第二の事件
正午の東京駅。清水良平は周囲を見渡した。都会の交通機関の拠点であるためか、駅の周囲は多くの人々が出入りしている。
その時、清水良平のポケットに仕舞った、携帯電話が鳴った。慌てて耳に当てると、女の声が聞こえてくる。
『着きましたね? それではアタッシュケースを持ち、西口の様子が正面に見えるベンチに座ってください』
「分かった」
電話は指示を伝えるだけで途絶え、良平は首を縦に振り、犯人が指定してきた場所に動く。
その電話の内容は、近くで張り込んでいた春野達警察官が傍受していた。彼らは互いの顔を合わせ、動き始める。
良平が指定されたベンチに座ると、キャバクラのような派手な衣服を着こんだ茶髪の女が、良平に近づく。
「お待たせ」
女は笑顔を見せ、良平が抱えているアタッシュケースに手を伸ばした。
そして次の瞬間、女は良平からアタッシュケースを受け取る。刑事達は、誘拐犯がそれを持ってすぐに逃走すると思っていた。しかし女は、その場でアタッシュケースを開けて金を数え始めた。発信機の存在がバレてしまうのではないかと刑事達は緊張する。だが、若い女は発信機に気が付かず、携帯電話を取り出し、笑顔で電話の相手に問いかけたのだった。
「トオル。凄いよ。七百八十万百七十円。まさかこんなに簡単に儲かるなんてね」
女は電話を切った後で、アタッシュケースを抱えて、その場から立ち去った。
同時刻。警視庁の取調室で二人の刑事は、酒井の取り調べを行う。
「清水美里さんはどこにいますか?」
「だから、俺は清水美里の監禁場所なんて知らない!」
酒井は取調室の机の思い切り叩き、抗議する。その様子をスモークガラス越しに合田と月影が聞いていた。
「殺人は是認。誘拐は否認」
合田が呟くと、突然隣に立つ月影の携帯電話が鳴った。月影が電話に耳を当てると、葛城の声が届く。
『葛城です。桜井真と菅野聖也と高崎一と小澤実の四人が繋がりました。小澤を除く三人は、同じ教会で育てられたようです。しかも、その三人は同い年。一方でその三人と小澤は父親と繋がっています。小澤の父親は教会で牧師をしていました。小澤実は教会に預けられた六人の子供達に可愛がられたようです。小澤と菅野達の年齢は、十二歳くらい離れているようですから、彼らは小澤のことを弟のように可愛がっていたようです』
「なるほど。これで菅野が黒幕の可能性が高くなりましたね。彼には一連の事件を企てる動機がありますし」
『それと事件とは関係ないと思いますが、桜井真には、中学生の娘がいるようです。その娘は中学生ですが、父親は不明。もちろん戸籍にも、父親の欄が記載されていませんよ』
「その男のことも気になるが、中之条とは繋がりません。一連の事件の犯人は、菅野聖也で決まりですね」
月影が部下からの報告を受け、電話を切った直後、北条が合田達の前に姿を見せ、報告書を彼らに見せる。
「月影さんの推理通り、酒井の所持していた拳銃のライフルマークが、高野の遺体に残された銃痕と一致しました」
「そうですか。物的証拠は出たから、逮捕は可能ですね」
その時、合田の携帯が鳴った。その相手は、誘拐犯を追っている春野だった。
『身代金を回収した女がお台場の廃ビルに入りました。しかし、廃ビルに入った所は目撃したのですが、それから一分以内に発信機の反応が消えました。突入許可をお願いします』
「分かった」
合田の電話が切れると、続けて麻生から着信する。
『合田警部。そろそろ大工健一郎と交渉したいのですが……』
「大工健一郎との交渉?」
『はい。犯人の要求は、大工健一郎を辞任させること。身代金を受け取った犯人は、被害者宅に連絡することはないでしょう。本来の要求は、あくまで大工健一郎衆議院議員を辞任させることなのですから』
「だが、先程春野達がお台場の廃ビル内に、身代金を運ぶ女が侵入した。もしかしたら、これで誘拐犯が捕まるかもしれない。そうなったら、交渉自体が無駄になる」
『用意周到な犯人です。他人を利用しているから、誘拐犯の影を警察が掴むことはありません。ここは犯人の要求を叶え、人質を解放した方が賢明かと』
合田は麻生の賢明な姿勢に負け、肩を落とす。
「そうだな。交渉はお前に任せる。大工健一郎衆議院議員は今でも、東都大学にいるからな」
『分かりました』
合田は再び電話を切り、取調室が見渡せるマジックミラーから離れた。
丁度その頃、誘拐犯を追跡していた春野達に、別の刑事の集団が彼らの元に加わる。その集団の中には葛城警部の姿もあった。
葛城は斎藤に耳打ちする。
「小澤もこの廃ビルの中だ」
葛城達は一斉にビルを見上げた。その瞬間、刑事達は思った。小澤も犯人グループの一味であると。
一つに纏まった刑事の集団は、ニューナンブM60と呼ばれる回転式拳銃を構える。その直後、武装したSATが廃ビルの周りを囲む。
それと同じタイミングで、二発の銃声が刑事達の耳に届く。
その音を聞きつけたSATの課長は、静かな口調で部下に無線で指示を出した。
「突入許可は受けている。突入だ」
SATはH&K USPという自動拳銃を構え、廃ビルへ突入していく。
廃ビルの一階は、一つのフロアになっていて、そこには男女の射殺体と、気絶して倒れている男がいるだけだった。その現場には、叩きつけられて粉々になった発信機の残骸が残されている。
その現場に、葛城が臨場したのは、五分後のことだった。現場となった廃ビルの前には救急車が停まり、小澤実が搬送される。
殺風景な現場には、二人の男女の射殺体。中之条は右手に拳銃を握っていた。その近くには二発の銃弾が転がっている。
「被害者は中之条透ともう一人の女は……」
「誘拐事件で身代金を回収した女ですよ」
誘拐事件の張り込みに参加した青田が報告すると、葛城は顎に手を置く。
「なぜその女は、中之条と一緒に死んだのか。そして……」
葛城は視線をビルの壁に向ける。そこには赤色のスプレーで、『ユルサナイ』という文字が落書きされていた。
その落書きを瞳に焼き付けた葛城は呟く。
「犯人グループによる連続殺人事件」
その後、廃ビル内を刑事達は捜索したが、身代金の入ったアタッシュケースと清水美里は見つからなかった。
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