人いるそうです。半年前に自殺した桜井真の復讐を企てる可能性がある人物が。そいつの名前は……」
合田は月影から聞かされた名前を聞き、両目を見開く。
「なるほど。俺もそいつが黒幕ではないかと思っていたんだ」
二人は、その足で鑑識課の一室を訪れた。室内にいた北条は、二人がドアを開け、室内に入ったのを確認すると、すぐさま席から立ち上がった。その手には報告書が握られている。
「どうやら田村薫は中之条透を匿っていた可能性があります。その証拠に、彼女の車と彼女が暮らす自宅から、中之条透の毛髪が検出されました」
そう言いながら北条は合田に報告書を手渡した。
「なるほど」
月影が納得を示す。それから数秒後、合田の携帯電話に西野からの電話が届く。
『西野だが、どうやらこの事件には、未だに容疑者として浮上していない奴がいるらしい。容疑者として浮上した人物の声を全員彼女に聞かせたが、どれも違うの一点張り』
「他に気になったことはあるのか? もしかしたら監禁部屋に犯人特定に繋がる証拠があるかもしれない」
合田の声を聞き、西野は顎に手を置き、思い出した。
『監禁部屋に突入した機動隊員の話によれば、監禁部屋のドアの前に、十五年前に公開された映画のチラシがばら撒かれていたらしい。それと監禁部屋の壁には、赤色のスプレーでオモイデと書かれたいた。多分犯人は、あの場所で人質を殺すつもりだったのかも』
西野の話を聞いた瞬間、合田の頭の中に浮かぶ点が線で繋がった。
「ありがとう。これで分かったよ。一連の事件の犯人はアイツだ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます