衆議院議員との交渉

 午後二時。東都大学の学長室のドアを、麻生恵一はノックした。すぐさま、数人の黒いスーツを纏ったSP達がドアを睨み付け警戒する。

「失礼します。警視庁特殊捜査班の麻生恵一です」

 麻生は豪華そうなソファーに座る大工健一郎衆議院議員に対し、頭を下げた。

「警察が何の用だ? 正午の狙撃未遂事件の事情聴取だったら、既に住んでいるが」

 大工が尋ねると、麻生は真剣な表情で答えた。

「誘拐事件が発生しています。人質は大工健一郎衆議院議員とは、何の関係もない国民の一人です。要求は、残り十一時間以内に、大工健一郎衆議院議員が記者会見を開き、その場で辞任を発表すること。どうでしょうか? 辞任して国民の命を救いましょう?」

 大工は麻生の話を聞き、苦笑いする。

「辞任して、命を救うヒーローになる。悪くはないが、警察は事件を解決する気があるのかね?」

「はい。我々警察は、事件解決のため捜査に尽力を注いでいます。しかし、時間がありません。もしも議員が辞職しなかったら、犯人は何の罪もない人質を殺した上で、マスコミに発表することでしょう。大工健一郎衆議院議員は、未来ある女子中学生の命を奪ったって。それでは、選んでください。制限時間内に辞任を発表する記者会見を開催するのか。それとも何もせず、失脚するのを待つのか。どちらが正解ですか? 政治家としては」

 大工健一郎は、愚問に対しハッキリと答えた。

「それは……」


 警察病院のベッドの上で、小澤は意識を取り戻した。その病室の中には、斎藤と春野の姿がある。二人の刑事は、小澤が意識を取り戻したのを確認すると、すぐに彼に聞いた。

「なぜ廃ビルにいたのでしょう?」

「俺にバイトを紹介した男がメールで廃ビルに来いと呼び出した。そうしたら誰かに後ろから殴られて……」

 そう言いながら小澤は額に巻かれた包帯を触る。

「つまりメールで呼び出されたからという、ただそれだけの理由であの廃ビルにいた」

 斎藤からの問いに小澤は首を縦に振る。

「はい」

「ではあの廃ビルに来た時間は何時ですか?」

 春野が再び訊くと、小澤は顎に手を置く。

「十三時半だった」

 その直後、小澤は何かを思い出したように、両手を叩いた。

「そうです。思い出しました。あの廃ビルに入ったら、赤い文字でユルサナイという文字が落書きされていたんです」

「なるほど。あなたの父親は牧師ですか?」

 春野からの問いに対し、小澤はハッキリとした口調で答えた。

「はい。でも十年前に自殺しました。その教会を大工健一郎が潰したからです。父は反対でした。捨てられた子供の憩いの場を潰す気かと何度も直談判したが叶わず教会は閉鎖されて父は自殺しました」

 それから二人の刑事は、病室から立ち去る。

「小澤の証言を信じるなら、あの廃ビルには最初から落書きがされていたことになる。ということは……」

「あの廃ビルでの殺人事件は、最初から仕組まれた物だったということですね。最初から犯人は、あの場所で二人の人間を殺すつもりだったということ」

 春野が斎藤の話に続けるように呟きながら、廊下を歩いていた。

 

 同時刻、二人の男女の遺体が発見された廃ビルでは、葛城の指揮の下で現場検証が行われた。

 葛城が現場を見渡していると、鑑識の男が彼に近づいてきた。

「葛城警部。調べないと詳しいことは分かりませんが、現場に残された二発の銃弾。それは別の種類の拳銃で発射された物です。一つは、被害者の中之条透が握っているジェリコ941というハンドガン。もう一つの銃弾は、グロッグ17から発射されたと思われます。また、遺体に残された銃痕ですが、中之条はグロッグ17で撃たれ、その女性はジェリコ941によって射殺された。以上のことから推測しますと……」

「まず中之条は身元不明の女性を自身の拳銃で射殺。その後別の人物が現れ、グロッグ17を用いて、中之条を射殺した」

 同様の見解だった鑑識の推測を、葛城は口にした。その後で、葛城の元に別の刑事が姿を見せる。

「葛城警部。現場近くに駐車していた自動車から、被害者の運転免許証が発見されました。被害者の身元は田村薫たむらかおる。二十三歳。それと車内から二名の毛髪が採取されました」

 葛城は刑事から免許証を渡され、遺体の顔と見比べる。

「どうやら被害者は、田村薫で間違いない。だが、なぜ中之条は彼女を殺さなければならなかったんだ?」

 葛城が疑問に感じていると、青田が彼の前に姿を現した。

「葛城警部。犯人の逃走経路が分かりました。隠し通路です。その証拠に足跡が検出されましたよ」

「調べてみる必要がありそうだな」

 丁度その時、葛城の携帯電話が廃ビルに鳴り響いた。

『合田だが、面白いことが分かった。午前十一時頃、身代金の確認のために誘拐犯が電話してきたんだが、その声紋が中之条透と一致したんだ。さらに電話を掛けたと思われる東都大学の防犯カメラの映像には、中之条が紙を見ながら電話する姿が映っている。以上のことから、中之条も犯人に利用されている可能性が浮上した』

「分かった」

 葛城が電話を切った頃、合田は桜井真が自殺した案件の調書を手に取る。その様子を隣に立つ月影は疑問に感じていた。すると合田は月影に尋ねる。

「月影。おかしいと思わないか? 桜井真が自殺した日と中之条透が菅野宅を襲撃した日が一致していることが」

「確かに偶然にしては出来過ぎている」

 合田の意見に月影が納得していると、彼は思いがけない記載を、見つけた。それを読んで合田は頬を緩める。

「なるほど。これだったら菅野じゃなくても犯行動機として成立する。中之条殺しの時、殺害現場にいた小澤実。現在行方不明の高崎一。いずれにしても、中之条のことを恨んでいてもおかしくない」

 合田の推測を聞き、月影も調書を覗き込む。それを読み、月影も納得した。

「菅野のアリバイと高崎の行方を調べる必要がありますね」

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